閑話 ようやく気付いた(名鳥視点

日々をバイトと学校に忙しくしている間にドラフトの時期が近づいてきた。

俺は一縷の望みをかけてプロ志望届けは出したものの、どこからも連絡が来るような事はなかった。


そうして始まったドラフト会議。

千尋は4球団から1位指名をもらっていた。


あぁ……本当に……あんなことをしなければ……。


そうすれば、あいつを支えていたのは俺だったかも知れないのに……。

それで評価を上げて、甲子園優勝もして、今頃はスカウトからも指名の連絡が来ていたかも知れないのに……。


後悔が止まらない。そんな事をしている間に、テレビでのドラフトは終わっていた。

そこからはスマホで各球団の指名を追う。そして育成ドラフトの指名も終わった。だけどどこも、俺の事を指名することはなかった……。



ここで俺の心は完全に折れた。

家と学校とバイト先を行き来するだけの生活。野球の事はもう完全に諦めた。


高校卒業と同時に家から追い出される事は確定しているので、なんとか就活を頑張った。

しかし、転校前よりだいぶランクの落ちる高校という事もあり難航した。

そうしてようやく受かったところは小さな会社だった。だけどここしか受からなかったんだ、贅沢は言えない。


一人暮らしを始めるのにもお金がかかる。バイトをしていたとは言え、そのほとんどをあのヤンキー達に献上していたせいもあって、必需品を全て揃える前に足りなくなってしまった。

俺は最後のお願いで親に懇願した。


「お前は……! あんなにバイトを頑張っていて、心を入れ替えたのかと思っていたのに! それを全部使ってしまったのか!」


父さんが激怒している。母さんも呆れた顔をしていた。

最近の父さんは少しだけ優しかった。母さんも一人暮らしで必要な家事などを教えてくれていた。

それは俺が反省をしていると思っていたからだったようだ。


「……これが最後だ。もう金輪際うちとは関わるな!」


そう言って封筒を渡してきた。もしかしたら元々準備していてくれてたのかも知れない。

でもそんな二人の期待を裏切る形になってしまった。もう二人が俺に笑いかけてくれる事はないのだろう……。




なんとか無事に一人暮らしを始めた俺に待っていたのは地獄だった。

入った会社がいわゆるブラック企業だった。

サービス残業は当たり前、休日に呼び出される事もしょっちゅうあった。

だけど頼れる人もいない。今会社を辞めたら生きていく事も出来ない。俺に取れる選択肢はこの会社で頑張る事しかなかった。


平日は会社と家の往復。休日も溜まった洗濯物などを片付ける家事の時間に回すしかなく、自由なんてほとんどなかった。

洗濯物一つとっても、母さんがやってくれていた時は服にシワなんてなかったのに、俺がやるとシワだらけ。

母さんは干す時にちゃんと伸ばすと教えてくれていたが1週間に1回の洗濯だと量が多すぎてそこまでやる気力が湧かない。

会社に行く服もどんどんシワだらけに。それに身だしなみを整える時間もない。髪もボサボサになってきた。

そんな見た目のせいか、女性社員からはどんどん敬遠されていった。汚いなどの陰口を叩かれているのも知っている。

でもどうせ恋人になるような事もない。なっても俺のアレは未だに使い物にならない。すぐ振られるのがオチだ。

そうしてなんの生きがいも、目標もないまま無作為に時間は過ぎていった……。


数年経っても特に変わったことはなかった。

ほんの少しだけ残業が減り、家に帰る時間が早くなったことだけが唯一の救いだ。

だけどそんな日は決まって同僚に呑みに誘われる。

少しでも早く帰って休みたいところだが、今の俺の交友関係は会社の同僚しかいない。これを切ると俺は完全に一人ぼっちだ。だから断るわけにもいかない。


「そういや見たか昨日のとらーズの試合! 藍川は最高やな、ええの獲ったわ!」

「俺は村雨を穫るべきや思うてたんやけど、こんな結果出されたら黙るしかないわ!」


同僚が野球の話で盛り上がっている。そう、俺の会社は関西なのだ。とらーズの関西人気は凄まじい。会う人会う人みんなとらーズのファンだ。


俺は意識的に野球の情報を入れないようにしていた。入れてしまうとまた虚しい気持ちになってしまうからだ。

だけど俺のそんな思いを知らない同僚は、毎日とらーズの話をしてくる。

そうして聞かされる千尋の活躍。それを聞くたびに後悔が止まらない。


「坂下もええな! 藍川と高校の頃からバッテリー組んでたんやろ? それが今じゃ、とらーズのゴールデンバッテリーや、最高やな!」


そして最近は、俺に取って代わった後輩キャッチャーの話もされるようになった。

千尋の話以上に心に来る。あんな事をしでかさなければ、そこは俺の場所だったのに……。


「にしても、藍川は後輩と組んでたんやな。同級生にキャッチャーおらんかったんか?」

「あーそれに関しては」


二人の話題に入り込む会社の後輩。


「中学からバッテリー組んでた人がいたらしいんすけど、そいつが藍川の女に手を出したらしくて。部員から総スカン喰らって退部していったらしいですよ」

「ほーん。自分なんでそんな事知ってるん?」

「俺の友達が白砂高校行ってたんすよね。その話有名らしくて、そいつも知ってました」


俺は急に自分の話題が出てきて頭が真っ白になってしまった。


「はーそのキャッチャーも、アホやなぁ! そんなことせんかったら、甲子園優勝も出来て今頃はプロもあったかも知れんのになぁ!」


耳が痛い。そんなこと、自分でももうわかっている。


「しかも手を出した女の事、脅してたらしいですよ! それで学校にも居場所が無くなって転校していったらしいっす!」

「うわ……クズやん。ていうかなにうちのエース様に喧嘩売っとんねん! 今そいつが俺の前に来たらボコしたるわ!」


俺は冷や汗が止まらない。そいつは今まさに目の前にいるんだから。

絶対にバレるわけにはいかない。バレたら俺の唯一の交友関係さえも無くなってしまう。


「そうっすねぇ……どこにいるんすかねぇ?」


後輩はそう言うとこっちを見てニヤリと笑った。

こいつ、知ってるのか……。


「お、なんや名鳥。顔色悪いで?」

「い、いや……大丈夫です……」

「そうか? まぁそろそろいい時間やな、お開きにするか!」


なんとかこの居心地の悪い空間から逃げたいと、さっさと会計を済ませようとすると後輩が声をかけてきた。


「あ、名鳥先輩! 俺今日財布忘れちゃったんすよね!」

「そ……そうか……わかった、俺が出すよ」

「マジっすか! あざーっす!」


本当にバレているのかはわからないが、今はこいつの機嫌を損ねないようにしよう。

どうせ金はある。給料が高いわけではないが使い道がまったくない。家と会社を往復するだけの生活。

服なんかも見た目なんか気にせず、長持ちしそうな奴を適当に選ぶだけ。そうして無駄に貯まっていく金だ。むしろ会社の後輩に奢ってやれるなんて有意義な使い方だろう。


みんなと別れ、家に帰るとまた一人ぼっちだ。でも虚しさを感じてる余裕なんかない、明日も会社だ……。



そうして更に数年経った。あれからの俺の生活に変化はない。

今日も少し早く帰れた。だけど同僚も後輩もみんな家庭を持った。そんなんだから、飲み会なんかもどんどん減っていった。

寂しいが今の俺に寄ってくる女なんて一人もいない。会社の女には嫌われ、出会いなんて皆無だ。

後輩にたかられてた事も今となっては懐かしい。構ってもらえてるだけマシだった。

俺は一人虚しく帰路に着いていた。そんな中、街頭のモニターにニュースが映っていた。俺はなんとなくそれを見た。


そこには千尋と、涼木が映っていた。

千尋は海外に挑戦していた。英語でインタビューを受けているようだ。そして、それを通訳している涼木。

そうか……。あの二人は仲違いすることなく、今でも一緒にいるのか。


よかった。


素直にそう思えた。

俺はこの二人に本当に迷惑をかけた。今思い出してもなんて事をしたんだって思う。

本当にクズだった。調子に乗っていた、そんな言葉で許されるようなものじゃなかった。

だけどこの二人は離れるような事はなかったようだ。少しだけ救われる気持ちだった。

今の俺は申し訳ないという思いでいっぱいだった。

そしてその時に気付いた。


申し訳ない?


……俺はもしかしたら、今まで謝罪をしてこなかったんじゃないか?

千尋には口だけの謝罪はした気がするけど、こんな心からの謝罪はした記憶がない。涼木にもだ、あれから一言も喋ったことなんてなかった。

自分はどこで間違えたかとか、後悔だけはずっとしていた。でも謝罪の気持ちはなかった。


ようやく気付いた。こんな長い時間が掛かってしまった。

俺には謝罪の気持ちが足りなかったんだ。自分の行いを後悔する前に、まずは心から謝るべきだった。

謝って謝って、二人に許してもらってから初めて自分の事だったんだ。

なんでこんな簡単な事にも気付かなかったんだろう。そりゃ親にも友達にも見捨てられる。今ならわかる。


長年くすぶっていた感情がクリアになってくる。

これからは贖罪の気持ちで生きていこう。そうすればいつか、こんな自分とも向き合えるかも知れない。

無駄に貯まっていくだけの金もこのまま貯金していこう。もし、謝罪の機会に巡り会えたら……。


あいつらも今更俺になんて会いたくはないだろう。だけどもし会えたなら言葉にしたい、申し訳なかったと。

そして迷惑をかけた意味を込めて金を渡したい。

……まぁ俺の稼いだ金なんて、千尋にとってははした金もいいところだろうが。

それでも俺は辞めない。それが今の俺に出来る唯一の贖罪だから。


自分のこれからの生きる目標が決まると少し晴れやかだった。今まではうるさく感じていた街の喧騒も、なんだか悪くない。

これまでは何の意味もない人生だった。だけど目標が一つ出来るだけで、こんなにも前向きになれるものなんだ。


明日もいつも通り会社だ。普段の俺なら憂鬱なものだが、やることが決まった俺にとってはそれも苦にならない。



10年ぶりくらいに、世界に色が着いた気がした。俺はそんな街中をいつもより少し、軽やかに歩いて行った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

弱めのざまぁしか書けなかった…

でも千尋君も空も、今が幸せなんでこんなものでいいでしょう!



∩(´・ω・`)つ―*’“*:.。. .。.:*・゜゚・* でもなんかムカつくからち◯こは勃たないままであれ~

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