第2話

自分が誰だか分からない。


……うーむ。どうしたものか。

考えてみたところですぐ思い出せそうにはない。


辺りを見ても白い壁ばかりだし、ドアらしきものも見当たらない。


それでもこの空間。何やら既視感があるように思えたのは、ここが教室の広さと同じように感じたからだった。


ん? 教室?

まず教室を思い浮かべたということは……自分はもしかして学生なのか?

あ。でも教師という可能性もあるのか。

用務員ということだってあり得るだろう。

いやいや、そもそも誰だって学校には通ったことがあるものだ。

そう考えると教室=学生というのはあまりに安直ではないか。

学校の関係者ですらないのかもしれない。


では自分はいったい……。

堂々巡りになるばかりで分からない。


なら、とりあえずはここから出よう。

そうすれば記憶も戻るかもしれない。

ん?

でもどうやって出ればいいんだ?

そもそも出られるものなのか?


出入り口のようなものは……あ。

床に何か書いてる。

ええと、何々——


 暖炉の前のソファーにふかぶかとからだを沈めているとき、ふと外ではなにが起き    

 ているだろうと心の中で訊ねてみたことはないだろうか? まずあるまい。本を手

 に取り、拾い読みをしていると、およそ非現実的な人物や出来事が身代わりになっ

 てきみたちをわくわくさせてくれる……愉しいだろうね……古代ローマの連中も同

 じだった。行動によって自分の人生をおもしろいものにものにしていたのだから。

 コロッセオに陣取って、猛獣が人間を喰いちぎってゆく様子をながめながら、血と

 恐怖の光景を満喫していたものだ……結構、結構、観客でいるのは素敵なことだ。

 鍵穴ごしの人生ってやつだ。だがこれだけは覚えておいてほしい。外ではほんとう

 になにかが起きているのだということを……コロッセオのなくなったいまでは、都

 会が巨大な闘技場なのだ。店員は限られているが。その鋭い牙が野獣の牙ではな

 く、もっと鋭く悪辣だってこともある。隙を見せるな、頭を使え、さもないと餌食

 にされるからな……せいぜい隙を見せないことだ。それと頭を使うこと。でなけれ

 ば殺られる。



これは——

ミッキー・スピレイン『銃弾の日』の冒頭だ……。


……あれ? どうしてそのことを知っている?


顎に手を添え、熟考してみたところで事態は変わらない。

だがそこで、今しがた読んだ文章の下に妙なスペースがあることに気が付いた。




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