第39話メンタル強男はシーズンオフを過ごす

慣れないことばかりで色々戸惑いも多かったプロ初のシーズンも終わった。

寮とは言え一人暮らし、遠征の多さ、ファンとの交流、すべてが初体験だった。

そんな初めてだらけのシーズンだったが、結果は9勝1敗、防御率も2点台前半と上々、いや、新人としては出来過ぎなくらいだった。

6月に初登板を終えてからは高卒新人ということもあり、大事を取って登録と抹消を繰り返す中10日のローテーションを組んでくれた。

おかげで体力は最後まで持ち、怪我なくシーズンを終えることが出来た。

残念ながら、チームとしては惜しくも2位だった。来年は自分もフルで活躍して優勝を目指したい。

秋季キャンプもシーズン中に認識出来た自分の課題の改善を中心にしたメニュー。来シーズンに向けてのスタートはもう切られている。頑張っていこう。



そして今日はタイトルの表彰式。

ありがたい事に自分は新人王のタイトルに選ばれた。これも無理のない日程でローテを組んでくれた球団のおかげだ。

取材や撮影なんかはこの1年で結構慣れては来たが、今日はタイトルを獲った人達の集まりというのもあり、テレビで見ていた様な大物選手ばかり。

知り合いもまったくおらず、緊張しっぱなしだったが見知った顔を見かけて安心した。


「あ、村雨君!」


それは別のリーグの方で新人王を獲った、甲子園でも戦った村雨君だった。


「え? あ……あぁ、藍川君……お久しぶりですね……」

「よかった。知り合いなんていないし、周りの人はみんな大物だらけで緊張してたんだ! せっかくだから一緒にいようよ!」

「……そうですね」

「……なんで敬語?」


村雨君ってこんな感じだったっけ?

甲子園で戦った時の村雨君は自信に満ちあふれていて、多少生意気な人って印象だったんだけど。今は全然感じが違う。


「……藍川君と喋ってると緊張してしまって」

「なんで!? 俺達同年代だし、敬語は無しにしようよ」

「……そうだね。わかったよ」

「ていうか、関西弁じゃないの?」

「元々は関西弁じゃない地方で育ったからね。関西から離れたら元に戻ったよ」

「あーわかる。俺は逆に今関西だからたまに関西弁が出るようになっちゃったよ! 関西弁って伝染るよね!」


シーズン中も年上ばかりとの付き合いだったので、久しぶりの同級生との会話は楽しかった。……はずなんだけど村雨君の方は浮かない顔をしていた。


「……村雨君なんか性格変わった?」

(……誰のせいやおもてんねん)

「え? なんか言った?」

「いや、なんでも!」


……なんか変だな。まぁ別に喋ったのだってあの時だけだったしこれが素の性格だったのかも。


「今年は対戦出来なかったけど、来年は勝負出来るようにお互い頑張ろうね! 交流戦くらいしかないけど」

(……ホンマ別リーグで助かったわ……)


村雨君はなんかボソボソ喋っている。もしかして俺嫌われてる? たしかに、俺のせいで甲子園優勝を逃したようなものだからな。嫌われてるのか……ちょっとショック。


「……そろそろ表彰式も始まるからこれくらいにしとこうか……。じゃあまたね……」

「……うん、また……」


いや何この空気!! 悲しい気持ちになってきた……。

とは言えタイトル獲得の表彰式だ。俺に投票してくれた人が沢山いるんだから、暗い顔で表彰されるわけには行かない。気持ちを切り替えていこう!



こうして終わった表彰式。最初は暗くなってしまったが、沢山のタイトルを獲った選手に感化され、来年こそは投手のタイトルを獲りたいと思えた。気合が入り直すいい刺激になった。




そんなこんなでイベントも終わり、俺は久しぶりに実家に帰ってきた。遠征なんかでたまに帰ってきてはいたけど長期で帰ってくるのは初めてだ。

今回は時間もあるし、海ともゆっくり過ごせるかな? とか思っていたが久しぶりの海はすごいあまえんぼだった。ゆっくりする暇も無く海に色々求められ続けた。

だけど前回の反省を活かしたのか、人目がつくところでは自重してくれていた。海ももう高校生だ、成長したんだな。

……ちなみに他のところもしっかり成長していた。どことは言わないが。



「はー……まったりするねぇ」

「だねぇ……」

「クゥン……」


帰ってきてから10日くらいはずっとあまえんぼだった海もようやく落ち着いてきた。

今日は海も空も休みで朝から俺の部屋に来ている。外も寒くなってきたし、人目があるとあんまりイチャつけないからちぃにいの部屋がいい! とは海談。


「ていうか、ちぃにいが抱きついてくるなんて珍しいね?」


俺は今ベッドに座っている海を後ろから抱きしめている。そんな俺を海は珍しがっていた。


「うーん……。なんかここに来てシーズンの疲れがドッときた感じでね。癒やしを求めて」

「そうなんだ。こんなので癒やされるの?」

「うん、すごい落ち着く。ずっとこうしてたい」

「えへ♡ じゃあずっと抱きついてていいよ!」

「そうするぅ……」


いつも甘えてばかりの海だけど、こうして甘えられるのはそれはそれで嬉しいみたいだ。顔は見えないけど声の弾み方でわかる。

俺は後ろから海の髪に顔を埋めて、そのまま匂いを堪能する。


「あんっ♡ ちぃにい、くすぐったいよ♡」

「いい匂いする……」

「いつもと逆になっちゃったね! いいよ、もっといっぱい嗅いで♡」


許可ももらえたので遠慮なく。昔海がお互い匂いフェチになればWIN-WINと言っていたが結果的にそうなってしまったようだ。……いや俺はこの二人程は重症じゃないぞ?

今でこそ落ち着いてはいるけれど、この二人は帰ってきてすぐの時はずっと俺の匂いを嗅いでいた。それはもう凄まじい勢いだった。まるで離れていた間の分も嗅ぐかの様に。

別に二人に甘えられるのは嬉しいからいいんだけど。


「他にも何かしたいことあったら言ってね?」

「うーん……」

「……おっぱい揉む?」

「……」


急に何を言い出すんだこの子は。とは思うが否定の言葉が出ない自分も自分である。


「男の人っておっぱい揉むと元気でるんでしょ?」

「……人に依るんじゃないかなぁ」

「ちぃにいは?」

「……」


また否定の言葉は出せなかった。たぶん元気でるし。


「えへ♡ じゃあどうぞ?」

「……今は辞めとく」

「じゃあ……後でね♡」


帰ってきてからは海に絞られっぱなしだけど今日もこの後は……。


そして俺はあまり気にしないようにしていたことにそろそろ踏み込むことにした。


「……というか、空がすごい事になってない?」


俺達がイチャついてる間も、ずっと俺に身体をこすりつけながらベッドで丸くなっている空。

しかも当たり前の様に去年プレゼントした犬耳カチューシャを着けてるし。

ペット宣言以降はそれなりに甘えられてきたけど、帰ってきてからは更に積極的になっている気がする。


「ずっと離れてたから多少の事は気にしてなかったんだけど、なんかますますペット化が進んでない?」

「あー……それはちぃにいのせいだから。受け入れてあげてね!」

「なんで俺のせい!?」

「だってちぃにいがあんなこと言っちゃうから」


なんだろう、記憶にない。


「あの時は大変だったんだからね、お姉ちゃんのおしっ」

「ちょっと海!!! それは内緒の約束でしょ!!!」


背中でくっついてた空が急に起き上がり海の言葉を遮ってきた。


「あ、そうだった。ごめんね!」

「ほんとお願いね……。あ、ちぃは気にしないでね! ただペットとしての自覚が増しただけだから!」


……いやそんなものが増してるの、嫌なんだけど。


「これからもペットとしてちぃに尽くすわ!」

「……幼馴染としてでもいいんだよ?」

「ペットの方がいい!!」

「……そうですか……」


ペットを認めた時はいつか時間が経てば普通の空に戻ってくれるだろうと思っていたがあれから1年。状況は更に悪化している気がする。もしかしたら俺はとんでもない間違いをしてしまったのかも知れない。

しかも、起き上がってきたついでに撫でてもらおうとしてくる空を、当たり前の様に撫でている俺ももう手遅れなのではなかろうか。


「あ、お姉ちゃんずるい! ちぃにい私も!」


俺に後ろから抱きつかれていた海はくるりと反転して逆に抱きついてきた。

結局いつも通りだ。でも海に甘えられてる方が好きだからいいか。頭を撫でると満足そうに目を細めた。


「そういえば、海はまだだけど空は誕生日過ぎちゃったね。何か欲しいものある?」


首元で鼻をスンスン鳴らしている海を尻目に、俺は空に語りかける。


「うーん……今年は……首輪ね!」

「……」

「そして来年はリードよ! それを着けて散歩してくれたら、名実ともにちぃのペットね!」


俺の社会的地位は終わるけどね。


「……とりあえず、今年もヘアバンド系にするね……」

「えー……。あ、じゃあ今度は違う動物の耳カチューシャがいい! ちぃが私になって欲しい動物の!」


俺が空に求めてるのは普通の幼馴染だよ……。


「……考えとくね」

「うん! ふふっ、楽しみね♡」


そう言うとまたスリスリモードに戻った。

……いやまだ間に合うはずだ。諦めるな俺!




そうしてお昼まで、俺達はまったり過ごした。


「じゃあ俺、少し自主トレしてくるけど二人はどうする?」

「「一緒に行く!」」

「……そう。じゃあ着替えるから少し待っててね」

「あ、ちょっと待って!」


運動着に着替えようとすると海から待ったがかかった。


「今着てる服、私達が責任を持って洗っておくからちょうだい!」

「……別に、母さんが洗ってくれると思うんだけど」

「ちぃにいのお嫁さんになる予行演習だよ! ほら早く!」


急かされて脱がされていく。裸になった俺を見て空は顔を赤らめてるし。

脱いだ服を海は大事そうに抱えていた。……うん、何に使うかはわかってるんだけど、別にもう直接匂い嗅がれるのも嫌ではないからわざわざ服を取らなくてもいいのに。


「……お姉ちゃん、ゲットしたよ」

「……でかしたわ海、あとは真空パックに」

「……もう何枚か手に入れないとね」

「……ええ。でもチャンスはまだあるわ。ちぃママも味方に付けてるし。頑張りましょう」


二人がヒソヒソと何か喋っている。……まぁ仲が良い分にはいいんだけど。


「……下も着替えるから一旦出ていってくれる?」

「私達は気にしないよ!」

「いや俺が気にするの! 海はともかく、空はダメでしょ!」

「あら、ペットの前で着替えるのに躊躇する人なんていないでしょ?」


そりゃそうかも知れないけど! ペットじゃないじゃん!

しかもなんかハァハァ言ってるし! 目も血走ってきてるし! 二人とも急にスマホ出してきてるし!


「いいから一旦出て行っといて!」


海と空を部屋から追い出して、俺はため息をついた。

二人とも少し大人になったと思ったけど根本の部分はあんまり変わってないようだ。



こうして俺は少し騒がしい、だけど楽しくてまったり出来るシーズンオフを過ごしていくのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

まったり回。

こんな高卒新人が贔屓のチームに出てきたら絶頂待ったなし!

ちなみに村雨君は今後千尋君からヒットすら打てません、トラウマ背負わされてます…。

たぶんなんですけど次は2年くらい一気に飛ぶかと思います!一緒に住んでくれないとイチャイチャが書けない…!

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