第37話メンタル強男は久しぶりに帰る
海やみんなと別れ、いざ始まったプロ野球生活。
練習は特に問題はなかった。多少なまっているとはいえ、自主練は欠かさなかった。その上、海と空から食事は管理されていたのでむしろ調子は良いほうだ。
ドラフト1位ということもあり、他の選手から嫉妬やいじめなんかもあるかもと不安に思っていたがそんなことはまったくなかった。
この年のドラフトは俺以外は大学・社会人野球からの指名が中心だったので、最初の合同自主トレも年上だらけ。
そんな環境だったので、どっちかと言うと可愛がってもらえた。年上ならではのアドバイスをもらったり、時には俺がアドバイスを送ったり。いい関係になれたと思う。
そうして始まったキャンプイン。自分は期待されているのか、1軍キャンプに選ばれた。
テレビで見ていたような選手などが沢山おり、最初はここが一番緊張した。
流石はプロの中でも一流の選手たち、見ているだけでも学びがあった。色々な選手に声をかけ練習を見学させてもらった。みんないい人で、快く受け入れてくれた。
コーチ陣も今まで自分では思いつかなかったような意見を沢山くれて、どんどんうまくなっていくのを自分でも感じる日々だ。
怪我もなく充実したキャンプを終えた俺は、オープン戦でも投げる機会をもらえた。
少ない回ではあるけど、プロの選手達相手によくやれたと思う。コーチや監督からも褒められて自信もついた。
不安だったプロ野球生活は、最高のスタートをきれたと思う。
そして高校の卒業式の日が来た。
前日から戻る事を許されたので、式の前日の昼すぎには地元に着けた。久しぶりにみんなに会えると思うとワクワクする。
家の前に着くと少し緊張したが、扉を開けるといつもどおりの母さんが出迎えてくれた。
「ちぃおかえり。元気だった?」
「ただいま母さん。今のところは順調だよ」
父さんは仕事でいなかったので母さんだけだが、久しぶりの実家はなんだか安心した。
移動の疲れから少しのんびりとしていると、母さんは野球の事より一人暮らしの方が心配だったようで色々と聞かれた。
一人暮らしと言っても寮だ。食事や洗濯なんかはやってもらえてるので大丈夫と伝えた。
しばらく母さんからの質問攻めだったが、あらかた聞き終えると安心したようでホッとした顔をしていた。母さんからしたら俺はいくつになっても子供みたいだ。
だいぶゆっくりしたせいか、お昼もだいぶすぎた時間になっていた。少しでも早く会いたい俺は、学校に行っている海を迎えに行こうと思い外に出る事を伝えた。
「お隣さんにも帰ってきた挨拶してくるよ。で、そのまま海を迎えに行ってくるね」
「あらそう? 夜はまたみんなで集まるって言ってたからちゃんと帰ってきなさいね」
「わかった、じゃあいってきます」
家を出るとそのまま隣の家に向かう。おじさんは仕事、海は学校でいないけど、おばさんと空はいるだろう。チャイムを鳴らすと家の中からドタドタと慌てたような音がした。みんなにも今日帰る事を伝えておいたので、俺だと気付いてくれたのか慌てているようだ。
少し待つと、扉が開いた。中からは空が出迎えてくれた。
「ちぃおかえり!」
「うん、ただいま空」
慌てて出てきのか、髪なんかが少し乱れている空は、それでも嬉しそうに笑っていた。そのまま自然と頭を差し出して来たので撫でておく。空にもし尻尾があったら今頃はち切れんばかりに振り回しているのだろう。
そんな空を撫で続けていると奥からおばさんも顔を出した。
「あらちぃ君おかえり! 上がっていく?」
「ただいまおばさん。せっかくのお誘いなんですけど、このまま海を迎えに行ってきます」
「それは海も喜ぶわね! 今日の朝なんて、ちぃ君と早く会いたいからって仮病使って休もうとしてたんだから!」
「ははっ、じゃあ早速いってきますね! その後海と一緒にお邪魔させてもらいます」
「はいいってらっしゃい。ほら空もいつまでも撫でてもらってないで!」
「はーい……。ちぃ、また後でね!」
空とおばさんと別れ、海の通う学校へと急いだ。せっかくだから海に連絡は入れないで、内緒で待っていよう。
俺と空も通った、懐かしい校舎が見えてきた。
スマホで時間を確認するとちょうど下校くらいの時間だ。まだ誰も帰っていないようなので、これなら海とすれ違う事もなさそうだ。
などと思いながら昇降口を眺めていると女の子が二人、急ぎ足で出てきた。
海だ。久しぶりに恋人を見た俺は年甲斐もなくドキドキしている。
もう一人の子はたしか、部活で海とペアだった子だ。
「海ちゃん待ってよー!」
「ほらありさちゃん急いで! きっとちぃにい帰ってきてるから!」
海がありさちゃんを急かしている。
こんなに急いで俺に会いたいと思ってくれてる海を思うと嬉しくなる。俺は我慢できずにそっと姿を現した。
急いでいた海だが、俺の姿を確認すると止まった。そして満面の笑みを浮かべた。
「ちぃにいいいいい!!! おかえりぃぃいいいいい!!!」
今まで見たことのないような速さで走ってくる海が、そのまま俺に抱きついてきた。
「ただいま海」
「うん!!」
抱きつくどころか全身を俺に預け、抱っこするような形になっているが、俺も嬉しさからそのまま海を抱きとめた。
そんな海の後ろから、息を切らせたありさちゃんも駆け寄ってきた。
「はぁはぁ……。……藍川さん、お久しぶりです!」
「海とペア組んでたありさちゃんだったよね? 久しぶりだね」
「覚えててくれたんですね! 嬉しいです!」
ごめん、名前は忘れていた。
「あ、今更ですが、プロ入りおめでとうございます!」
「ありがとう。海と帰る予定だった?」
「そうなんですけど……お二人の邪魔は出来ないので一人で帰ります!」
「あーごめんね」
「いいんです! 海ちゃん今日は朝からずっとソワソワしてて……嬉しくてしょうがないんだと思うので!」
そんな会話をありさちゃんとしているが海は俺に抱っこされたまま離れる様子もない。
「ほら海。帰る前にありさちゃんにちゃんと挨拶しな?」
「……また明日ねありさちゃん」
俺の胸に顔を埋めながら挨拶する。
「こら、ちゃんと顔みて挨拶する! とりあえず一旦離れて!」
「……」
「ほら! はーなーれーてー!」
海が離れる気配がないので、力づくで離そうとするがびくともしない。腕だけじゃなく足まで絡ませて絶対に離れないという意志を感じる。
「……え? 力強すぎない!? ちょっと、ありさちゃん海を剥がすの手伝ってくれる?」
「は……はい!」
そうして二人がかりで引き剥がそうとするが海は離れなかった。俺一応プロスポーツ選手なんだけど……。
「ど……どうしましょう、全然離れないです」
「海、お願いだから一旦離れよ!?」
「……」
まったく聞き入れてもらえない。そうしている間に、普通に帰ろうとしている生徒達が出てきてしまった。
「……まずい、流石に他の生徒に見られるのはよくない……。ごめんありさちゃん! 海の事は後で叱っておくから、俺たち帰るよ!」
「はい、わかりました! とらーズの事も応援するので、これから頑張ってください!」
「ありがとっ!」
俺はそのまま離れない海を抱きかかえながら走った。
見られないように人気の少ない道を選んで帰ったが、中学生を抱きながら走っている俺は何人かの人に変な目で見られてしまった……。
なんとか被害を最小限に涼木家にたどり着いた俺は再びチャイムを鳴らした。
「ちぃ、おかえりー! ……なにそれ、コアラ?」
俺に抱きついて離れない海を見て、空は不思議そうな顔をしていた。
「はぁ……はぁ……ただいま空……。海を迎えに行ったまではよかったんだけど、抱きついた海が離れなくなっちゃって」
「あー……、まぁ2ヶ月近くも離れてたもんね。ずっと寂しそうにしてたから、その反動かしら?」
「反動にしてもこれはやりすぎでしょ! ほら海、家に着いたよ! そろそろ離れて!」
「……」
駄目だこれは。こうなったら海が満足するまで抱っこしていよう。
そう考えていたが、空が何かを思いついたようで俺の耳にこそっと話し掛けてきた。
……なるほどいい案だ。俺はすぐに実行に移した。
「はー……海にただいまのチューがしたかったのに、これじゃ出来ないなー……」
その言葉を聞いた海はピクッと反応した。空がそれに追撃を入れる。
「あ、じゃあ私が変わりにしてもらおっ!」
「ダメーーーー!!!!」
即座に離れた海が、空と俺の間に立つ。
「ナデナデは許したけど、キスはダメだからね!」
「ちぇー」
そう言いながら笑っている空に背を向け、目を閉じて顔を上げる。
「……はいちぃにい!」
キス待ち顔の海のほっぺたに手を当てて……。俺はそのまま掴んだ。
「いっ……いひゃい……」
「まったく……。俺だってもうプロなんだから、世間の目を気にしなくちゃいけないんだ。あんまり変なことはさせないでよ?」
「……ふぉめんなひゃい……」
「あとありさちゃんにもちゃんと謝っておくんだよ?」
「ひゃい……」
ちゃんと反省しているようなのでそのまま手を離した。強くは握ってないから痛くはなかったはずだけど、一応優しく撫でておく。
「改めて、海ただいま」
そのままキスをすると怒られていた事も忘れて海ははにかんだ。
「おかえりちぃにい! 寂しかったよぉ!」
また抱きついて離れなくなってしまった。もう家の中だからいいんだけど。
「海おかえり。あらあら……。最近大人っぽくなってきたと思ってたのに、ちぃ君が帰ってきたらまたあまえんぼに戻っちゃったわね!」
そのままリビングに行くとおばさんも俺達を見て笑っていた。
海を抱っこしたままソファーに座ると両隣におばさんと空が来た。そしてさっき母さんに聞かれたような事を聞かれた。みんな心配してくれたと思うと嬉しくなる。
空も甘えたいようで、片手を引っ張って自分の頭の上に置いてきたのでそのまま撫でておく。そんな自分の娘たちを見て、おばさんは呆れた顔をしていたけどどこか嬉しそうだった。
夜は帰ってきた父さんとおじさんも混ざってプチパーティ。
みんなプロの生活に興味津々で色々聞かれたけど、俺が元気に過ごせているとわかると笑っていた。
まだみんなと別れてたった2ヶ月だけど、家族と一緒にいる幸せな時間を堪能できて楽しかった。
そして迎えた卒業式当日。
クラスに行くとこれまたみんなからの質問ラッシュだった。
プロの生活はどうなのか、有名な選手と知り合いになれたのか、活躍できそうか等など……。
俺は質問に一つ一つ丁寧に答えた。そうするとみんな満足そうな顔をしていた。
数年後くらいに同窓会なんかもやりたいから、それまでに活躍する様な選手になってろよなんて無茶も言われたけれど頑張っていきたい。
とりあえずクラスのグループチャットは抜けないでおこう。みんなとこれで終わりじゃ寂しいからな。
そうして卒業式も終わった。これで、これからは完全にプロ野球選手として頑張っていくんだと思うと気が引き締まる。
空と一緒に帰ろうと探していると、こころちゃんに泣きながら抱きついているのを見かけた。
こころちゃんには空がすごくお世話になった。改めて挨拶をしておこう。
「こころちゃん。今までありがとね。空の面倒も見てもらって」
「あら藍川君。いいのよ、私が空と居たかっただけなんだから!」
「それでも、あの件以降も見捨てないでいてくれて本当に助かったよ。空もこころちゃんがいてくれたから学校に来れたと思うんだ」
「ふふっ、でもこれからも空と私は親友だから。まだまだ終わりじゃないわよ!」
そう言い泣いてる空の頭を撫でているこころちゃん。本当に、いい友達が出来てよかったな空。
「こころちゃんが空の親友でよかったよ。俺からも何かお礼が出来たらいいんだけど……」
「藍川君も空にだいぶ過保護ね! お礼ねぇ……じゃあ藍川君には私と付き合ってもらおうかしら?」
それを聞いた空はこころちゃんから離れて俺の前に立ち手を広げた。
「だ……ダメだからね! ちぃは私の妹の恋人なんだから!」
「……あははっ、冗談よ!」
「ガルルゥ……!」
威嚇が犬そのものだ……。
「空はホント可愛いわね! 大丈夫よ、私も恋人が出来たから! あ、ほら」
何かを見つけたこころちゃんの視線の先には松木君がいた。なるほど、松木君はちゃんと好きな人に告白したんだな、かっこいい。
視線に気付いた松木君はこっちに寄ってくる。
「お、藍川と涼木さんか。二人も色々あったけど、仲直り出来たみたいでよかったな! これからも仲良くするんだぞ!」
「松木君もありがとね。友達になってくれて嬉しかったよ」
「はっはっ! 俺もプロ野球選手の友達がいるなんて鼻が高いぜ! でも……」
肩をバンバンと叩いてきていたが不意に掴んできた。その手には少し力が入っている。
「こころに手を出したら許さないからな」
……どうやらさっきの会話も聞かれていたようだ。
「出さないよ! 俺にも恋人がいるし!」
「そうだよな! いやぁすまんすまん!」
「まったく……。健君も冗談だってわかってたでしょ?」
「そりゃそうだけど、念のためにね!」
「ふーん……信用されてないんだぁ……」
そう言うと一人悲しそうな顔で離れていったこころちゃん。
「ちょっ……こころ! 待って! じゃあ、藍川元気でな! なんかあったらいつでも連絡しろよ!」
松木君はこころちゃんを追いかけていった。残された俺と空は二人を眺めていた。
「こころちゃんも松木君もいい人達だったね」
「うん! こころちゃんとは大学は違うけど、ずっと友達でいられる気がするよ!」
「そうなるといいね。さて、俺らも帰ろうか」
「ワン!」
変な関係にはなってしまったが空ともずっと一緒にいられるといいな。そんなことを思いながら帰宅した。
さて、学生気分は終わりだ。これからは勝負の世界だ。海と空を幸せにするために頑張っていきますか!
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ここらへんから一話一話の文字数が不安定になりそう…今回は多すぎた…。
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