閑話 間違い続ける(名鳥視点
俺はあの日から、自分がどこで間違えたのかばかり考えていた。
引っ越しの準備中も、引っ越してから転校までの間さえも考えていた。
もしこの間に、ちゃんと編入試験に向けて勉強をしていたら、こうはならなかったのかも知れない……。
俺は元いたところからだいぶランクの落ちる高校にしか受からなかった。
親ももう俺に興味がないのか何も言ってこない。ただただ呆れた顔をしていただけだった。
転校初日、俺は緊張していた。でも大丈夫だ、俺のコミュ力があればきっと馴染めるだろう。なんならこんな底辺高校でもトップになれば、親も見直してくれるかも知れない。
新しい担任に呼ばれ教室に入る。俺がこのクラスを牛耳ってやる、そんな考えは教室に入った瞬間、霧散した。
新しいクラスメイトを見渡すと、席の一番後ろにすごく強そうなヤンキー達が陣取っていた。今までの自分の人生の中であまり絡んでこなかったタイプだ。たぶんあいつらがこのクラスのカーストトップ……。あれと仲良くなんて出来るのだろうか……。
自己紹介をしても反応してくれる奴はいなかった。担任もそれが当たり前のようで、そのまま席を説明されるだけで終わった。
このままじゃまずい。またここでもボッチになんてなったら耐えられない。
俺は1時間目の授業なんてそっちのけで、友達を作る方法を考えていた。でも何も思いつかない。こうなったら俺のコミュ力で、友人になれるように頑張るしか無い!
そう意気込んでいたが、休み時間になっても俺のところに来る人はいなかった。
普通、こんな時期に転校してきた奴なんて注目の的だ。そこから交友を広げられたら、なんてのは甘い考えだったようだ。
仕方ない、自分から行くしかない!
このクラスの男子は3つのグループにわかれているようだ。一つはどう見ても陰キャグループ、ありえない。2つ目は運動部っぽい感じのグループ。元々はこういうところにいたが、今回は3つ目のヤンキーグループがカースト最上位の様に見える。だったら俺にふさわしいのは、ヤンキーグループだ!
俺は意を決して、ヤンキーグループの中でも一番強そうな奴に声をかけた。
「よ……よぉ! 今日転校してきた名鳥だ! これからよろしくな!」
「……あ゙?」
こええええええ!!! ちょっと挨拶しただけなのになんでこんな怖いんだよ! 足が震えそうになるがなんとか隠して続けた。
「こ……この学校に友達がいなくてな! よかったら友人になってくれないか?」
「おめぇ……喧嘩売ってんのか?」
これはダメそうだ。手応えなんてかけらもない。
「い……いや、普通に友達に……」
「なんで俺がお前なんかとダチにならなきゃなんねぇんだよ! テメェは一人で隅で震えてろ!」
震えてるのもバレているようだ。そんな時周りにいた子分っぽいのが声をかけてきた。
「あー名鳥だっけ? 島田さんと繋がりたいんだったらさぁ……わかるべ?」
「な……なんだ?」
「だからさぁ……金だよ金! そしたら俺らがお前の友達ごっこしてやるよ! 月5万な!」
友人になるのに金がいる? どんな世界なんだここは……。もちろん親に見放されている俺にそんな金はない。
「いや……今ちょっと金欠で……」
「はぁ? それで俺らに声かけてきたのか? 島田さん、こいつめっちゃ舐めてきてますよ? どうします?」
「わ……悪かった! もう声はかけないから!」
「今俺らの時間無駄にさせただろ!? それに対して詫びはさせねぇとなぁ!」
「本当に今金がないんだ……許してくれ……」
「くれぇ?」
「……許してください」
俺は頭を下げた。これで許してもらえるなら安いものだ。もうプライドなんて捨ててしまえ。
しかし反応はない。俺はそっと頭をあげて相手をみた。
その瞬間腹にすごい衝撃が来た。どうやら殴られたようだ。
「ぐっ!! どうして……」
「頭あげていいなんて言ってねぇだろうが! こいつ全然反省してないですよ! もうヤキ入れますか?」
「本当にすまなかった! 許して下さい!!」
俺はもう一度頭を下げた。その時休み時間が終わり、次の授業の先生が入ってきた。助けてもらえるだろうか。
「……よしみんないるな。じゃあこの前の続きだが……」
俺達のことは視界に入ってないかのように、授業を始めてしまった。
救いはないのか……。俺はまた殴られないように授業が始まっても頭を下げ続けた。
「……わかったよ、俺達のグループに入れてやるよ」
「ほ……ホントか!?」
「だけど金はもらうからな! 月5万、これ以上は下げられねぇから頑張ってくれよ!」
「そ……そんな……」
だったら2番目の運動部グループに入るからいい、なんて言葉は言えなかった。
助けを求めてそのグループに視線を送るが目も合わせてくれない。あぁ、また俺は間違えたんだ。勝手にクラスのカースト順位なんて決めつけて、小さなプライドで一番を求めて、その結果がこれだ。
「……なんだよその目? 今更やっぱ辞めますなんて、通らねぇからな?」
「……わかりました」
俺は諦めた。ここでこいつらに目なんて付けられたら、今までよりもっとひどい学生生活になるのが目に見えている。
だったら金を払って、このグループに入れてもらうしか選択肢がない。
「わかったなら自分の席に戻ってろ!!」
「ガァっ!!」
横から蹴られ、そのまま吹っ飛んだ。でもこれで、なんとか開放はされたようだ……。
痛みを堪えながら自分の席に戻るが、周りの人は全員無視だった。
やはり俺は間違えたようだ。クラスのトップに目をつけられた奴になってしまった。これではもう、良好な友人関係を築ける相手はいなくなったも同然だ。
俺は死んだ目をしながら授業を黙って聞いていた。
ヤンキー達に金を払わないといけない俺は、バイトをすることにした。月5万なら、バイトをすればどうにかなる範囲だ。それがあいつらの狙いなのかも知れないが。
スマホも解約され、昔の友人に連絡することも出来ない。あいつらに渡す金以上に稼いで、なんとかスマホも再契約しないと。
親にも相談すると好きにしろと言われた。ただ学業には影響を出すなと。
不幸中の幸いで、レベルの低い学校だったので、授業をちゃんと聞いているだけでも平均点以上は取れた。これなら放課後や休みの日なんかは自由な時間がとれる。
しかし最近の出来事のせいか、俺の高かったコミュ力は失われていた。それのせいで、大きいバイト先なんかは断られ続けた。でもそんな中、小さな喫茶店でバイト出来る事になった。
「いやぁ名鳥君が元高校球児だったなんてね。私は、大の高校野球好きでね。話相手も出来るし雇ってよかったよ!」
「はいありがとうございます!」
「あんまりバイト代は出せないけどよろしくね!」
「頑張ります!」
仕事内容は楽だった。優しい常連客、多くないメニュー。これなら今の俺でも大丈夫だろう。
そうしてバイトを続けて、気付いたら夏休みに入っていた。
クラスでは居場所もなく、ヤンキー達にはパシられて、家でも腫れ物扱い。このバイト先が唯一の癒やしだった。
しかし、マスターの野球好きが俺を苦しめた。
高校野球が好きすぎて、他の地方の試合も録画をしているようで、それを店内のテレビで流していた。
そして俺は目にしてしまった。新しく契約したスマホでも情報を調べず、極力避けてきた白砂高校野球部の活躍を。
その試合は地方大会の決勝だった。決勝で千尋は完璧な投球を見せていた。俺があいつを信じて支え続けていたら、俺はまだあそこにいられたのかも知れない……。それどころか俺が活躍して、みんなに慕われていたかも知れない。
またそんな思いが出てきてしまった。見たくないのに、俺は試合から目が離せなかった。俺の代わりにサードのレギュラーをやっていたのは、顔もよく覚えていない1年だった。悔しい。そこは俺の場所だったのに。
白砂は見事に優勝した。千尋は完封し、新レギュラーの1年は決勝打を放ち、俺の代わりにキャッチャーをやっている2年も大活躍だった。
歓喜の輪が映し出されている。どうしてそこに俺はいないんだろう……。
最近はバイトが忙しくて頭から消えていた、あの頃のダメな思考が戻ってきた。あの時間違えなければ……。あんなことさえしてなかったら……。
その日のバイトはミスだらけだった。マスターは許してくれたが、俺の頭の中は他のことでいっぱいだった。
それからのバイト中は、甲子園大会が流れ続けていた。俺がいなくとも勝ち上がっていく白砂の勇姿を見せられ続ける苦痛の時間になってしまった。
唯一の癒やしが苦痛に変わった。
もうさっさと負けてくれ、そんなことさえ思うようになった。でも願いも虚しく、あいつらは決勝まで勝ち上がっていった。自分が惨めでしょうがなくなる。
その日は朝からバイトだったが憂鬱だった。決勝の日だ、あのマスターが見ないはずもない。案の定バイト先に着くと、マスターはもうかぶりつくようにテレビを見ていた。
「お、名鳥君おはよう! いやぁ今日はついに決勝だね! 私は、白砂を応援しているんだ! ここのエースの子は、本当にすごい球を投げるよ! 私が見てきた高校生の中でも一番かも知れないよ!」
「そ……そうですか……」
そいつとは、実は中学からバッテリー組んでたんですよ。それで一緒の高校に行ったんですよ。そいつと一緒に頑張ってきたんですよ。……そいつの彼女を寝取ってやったんですよ……。……それがバレて居場所を無くして転校せざるを得なくなったんですよ……。
俺は何をやってたんだろう……。真面目に一緒に頑張り続けていれば、あそこには俺がいられたはずなのに……。
試合が始まると、オーナーは夢中になっていた。俺も、仕事をしながらも気になってしまっていた。
膠着した試合になっていた。こういう場面は、俺の得意分野だった。きっと昔の俺なら、試合を動かす一打を放っていたのに……。
後悔しながら仕事を続けているとついに均衡が破れて、白砂が1点先制した。俺はもう、見ていられなかった。
「マスターすみません。今日はちょっと体調が悪いみたいなので、帰らせてもらっていいですか……?」
「おやそうなのかい? たしかに顔色があまり良くないね。わかった。今日は高校野球好きの集まりみたいなお客さん達だから、私一人でも融通が効くと思うからもう上がっちゃっていいよ。お大事にね」
そのまま俺は家に帰った。なんとか後悔の呪縛から逃れられたと思っていたが、家の中にも罠があった。
「あ、兄ちゃんおかえり! 良いところに帰ってきたね! ほらみて!」
弟にそう声をかけられてテレビを見るとまた甲子園だった。
それも1ー0、2アウトながら満塁のピンチを迎えている白砂高校だった。
もう見たくないのに、あまりの白熱した展開に目を離せない。相手のバッターも、今年一番の評価をされていた奴だ。
追い込まれても粘って3ボールまで来た。押し出しでも同点だ。俺ならこんな場面では、球を逸らすのが怖くてストレートしか要求出来なかっただろう。
しかしあの2年のキャッチャーは果敢にも変化球で勝負を続けていた。もう認めざるを得なかった。キャッチャーとしても負けていることを。
そして最後の球はフォークだった。こんな場面でフォーク……。
これが信頼関係のあるバッテリーか……。自分と千尋の間にもあったのかな……。俺はいつからはあいつを下に見て、馬鹿にしていた。
高1の頃までは俺達もこんな関係だったのかも知れない。でも俺がそれを捨ててしまった。そして結果がこれだ。
俺は涙が止まらなかった。弟はそれを見て、元チームメイト達の活躍に感動していると勘違いしているようだ。
違う……これは自分への情けなさで出ている涙だ……。
「……兄ちゃんも引っ越しがなければ、あそこで活躍してたのに……残念だね」
違う……引っ越しなんかなくても、俺はあそこに立てていなかった。弟は俺の最後の現状を知らない。活躍してた頃の俺しか知らないんだ。
エースには嫌われ、キャッチャーのポジションは実力で奪われ、空いたポジションもまともに出来なくて、自信のあったバッティングもボロボロになっていた。
残っていたとしても、俺の居場所はなかったんだ……。
そんなことを弟に伝えるわけにもいかない。こいつは俺を慕ってくれている。せめて、かっこいい兄ちゃんのままで終わらせたい。
「……あぁ、まぁ転校じゃしょうがないな! 大丈夫だ、きっと兄ちゃんプロになって見せるからな!」
「うん! 頑張ってね!」
そう言うと俺は自分の部屋に戻った。こんなに慕ってくれている弟と妹とも会えなくなる。父さんと母さんはきっと会うことさえも許してくれないだろう。
でも全部自業自得だ。自分でやったことのツケだ。引っ越しをしても、呪いの様に纏わりついてくる。
俺はそのまま自分の部屋で泣き続けた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
反省してる風反省してなかった者の末路…
裏でこそこそ書いてて、ざまぁゲージが4000(文字)くらいになったら出そうかなーって思ってたんですが出すタイミングは今だな!って思って書き足しました!
今度こそ、名鳥の出番は最後に1回くらいだと思います!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます