第42話メンタル強男は挑戦したい
今日は久しぶりの帰宅となった。
というのも、先日まで世界大会が開かれていた。
その代表に選ばれた俺は昨日まで海外に行っていた。
世界大会はとてもいい経験になった。各国の代表が集まるレベルの高い大会で、いろんな国の野球のレベルを知れた。
そして、やはりアメリカは強かった。俺も善戦はしたが、最後は打ち崩される結果になってしまった。
最近の俺の日本での野球は安定していた。毎年安定した活躍をして、タイトルにもいつも絡んだ。年俸も多少贅沢をしても使い切れない程もらえるようになっている。
だが、最初の頃の様に挑戦していた時の高揚感はない。良くも悪くも安定している。
今回アメリカと戦って久しぶりに思い出したこの感覚を忘れられない。
そして思ってしまった。アメリカの野球に挑戦したいと。
自分には家族がいる。今のまま、日本で頑張り続ければきっと家族には苦労をさせない生活が出来る。
家族とずっと一緒に、安定した生活を出来る。こんな幸せな事はないのだろう。
だけどアメリカで野球をしてみたいという思いが出てきてしまった。先んじてアメリカで頑張っている先輩達にも話を聞いた。その話を聞くたびにこの思いは強くなっていった。
でも、こればっかりは自分だけで決める事は出来ない。ちゃんと家族に、海と空にも相談して決めないといけない。
今のまま安定した生活を取るのか、挑戦したい思いを取るのか。
そんな考えで頭がいっぱいだったが、まずは久しぶりの家族との対面だ。
今は余計なことを考えずにそれを楽しむことにしよう。
自宅に帰ってきた俺はチャイムを鳴らす。中から二つの足音が聞こえた。
「パパ、おかえりさない!」
「ちぃ、おかえり!」
玄関が開くと海と空が出迎えてくれた。そんな二人の腕の中には小さな子供がいる。
「ただいま海、空。それと……
そう、俺には子供が出来た。海が抱いている女の子が葵、空が抱いている女の子が碧だ。
……いや、海と空両方と子供を作ったとかじゃないぞ?
俺達は、海が20歳になり、学校を卒業するとすぐに結婚した。そして子供もすぐに出来た。
結婚してすぐに子供を欲しがった海。学校は卒業していたので子作りすることは問題なかったが、少しくらい夫婦だけの時間もいいかな? と思っていたがちぃにいがいない時が寂しいと言われると、俺としては断る理由はなかった。
結婚を機に家を買い、同時に空は一人暮らしを始めた。海は一緒に住んでもいいと言っていたが空が断った。流石に新婚夫婦の邪魔は出来ないとの事だった。
空は家の近くのマンションを契約して、時々遊び(甘え)に来る日々だった。
そちらの相性もよかったようで、早々に妊娠した海の報告に喜び、両親達も結婚した時以上に喜び、子育ての準備に忙しく奔走した。
だがここで問題が起きた。なんと、海との間に出来た子供が双子だった。
こうなってくると忙しかった日々が更に忙しなくなった。だけど俺は遠征などで度々家を空けなくてはならない。そんな時に支えてくれたのが空だった。
別でマンションを契約したものの、ほぼ俺達の家で過ごして海を支えてくれた。
子供が産まれた後もただでさえ初めての子育てで大変だと言うのに、それが二人という事もありてんやわんやだった。
結局空は一人暮らしのマンションを解約して一緒に住んでくれた。そうして3人で子育てを頑張った。ペットというヘンテコな関係だったけど、空には感謝しかない。
「ほーら葵、パパが帰ってきたよー!」
「……ヤァ」
葵は少し怯えた目をしてこちらを見ている。……うん、悲しい。
今回の大会は結構長かった上、やはり日々の遠征なんかもあるので会える時間が限られている。父として認識されていないのだろうか……。
「碧も、ちぃ帰ってきたよ? 嬉しい?」
「……ヤッ」
碧もダメそうだ。お父さん泣きそうだよ。
「もうパパ悲しい顔しないの! ほら抱っこしてあげて?」
「でも……すごい嫌そうな顔してるよ? 泣いちゃわない?」
「大丈夫だから、ほら!」
そう言って葵を無理やり抱かせてきた。あぁほら、もう泣きそう……。俺も泣きそう。
しかし葵は何かに気付いたのか、泣くことはなく俺の胸に顔を埋めた。
「ほらちぃ、碧も抱いてあげて?」
そのまま碧も抱いた。碧も最初は同じ様な反応だったけど、すぐに胸に顔を埋め始めた。
二人とも、思い出してくれたのかな? 超嬉しい!!
「「スンスンスンスン……」」
そして二人がすごい勢いで鼻を鳴らし始めた。
「……なんかすごい匂い嗅がれてるんだけど……」
「英才教育の賜物だね!」
「いやなにこの教育!? こんな事教えないでよ!」
「でも忘れられるよりはいいでしょ?」
「そりゃそうだけど……」
流石は海の子供。匂いフェチまで遺伝しているようだ。
「パパがいなくて寂しいって泣いてる時にね、パパのシャツを渡すと泣き止むんだよ! ずっと匂い嗅いでるの!」
「そ……それは……」
「まさに私の娘って感じ!」
「……そうだね」
もう諦めよう。忘れられるよりかは遥かにマシだろう。
「ほらパパもお疲れでしょ? いつまでも玄関にいないでリビングに行こっ!」
二人を抱いたままリビングのソファーに腰掛けた。
「改めて、お疲れ様! スンスン……」
「おつかれちぃ! スンスン……」
両脇に陣取った海と空に労いの言葉をもらう。……と同時に嗅がれている。
「「「「スンスンスンスン……」」」」
4人に嗅がれている状況。いやもう何なのこれ……。
「葵、碧、パパね海外から帰ってきたばっかりで疲れてるからそろそろこっちに戻ろっか?」
「「スンスン……」」
そう話しかける海だが、二人は完全に無視である。
「無視!? ほらこっちに帰ってきて!」
「「……」」
「俺は大丈夫だから。しばらくこのままでいいよ」
「……そう?」
何か含みのある顔をしている。……まさか、子供をどかして自分が甘えようとしてたのか?
俺は子供達を寝かしつけるナデナデをする。
「これすればすぐ寝ちゃうしね」
「うらやま……うん、そうだね!」
何か聞こえたぞ。海さん、子供と張り合うのは止めていただきたい。
「それにしても、空にもすっかり懐いちゃってるね」
先ほどの碧を抱っこしている空の姿を思い浮かべた。
「うん、ちぃと海の子供だからすごい可愛いし!」
「空がいなかったら本当に大変だったよ。改めてありがとね」
「ふふん! ペットがご主人様の子供の世話をするのは当たり前よ!」
子供が出来て海は少しだけ大人になったけど、空はあんまり変わらないなぁ。
「でもこの子達、お姉ちゃんの事もお母さんだと認識しちゃわないかな?」
「さ……流石に……」
「お姉ちゃんの事もママって呼び出したらどうしよう?」
「……」
ありえる。
「二人がもっと私の事をペットとして扱ってくれたら勘違いしないんじゃない!?」
名案が浮かんだ、みたいな表情でこっちを見てくる。いや、幼馴染と実の姉をペット扱いしてる両親とか嫌すぎるだろ……。大人になったらグレるぞ。
「……葵と碧の前ではダメだからね、教育に悪すぎる」
「ちぇー」
そんな会話をしながらも葵と碧を撫で続けていたが、気付いたら鼻を鳴らす音が消えて寝息に変わっていた。
「……寝たみたいだね」
寝顔を指でツンツンするとフニャッと笑った。うん、うちの娘可愛すぎる!
「海に似て、可愛い子だなぁ」
「でも、目元なんかはちぃにいに似てるよ?」
海は子供の前ではパパ呼びになったが、普段はちぃにいのままだ。1回千尋呼びにしようとしてみたが、二人とも気恥ずかしくてこのままだ。
「……子供が出来るってこんなに幸せなんだな」
「そうだね。私も今が一番幸せかも!」
でもこの幸せを崩してしまうかも知れない話をしなくてはいけない。
「……二人に相談があるんだ」
葵と碧を撫でながら、海と空二人に向き合った。
「……やっぱり、挑戦したくなっちゃった?」
「……なんで……」
「わかるよ、ちぃにいの事だもん! 最近のちぃにいは、ピンチとかでも笑ってなかったから。でも今回の大会、本当に楽しそうに投げてたよ!」
「そうね、あんなに楽しそうなちぃは久しぶりに見たわね」
いつもそんなに顔に出てしまってるのか。
そしてそんな自分にすぐ気付いてくれる二人に嬉しくなる。
「……だけどうまくいくかわからない。このまま日本でやってればたぶんある程度は安定した生活が出来ると思うんだ。子供もいるから、自分のこの想いは封印するべきだってわかってはいるんだけど……」
「私はちぃにいを信じてるから! 絶対に海外でも活躍できるよ、応援する!」
そんな俺の想いを海は後押ししてくれる。
「それに今まで稼いだお金でも、もう十分安定した生活は出来るから! 贅沢になんか興味ないし、ちぃにいが側にいてくれればそれだけで幸せ!」
「……でも言語の違いもあって、色々と大変なことだらけになると思う」
「あら、そのために私が英語を勉強したんじゃない!」
空が声をあげる。
「……空も来てくれるのか?」
「当たり前よ! むしろペットを置いて行くなんて虐待よ!」
「……ありがとう二人とも……」
二人の想いに涙が出そうになる。
「……2年後。これから2年、全力でやる。それで自分に納得がいったら挑戦してみようと思う」
「今すぐじゃなくていいの?」
「球団にもお世話になってるし今すぐは無理だよ。今年のオフにポスティングが許されるか相談してみる」
俺も覚悟を決める。
「去年獲った投手四冠、これを今年と来年、3年連続で穫る! チームも連覇させる! これが出来たら挑戦する!」
「……厳しすぎない?」
「いや、これくらい出来ないと海外でも成功なんて出来ないと思う! 絶対に成し遂げてみせるよ!」
「そっか、じゃあ私もそれを精一杯サポートするからね!」
「私もよ! 葵と碧のお世話も手伝うし、二人にも海外で生活出来るくらいには英語を勉強してもらうから!」
この二人が幼馴染で本当によかった。
「じゃあこの2年で、多少贅沢しても使い切れないくらいには稼ぎますか! あと、葵と碧も目一杯可愛がろう!」
目標が決まり、やる気も出てくる。
「……私もいっぱい可愛がってね?」
上目遣いで話かけてくる海。母親になってもこういうところは可愛いままだ。
「わ…私も!」
袖を引っ張って空もアピール。うん、空も可愛い。
「大丈夫、みんな可愛がるよ!」
「ちぃにい、しゅきっ♡」
海が葵と碧を起こさないように抱きついてくる。
そんな俺達を見て空は羨ましそうにしている。
「ほら、空もおいで?」
「……うんっ♡」
海と空、葵と碧4人を抱きしめる。この4人の幸せそうな顔を絶対に守ってみせる。
俺はそう決意した。
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