第30話メンタル強男はまた絡まれる

今日は久しぶりに髪を上げずにセットした。

懐かしい感じだが、長年この髪型だったので久しぶりだが違和感もない。


そのままリビングに向かうと母さんが声をかけてきた。


「あらちぃ、なんか懐かしい感じの髪型になってるわね」

「ちょっと色々あって、久しぶりに戻してみようかなって」

「ははーん、さてはモテてるのね? それを回避するためでしょ!」

「……そうだよ」


我が母親ながら、なかなかに鋭い。


「自分の息子がモテるのは誇らしいけど、海ちゃんの事を考えるとそっちの方がいいかもね!」

「うん、海に心配かけたくないんだ」

「恋人がモテるのは嬉しくもあるんだけど、やっぱ不安にもなるからねぇ……」

「父さんもモテてたの?」

「そうなのよ! まぁ私が勝ち取ったんだけどね!」


そこから母さんの惚気が始まってしまった。ちょっと話の選択を間違えてしまったようだ……。



朝から少し疲れてしまったが、海に会えると思うと元気も湧いてくる。

玄関を開けるといつも通り海が待っていてくれた。でも少しだけ、元気がなさげだ。


「おはようちぃにい! あれ? 今日は前髪下ろしてるの?」

「おはよう海。うん、また告白とかされないようにちょっとした対策でさ」

「……別にちぃにいがモテても気にしないよ?」

「ううん、俺がやりたいんだ。海に少しでも不安になってほしくないし」

「……ちぃにい……」


そう言うと海がギュッと抱きついてきた。


「……ごめんね、ホントは少し不安だったんだ。私より可愛い子に告白されたらちぃにいも揺らいじゃうんじゃないかって……。ちぃにいを信じきれない自分にも自己嫌悪で……」

「俺だって、海が告白されたって聞いたら不安になるよ。乗り換えちゃうんじゃないかって落ち込むと思う」

「私がちぃにい以外を好きになるわけないじゃん!」

「うん。俺も海以外を好きになることなんてないよ! これからもずっと海一筋だよ!」

「うー……ちぃにいしゅきっ!」


更に強く抱きついて来る。海の不安がこれでなくなるならお安い御用だ。クンクンされてるがこれも慣れたものだ。


しばらくして顔を上げた海は、いつもの元気いっぱいの笑顔に戻っていた。


「えへ……朝からちぃにいも堪能できたし……絶好調だよ!」

「うん、俺も笑顔な海が好きだよ!」

「もー! そんな嬉しいこと言われちゃうともっと笑顔になっちゃう!」


照れくさそうにニマニマしてる海を見るとこれでよかったって思えた。


二人で歩いてる間も、心なしかいつもより注目されてない気がした。空の案だが意外と効力を発揮しているのかも知れない。


「そういえば、空がそろそろ誕生日だからプレゼント買いに行かないとね。今度の休み、一緒に行こうか。デートもしよっか!」

「うんっ! またお姉ちゃんはカチューシャ?」

「空が毎年、それがいいって言ってるからね」

「お姉ちゃんいつも朝嬉しそうにどれをつけていくか選んでるよ! じゃあせっかくだから、隣街の新しくできたデパートにしようよ!」


隣街なら少しは落ち着いてデートも出来そうだしそれがいいかも。


「そうだね。じゃあ詳細はまた連絡するね」

「わかった!」


そうして海と別れて教室に着くと友人には髪型を笑われた。でもクラス外で話し掛けられる頻度は確実に減った。作戦は成功だったみたいだ。




海とデートの日になった。

テレビに出た影響はでかいようで、外でも偶に視線を感じていたので今日も前髪は下ろしている。


「じゃあ最初にお姉ちゃんのプレゼント買いに行っちゃおっか! アクセサリーのお店にいこー!」


俺は毎年、色と柄がかぶらないように買っているので今年も今までのとは違う感じのやつにした。

海も空の趣味をわかっているのか、すぐに買いたい物が決まったようだ。


そのまま二人でアクセサリーを見て回った。


「あ、見てちぃにい! これ、犬耳の着いたカチューシャだって! 可愛くない?」

「可愛いけど、流石に普段着けてもらえるタイプじゃないね」

「でも意外とお姉ちゃん気にいっちゃうかもよ?」

「じゃあこれも買って、先にこれを渡してみるドッキリでもしてみようか! 空がどんな反応するか面白そうじゃない?」

「それいいね! お姉ちゃんの誕生日にサプライズ! 楽しみ!」


アクセサリーを買い終わった俺達はそのままショッピングデートに移行した。


「どうちぃにい? この服似合う?」

「うん、可愛い」

「むー全部同じ反応! ホントにそう思ってる?」

「海が着るとなんでも可愛く見えちゃう」

「嬉しいんだけど! どれ選ぶか迷っちゃうよー!」


二人でイチャつきながら、デートを楽しんだ。


「じゃあそろそろ帰ろうか。その前にトイレ行ってきていい?」

「どうぞー!」


ちょっと海に内緒で買いたい物があったので先程のアクセサリーショップに行って買い物を済ませた。

急いで戻ると海が男達に囲まれていた。

なんだろうと思っていたが、海が困惑した顔をしていたのですぐに駆け寄った。


「海、どうしたの?」

「あ、ちぃにい……!」


俺を確認するとすぐに近づいてきて俺の背中に隠れた。


「……何この陰キャ? まさかこれが待ってたっていう彼氏?」


……どうやらナンパのようだ。だったら俺だって遠慮はしない。


「俺の彼女に何か用?」

「は? 何こいつ、陰キャの癖に喧嘩売ってきてるんだけど」


相手はどうみても中学生くらいにしか見えない。負ける気はしないが中学生と喧嘩して勝ちました! なんてそっちの方が恥ずかしい。

なんとか穏便にすませたいと考えてると相手は俺がビビってると判断したのか、更に勢いを増した。


「君も、こんな陰キャじゃなくて俺等と遊ぼうよ! 楽しいこといっぱい教えてあげるからさぁ!」

「……ちぃにいを馬鹿にしてるの?」


海の言葉に怒りがこもる。

やばい、海もヒートアップしてきてしまった。こうなったらさっさと海を連れて逃げるか。


「あれ藍川さん? こんなところで何してるんですか?」


そんなことを思っていると後ろから声がかかった。声の方向を確認すると久保だった。


「あぁ久保か。久保もどうしたんだこんなとこで」

「いや俺こっちが地元ですよ。むしろ藍川さんがこっちに来るほうが珍しいんじゃないですか?」

「俺は今日デートで」

「あーなるほど、最近周り騒がしいですもんね。それで少し遠出した感じですか」


なかなかに察しがいいなぁとも思ったが今はそれどころじゃない。最悪久保にも逃げるのを手伝ってもらうか。

なんて考えていたが久保が登場してから中学生達は大人しくなっていた。


「で、どうしたんですか? なんか絡まれてるっぽかったですけど」


ひょいと顔を出して相手を確認すると相手の顔が青ざめた。


「く……久保さん! お疲れ様です!」

「……なんだお前らか」


どうやら知り合いだったようだ。この感じだと後輩かな?


「お前ら、まさか藍川さんに喧嘩売ってたのか?」

「い……いや、ちがうんです……」

「ていうかお前らが藍川さんに勝てるわけないだろ、喧嘩売るなら相手をちゃんと見ろよ」

「え……こんな陰キャがですか……?」

「陰キャ? あぁ……」


その言葉を聞いて俺の顔を確認すると納得していた。


「藍川さん、こいつらは中学の野球部の後輩なんですよ」

「そうなんだ」

「で、ちょっと前髪上げてもらっていいですか?」

「前髪? ……こう?」


言われた通りに前髪を上げると、先程まで絡んで来ていた男達が驚愕した顔になっていた。


「は!? 藍川って……甲子園優勝の藍川じゃないっすか!!」

「そりゃ俺の知り合いの藍川って言ったらそれしかないだろ」

「いやあんな髪型されてたらわかんないですって!」


なるほど。前髪を下ろすのも一長一短だな。こういう面倒なのに絡まれるようになるのか。


「……で? お前らは俺の憧れの先輩、それも高校最強ピッチャーに喧嘩売ってたわけだけど……なんか言う事ないの?」


久保がそう言うと男たちはすごい勢いで頭を下げた。


「すみませんでした! まさか藍川さんだとは思わなくて! 甲子園見てました本当にすごかったです!」

「あ……あぁ、まぁわかってくれたならもういいよ」

「ありがとうございます!」

「でも、相手が弱そうだからってこんな絡み方するのはもう辞めとけよ」

「はい! ご忠告ありがとうございます!」


急にすごい素直になった。


「あと、俺の彼女にも迷惑かけたから謝ってね?」

「はい! すみませんでした藍川さんの彼女さん!」

「……ちぃにいを馬鹿にしたのは許さないけど」

「もう二度と馬鹿にしたりしないっす! むしろ尊敬してます!」


凄まじい変わり様である。


「……じゃあ許します」

「はいありがとうございます! 藍川さんの彼女さん、めっちゃ可愛くてお似合いですね!」

「……そう? 久保、この子ら結構良いやつじゃん」

「……こいつらもちょろいけど、藍川さんも相当ですね……」


久保のおかげでなんとか場は収まったようだ。海にも被害がなくてよかった。


「じゃあ俺等はこのまま帰るから。また今度練習に顔出すわ」

「はい、その時はまたアドバイスお願いします!」

「うん、じゃあ君らも反省しとけよ」

「はい! すみませんでした!」

「お前らは元気が有り余ってるみたいだから、この後練習行くぞ! 久しぶりにしごいてやるよ!」

「は……はいぃ……」


そのまま海の手を握って別れた。


「……ごめんね海。俺が離れたばっかりに」

「ううん! ちょっとしか話し掛けられてないから大丈夫だよ!」

「あんまかっこいい助け方じゃなくてごめんね?」

「そんなことないよ! かっこよかった! ちぃにいの背中が大きくて、すごい安心したよ!」


そう言ってもらえると救われるな。海の優しさに触れながら、俺達は家路に着いた。

自宅の前に着き、別れのタイミングで声をかけた。


「海、ちょっと目瞑ってもらって良い?」


そう言うと何かを察したのか、恥ずかしそうに目を瞑りながら顔を少し上げた。

……うん、今日はキスじゃないんだごめん。でも海のキス待ち顔が可愛すぎてしたくなってくる。

我慢して先程買ってきたネックレスを取り出し、海の首にそっと着けた。


「はい!」

「……え?」


キスじゃないの? という顔で目を開いた海だが、首にネックレスが着いてるのを見て驚いていた。


「せっかく海と恋人になったから、プレゼント! でもごめんね。これ買いに行ってる間に海が絡まれちゃって……」


まだ状況を理解出来てない海だったが、だんだんと理解してきたようで、最後はすごく嬉しそうにしてくれた。


「ううん! こんな素敵なプレゼントもらっちゃったから、さっきの事なんてもう忘れちゃったよ! ありがとうちぃにい!」


こんな笑顔が見れたのなら、サプライズしたかいがあった。


「えへへ……ネックレスかぁ……」

「別のがよかった?」

「これがいい! ネックレスってね、その相手を独占したいとかそういう意味もあるんだって! ちぃにいに独占されちゃった!」


……そんな意味は知らなかった。ただアクセサリー屋さんで、海に似合いそうだなと思って買ってきたんだが。

でも最近の自分の独占欲は結構凄まじいものがあるので、それが無意識に出てしまった可能性もあるな。


「そんな深い意味はなかったんだけど、でも海を独占したいってのはあってるかな?」

「えへ♡ じゃあこれで、私はちぃにいのものだね! もう毎日着けちゃうから!」

「……学校に着けていくと没収されちゃうかもよ?」

「うー……そっか……。でもみんなにちぃにいのものってアピールしたぁい!」


そう言われて、嬉しくなってしまう自分がいる。いかん、ホントに海相手だと独占欲がどんどん出てきてしまう。プロになっても海から離れられなくなってしまいそうだ。


「まぁ俺と会う時に着けれくれたら嬉しいかな」

「絶対着けるよ! 本当にありがとね!」


抱きついてくる海の頭を撫でる。うん幸せだ。


「じゃあそろそろ帰ろうか」


幸せな時間だが、中学生の海をあんまり遅い時間まで連れ出してしまうとおばさんに怒られてしまうかも知れない。名残惜しいがそろそろ終わらせないと。

しかし海は裾を掴んで離さない。


「……キスも欲しい……かも……」


俺の彼女は欲張りみたいだ。でもこんな欲ならもっと欲しいな、なんて思いながら俺達はしばらくキスをしていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

成り上がりものなら、こういう水戸黄門みたいなイベント必須だよね!

そして次回、遂に空が!(白目

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