第38話メンタル強男はヒーローインタビューを受ける(海視点あり

卒業式を終えてチームに戻った俺は、その後もオープン戦で投げる機会をもらえた。

だが開幕一軍には選ばれなかった。

二軍監督からは「実力は問題なかったが、高卒投手がいきなり一軍は厳しいだろう。今年は下で色々学んで欲しい」と言われた。

体力面なんかも加味するといきなり一軍よりかは二軍でじっくり育成したほうがいいという考えだろう。


こうしてスタートしたプロ初シーズン。

二軍とはいえプロはプロ。戦う相手も強く、学ぶ事も多かった。期待をしてもらえてるのか投げる機会も沢山もらえた。

1試合1試合にちゃんと課題を持ち、与えられたチャンスを無駄にしないよう心がけた。

体力づくりも欠かさず、長いシーズンを離脱することなく戦える身体を意識した。栄養士の勉強をしている海や空にも相談しながら食生活にも気を使った。

同僚のチームメイトからは意識が高すぎると言われたが、海に不自由のない生活をさせて上げられるくらいには活躍して稼ぎたい。

プロになる事がゴールではない。これからが本当の戦いだと思うと気を抜く暇なんてなかった。

そんな考えだからか緩めの同僚とはあまり仲良くなれなかったが、同じ様な志の人も少なくなくそんな人達と日々切磋琢磨していった。


シーズン最初の方こそ多少打たれていた俺だが、自分でも成長を感じる日々に少しずつだが自信を着けていった。

そして迎えた6月。今日の試合を完封で締めた俺は二軍監督に呼び出された。


それは一軍に上げるという知らせだった。

どうやら一軍のローテのピッチャーが怪我をして枠が一つ空いたようだ。プロになった以上こういう機会をものにしなければ生き残っていけない。俺はこのチャンスを絶対にものにすると意気込んだ。


それから俺は一軍に帯同した。一軍は二軍以上に移動が大変だった。こういう細かいところでも体力を奪われる。体力づくりに励んだ日々は無駄ではなかった。

一軍キャッチャーの人に球を受けてもらい、球種も確認してもらった。サインを覚えるなど色々とやらなくてはいけない事も多かったが、一軍での練習は充実していて楽しかった。


そして遂に初登板の日が来た。


「まずは5回。5回を投げきってほしい。それ以降は調子を見て判断する」


ピッチングコーチにそう言葉をかけられた。

高卒の投手にいきなり無理はさせられないという考えは皆共通のようだ。

俺としても5回までなら全力で投げても問題ないと思うので、その言葉はありがたかった。


「1回はストレート中心で行くか。まず藍川がどれくらい通用するのか見たい」


コーチとバッテリーを混ぜてのミーティングで方針も決まった。


「まぁ気楽にな。初登板なんだ、ここで失敗しても終わりってわけじゃない」

「はい、ありがとうございます!」

「球を受けてる分にはいけそうだからな! なんなら完封でもしてファンの度肝を抜いてやれ!」


そう言って笑いながら背中をバシっと叩いて鼓舞してくれた。



プロ初マウンドは夏の大会の時と同じ甲子園球場。ここに立つとあの日を思い出す。あの時と同じで思い浮かぶのは海の笑顔。これを力に頑張ろう。

ファンの歓声も凄まじい。ドラフト1位ということもあり期待も大きいのだろう。

プレッシャーもすごいものがあるがそれを楽しめている自分がいる。だったらこれも力に変えてしまうだけだ。


初回は予告通りにストレート中心の配球だった。最初の打者を三振にとると大歓声が上がった。

そのまま調子良く投げ続け、初回はまさかの三者三振だった。


正直出来過ぎだった。だけどこれでノらない人なんていないだろう。俺はその勢いのまま5回を無失点で投げきった。


「目標の5回は達成出来たな。球数はまだ余裕があるけどどうする?」


そうコーチから声をかけられる。


「調子がいいので行けるところまで投げたいです!」

「そうだな、点差はあまりないけど経験するのも大事だからな。じゃあ次の回も任せたぞ!」

「はい!」


6回以降は流石に少しずつ打たれ始めた。自分は新人なのでデータがあまりなかったのだろう。でもそこはプロ、対応してくるのも早かった。

だけど得点圏にランナーが進むたびに力が湧き出てくる。ランナーは出すものの点は許さなかった。

昔の自分だったら絶対に崩れる様な状況も乗り切れた。本当に変われたんだと思う。


野手陣が頑張ってくれて点差も開いた。そのおかげで9回も任された。ここまで来たら投げきってファンに挨拶してやれ、との事だった。


体力にもそれなりに自信はあったが、プロ初マウンドのプレッシャーは思っていた以上に体力を奪っていたようで最後の打者を打ち取れたのは運がよかった。

でも無失点で投げきれた。プロ初先発で初完封を成し遂げた。球場が今日一番の歓声に包まれた。





「今日のヒーローはもちろんこの人! ルーキーながらプロ初登板で見事完封勝利を成し遂げた、藍川選手です!」


俺はお立ち台に上がっていた。投げる事に意識を割かれすぎていたのでインタビューを受けなきゃいけない事をすっかり忘れていた。

ガチガチに緊張しながらもなんとか無難にインタビューを済ませ最後の質問。


「初勝利の喜びを誰に伝えたいですか?」

「……まずは両親です。それと幼馴染の恋人もいる、ずっとお世話になっていたお隣の家族にも」


その瞬間、観客席の前の方を陣取っていた熱狂的なファンからは驚きの声が上がっていた。女性のファンからはため息も聞こえた。


「なるほどー! 他にはいますか?」

「……あとはペットです」


だけど一番苦労をかけたのは空だ。だからここは俺達にしかわからない方法で空に感謝を伝えておきたかった。


「ペットも家族ですもんね! ありがとうございました、今日のヒーローは、初登板初完封を成し遂げた藍川選手でしたー!」


ポーズを決めて写真を撮られる。そんな時でも海と空は今頃喜んでくれているかな? なんて考えていた。



こうして俺のプロ初登板は素晴らしい形で終わった。でもこれで終わりじゃない、これからも頑張っていこう!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今日はちぃにいの一軍での初登板の日だ!

残念ながらお父さんとお母さんは用事があって家にいない。ちなみに絶対に録画をしておいてと念を押された。

お姉ちゃんと一緒に観戦の準備をする。トイレも済ませた。ちぃにいの活躍を一瞬たりとも見逃すものか!


そして遂に放送が始まった。お姉ちゃんはかぶりつくようにテレビに近づいて見ている。……私も真似しよう。

スタメン紹介でちぃにいの名前が呼ばれた。それと同時にカメラがちぃにいを捉えた。


「「きゃーー!!」」


私達は黄色い歓声を上げた。はぁ……久しぶりに見るちぃにいは更に凛々しくなっている気がする……しゅきっ♡

マウンドを慣らし投球練習をするちぃにいの顔はいつもより緊張しているようだった。可愛い……しゅきっ♡

お姉ちゃんも久しぶりのちぃにいの姿に夢中だ。


そうして始まった初回。ちぃにいはなんと三者連続三振でスタートした。

これには私もお姉ちゃんも大歓声。二人で抱き合いながら喜んだ。お姉ちゃんはうっとりした目でちぃにいの活躍を見ているが、たぶん私も同じ顔をしているのだろう。

ベンチに戻ったちぃにいは、チームメイトの人に何か話し掛けられて照れくさそうに笑っていた。くっ……こんなところで悶え死するわけには……!


そのまま危なげなく5回を投げきった。すごい!

私達はそのまま夢中でちぃにいの活躍を見守っていた。とらーズの攻撃の時でもいつちぃにいがカメラに映るかわからないから一時も目が離せなかった。

6回以降は度々ピンチを迎えていた。甲子園などで観客席から応援してた時は気付かなかったけど、ピンチを迎える度にちぃにいは不敵に笑っている。はぁ……かっこよすぎる……♡


ちぃにいは遂に9回のマウンドにまで上がった。カメラがちぃにいをアップで映す。流石に疲れているのか、汗をにじませている。


……嗅ぎたい。絶対にいい匂いがする。抱きついてずっと嗅いでいたい……。

そんな私を見ていたお姉ちゃんがそっと何かを渡してきた。


「海、これで我慢よ」

「……ありがとうお姉ちゃん」


それはちぃにいのシャツだった。私達は一心不乱に匂いを嗅いだ。……でも洗濯済みな上にちぃにいが脱いでから時間が経っている。足りない……カガセロ……モットカガセロ……。


私達がちぃにいのシャツに夢中になってる間にピンチになってしまっていた。あぁごめんなさい! ちゃんと応援します!

祈りが届いたのか、良い当たりだった打球は野手の正面に行きゲームセット。ちぃにいの完封勝利だ! やった!

画面にはチームメイトに手荒い祝福を受けている笑顔のちぃにいが映っている。水をかけられて髪をかき上げているちぃにい。はぁ……ホント大好き♡



私達の興奮冷めやらぬ間にちぃにいのヒーローインタビューが始まった。

絶対にインタビューの事を忘れていたのだろう、ガチガチに緊張したちぃにいの姿。永久保存です。

そして家族への感謝の言葉と共に恋人がいることを公言してくれた。

嬉しすぎる!! 今すぐ球場に行って抱きつきたい。次に会ったら絶対にまた抱きついて離れられなくなってしまう。でもちぃにいが私を喜ばせすぎるのが悪いと思います!

そんなことを考えていたら感謝の相手にペットも挙げていた。

……たしかに、一番長い間ちぃにいを支えていたのはお姉ちゃんだ。きっとちぃにいもしっかりとお姉ちゃんに感謝したかったのだろう。


その言葉を聞いたお姉ちゃんは固まっていた。あれ、嬉しくないのかな?

そう思いお姉ちゃんの顔を確認するととろけきっていた。なんだ、嬉しすぎただけか。

私達にしかわからない形でしっかりと自分の存在も挙げてもらえて嬉しすぎたのだろう。なんて思っていたら事件が起きた。


座っているお姉ちゃんのお尻のところが濡れだした。


「ちょっ! お姉ちゃんおしっこ漏れてる!!」

「……え?」


正気を取り戻したお姉ちゃんは自分の下半身を確認する。うん、どっから見てもおしっこです。


「え、なんで!?」

「……もしかして、嬉ションってやつ?」

「ち……ちがっ……!」


お姉ちゃんのペット化はどんどん激しくなるなぁなんて思ってはいたけど、遂に嬉ションまでするとは……。


「ふ……普通に漏らしただけよ!」

「いやそっちの方が嫌だよ! ほらさっさとお風呂入って着替えてきて! お母さん達が帰ってくる前に片付けないと!」


顔を真っ赤にしながらお風呂に駆け込んでいくお姉ちゃんを見てため息をつく。

ちぃにい、もしかしたら私達はあの日、大きな間違いをしちゃったかも知れないよ……。

お姉ちゃんが普通に戻る未来が見えなくなってしまった。

ちぃにいも私も、いつかお姉ちゃんの目が覚めて離れていくんだろうくらいに思っていたのに……。

別にお姉ちゃんがずっと一緒にいたいならそれでもいいんだけど、ペットがそこまで本気だったとは……。少し未来が不安になってきた。

流石にちぃにいに相談して何か手をうったほうがいいのだろうかなど、色々な事を考えていた。


そんな私の思いとは裏腹に、テレビにはかっこいいポーズで写真を撮られているちぃにいが映っていた。



……まぁいっか!! とりあえず今はちぃにい眺めてよっ!!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

真面目な回と見せかけた嬉ション回!

ちょいスランプ気味で更新遅れましたすみません…!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る