第32話メンタル強男は困惑する
次の日、いつも通り海と登校しようとすると空も一緒だった。
「おはよう二人とも」
「おはようちぃ!」
「おはようちぃにい! はいお弁当! 今日はほとんど私だけで作ったんだ!」
「もう一人で作れるくらい上手になったんだ」
「……美味しくないかも知れないけど」
「海の愛情がいっぱい詰まったお弁当が美味しくないわけないよ! 愛妻弁当、楽しみにしてるね!」
「愛妻……」
俺の言葉に顔を赤くする海。結婚しよっ。
そのまま海の手を握る。手を繋いでの登校も慣れたものだ。
二人で並んで歩く、少し後ろを空が着いてくる。やっぱり空の前だと多少気まずいものがあるなぁと思い、海と話しながら少し空の方を確認する。
……すごい笑顔だった。
なんだろう、空の様子がいつもと少し違う気がする。
「……空、なんか良いことあった?」
「え? 特に何もないよ?」
「でもいつもより笑顔じゃない?」
「あーたしかに! なんか昨日帰ってきてからお姉ちゃんすごい機嫌いいよね?」
「……ふふっ、内緒!」
「えー気になる!」
昨日、俺が庇った事が嬉しかったんだろうか? まぁ空も大事な幼馴染だ。それを庇うのは当然だろう。
「いいから私の事は気にしないで! ラブラブな二人の邪魔はしないから! 二人の散歩に着いてきた犬くらいに思っといて!」
……なんだそのたとえは。気にはなったが海も空もご機嫌な様だったから頭から消すことにした。
「というか海もご機嫌だね」
「えーそう? えへへ……やっぱちぃにいのものって感じるから、幸せなのかも!」
……なるほどこれは。俺は首元を確認する。
「……やっぱり。ネックレス着けてきてるね。学校行く時は辞めときなって言ったのに」
「だってぇ! これ着けてるとずっとちぃにいと一緒にいるみたいで嬉しいんだもん!」
「見つかったら没収されるからね」
「大丈夫! 今日は体育もないから絶対にバレないよ!」
「でも海は友達に自慢とかしそうだからなぁ」
「し……しないもん! ……たぶん」
するなぁこれは。
「ホント気をつけてね。没収されて悲しむのは海だからね」
「……学校に着いたら外してしまっておきます」
「それがいいと思う。俺と会う時につけてくれたらそれだけで嬉しいから」
「うん! あ、そうだ! 次の日曜日、お姉ちゃんの誕生日だからパーティするって!」
「わかった、予定は入れないでおくよ」
「みんなで集まって誕生日会出来るのも最後かも知れないから、その日は豪勢にやるって言ってたよ!」
「なるほど。じゃあ当日はお腹すかせておこうかな」
「私とお姉ちゃんも料理手伝うから、楽しみにしててね!」
自分の誕生日の話をしているのに、空は静かに見守っていた。でも視線を向けるとずっとニコニコしている。……なんか違和感があるなぁ。
それから誕生日の日まで、ずっと空はそんな感じだった。結局違和感の正体はわからないままだった。
そして迎えた誕生日パーティ当日。
「「「空、お誕生日おめでとー!」」」
「ありがとうみんな!」
おめでとうの言葉と共にパーティは始まった。
「空、これであなたも大人の仲間入りなんだから、これからはちゃんとするのよ?」
「う……はい、すみません……」
「あれからは特に何もないみたいだから大丈夫だとは思うけど……」
「まぁまぁ母さん、今日はめでたい席だから!」
「……そうね、ごめんね空! 楽しみましょう!」
「うん! ありがとう!」
そこからみんな楽しそうにご飯を食べながら会話をしていた。
大人たちはお酒も入って上機嫌だ。
「そういえば、ちぃはもう進路は決めたのか?」
「うん、やっぱりなりたかったプロを目指すことにしたよ。父さんと母さんとももう相談済みで、志望届ももう出したよ」
「ちぃの人生だから、やりたいことをやってほしいしね!」
「なぁに千尋の事だ、きっとプロでもやっていけるさ!」
父さんと母さんも応援してくれている。
「そうか! いよいよプロになったちぃが見られるのか! 楽しみだな!」
「まぁまだ指名されるって決まったわけじゃないからわからないけど……。でもいくつかの球団からは指名してもいいかの確認もあったから、たぶん大丈夫だと思う」
「そりゃ、甲子園優勝投手だからな! ドラフト1位もあるぞ!」
「そうなるように、油断しないで行くよ!」
「あぁ頑張れ! 未来のとらーズのエースよ!」
おじさんは相変わらずだな。でもどこの球団に指名されても頑張るだけだ。
「でも、こんな風にパーティ出来るのも最後かも知れないなぁ……。ちぃがプロになったら、もうみんなで集まれる事も少なくなるな……」
おじさんが寂しそうにつぶやく。
「シーズン中は難しいかも知れないけど、オフはちゃんと帰ってくるようにするよ。俺もみんなに会えないのは寂しいし」
「ちぃ君……。大丈夫、私達ももう家族みたいなものだからね! 海と結婚したら本当の家族よ!」
「……だってちぃにい! いつ結婚する!?」
「海はまだちょっと早いね。まず結婚できる年齢になってないしね」
「……うー! なんで私だけ3個も年下なの!」
拗ねる海の頭を撫でながらなだめる。
「でも、その分恋人期間はいっぱいだよ。結婚しちゃったら味わえないドキドキも沢山楽しめるよ!」
「……そうだね! いっぱいイチャイチャしようね!」
そう言うと海が抱きついてきた。
「お、チューするのか? いいぞー!」
「あら、じゃあ写真に撮っておこうかしら」
「結婚式の予行演習ね!」
酔っ払い達の悪ノリも始まってしまった。
「いやいや! 俺達のことより、今日の主役は空だから! 空の話をしようよ!」
無理やり話題を変えていく。
「それもそうね。で、空は進路決まった?」
「うん、英語の大学に行こうと思って」
「英語?」
俺も初耳だったので、思わず疑問を口にしてしまった。
「そう。きっと将来、ちぃに必要になると思うから!」
「……なるかな?」
「なるよ! ちぃはきっと、すごい選手になるから! それで、海外に行く様な選手になるの! その時に私が通訳として役に立てるようにって!」
「……もう俺に合わせなくてもいいんだよ?」
「いいの! これが私の新しいやりたいことだから!」
恋人でもない幼馴染の関係で、俺の為に将来を決めるのは流石に辞めたほうがいいと思うが……。
「まぁでも、英語が出来れば仕事は困らなそうだからいいんじゃない?」
おばさんは止める気はないみたいだ。たしかに、将来の選択肢は多そうだから、空がこれから新しい好きな人が出来て、俺から離れていくにしても悪くはなさそうだ。
「おじさんとおばさんがそれでいいならまぁ……」
「うん! これでこれからもちぃの側にいられそう! 嬉しいなぁ!」
そんなに俺を優先しなくてもいいんだけど、空が側にいたいと言ってくれるのは嬉しい。海も空が一緒なら喜んでくれるはずだ。
「うん、応援するよ空。頑張ってね」
「ありがとうちぃ!」
満面の笑みを浮かべている。空が幸せになれるならどんなことでも応援していこう。
パーティも進んで、両親ズもだいぶベロンベロンになってきていて、そろそろお開きかなというところまできた。
そんな時に海がこっそり話し掛けてくる。
「ちぃにい、そろそろお姉ちゃんにプレゼント渡そっか?」
「そうだね。じゃあ準備しよっか」
隠していたプレゼントを手に空を呼んだ。
「空、ちょっとこっちきて」
「うん!」
呼んだだけなのにすごい嬉しそうに寄ってくる。
「これ、誕生日プレゼント」
そう言って、例の犬耳の着いたカチューシャが入った袋を手渡す。
海にも、先にこっちを渡すことを伝えていたので楽しそうにその様子を伺っている。
このドッキリに空はどんな反応をするのか、俺もワクワクしてきた。
「ありがとう! 開けてもいい?」
「うんどうぞ」
その言葉を受けて空は嬉しそうに袋を開いた。
そして中の犬耳カチューシャを取り出すと固まってしまった。
……あれ? なんか思ってた反応と違うなぁ。
「……空?」
思わず声をかけてしまうが空はまだ固まったままだ。
うーんすべってしまったかな。しょうがない、ちゃんとした方のプレゼントを渡そう。
そう思いもう一つのプレゼントの方に手を伸ばそうとするが、その手はがっしりと空に握られてしまった。
「嬉しい!! ちぃも同じ気持ちだったんだね! ありがとう! 今までもらったプレゼントで一番嬉しいよ!!」
見たことないほどキラキラした瞳をしながら空は答えた。
「「……え?」」
俺と海の声が合わさった。おかしい、こんな反応の予定ではなかったんだが……。
でも尋常じゃない喜び方をしている空を見ていると、冗談だとは言いにくくなってしまった。
「……お姉ちゃん、これ、私からも……」
海も困惑しながらプレゼントを渡す。
「海もありがとう! 二人とも大好きよ!」
喜ぶ空に抱きつかれながら、海もどんどん混乱していっているようだ。
「じゃあ、着けてみるから二人は海の部屋で待ってて!」
そう言って嬉しそうに自分の部屋に行ってしまった。
「……なんか思ってた反応と違ったね」
「うん、すごい嬉しそうだったよ」
「……まぁ空が喜んでるならいっか!」
「そうだね! 犬耳お姉ちゃんをお披露目してくれるらしいから、私の部屋に行こっか!」
俺達はそのまま海の部屋に向かった。ていうか、海の部屋に入るのなんて中学生ぶりくらいだなと考えると、少しドキドキしてきた。
「そういえばちぃにいが私の部屋に来るの久しぶりだね、どうぞー!」
海に元気よく部屋に招かれる。部屋に入ると、まず海の匂いがいっぱいした。まるで海に包まれている様な感覚だ。ドキドキが強くなってくる。
そのまま二人並んで海のベッドの縁に座った。
「……あれ? ちぃにいなんか顔赤いよ? どしたの?」
「いや、海の部屋久しぶりでドキドキして」
「……えへ、ちぃにい可愛い」
海が俺をからかってくる。あれ以来、海が俺をからかうとキスをするのが俺達の中の暗黙の了解になっていた。
俺は黙って海の口を塞いだ。
海の匂いに包まれながらするキスは、いつもより俺を興奮させた。ほんとにやばいかも。
危険を感じたので早めに離れると海が物足りなさそうな顔をしていた。
「……もう終わっちゃうの?」
潤んだ瞳で続きを所望してくる海。可愛すぎて理性が保てなくなりそうだ。
いや我慢しろ俺! まだ中学生だ!
俺は強めに海を抱きしめた。
「そろそろ空が来ると思うからここまでにしとこう!」
「……わかった」
しばらく海を抱きしめているとノックの音がした。
「……もう大丈夫?」
「うん平気!」
いつもの海だ。これなら大丈夫だろう。
「入ってきていいよ、空」
そう伝えると空が入ってきた。しっかりと犬耳カチューシャを着けて。おめかしもしてきたのか、髪も心なしかサラサラしている。
そのままトコトコと歩いてきて俺の前に座った。なぜか地べたに。
「……どう?」
「いや……うん、似合ってるよ」
「ホント!? 嬉しい!!」
本当に嬉しそうに笑っている。空はそのまま頭を差し出してきた。
「……空?」
「撫でて」
「あ、はい」
犬耳カチューシャの上から空の頭を撫でると嬉しそうに顔をほころばせた。
しばらく撫でると満足したのか離れた。そしてそのまま今度は海の方に移動した。
「撫でて」
「……え?」
「撫でて」
「あ、はい」
海にも撫でられて嬉しそうにしている。なんなんだ一体。
俺達二人に撫でられて満足気に離れた。
「ありがとう二人とも!」
「まぁ……うん」
「お姉ちゃんどうしたの? なんか変だよ?」
海の問いかけにきょとんとした顔で答える空。
「何が? 別に変じゃないでしょ。だって私はちぃのペットだもん」
は?
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