第26話メンタル強男は告げる

我ながら、どぎつい回が書けたと思います…閲覧注意かも


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こんなに長い期間、家に帰らなかったのは初めてだったので、家の前まで帰ってくると懐かしさまで感じた。

すでに帰ってきた事は連絡済みだが、みんなで待ってくれているようなのでさっさと家の中に入ろう。俺は玄関の扉を開けた。


「ちぃにいおめでとおおおおお!!!」


玄関を開けるとすぐに海が抱きついてきた。

海の笑顔を見ると、ここまでの疲れや緊張が全て飛んでいく。あぁ、本当に愛おしい。

海を抱きとめるとその後ろにみんながいるのも見えた。


「ちぃ、本当におめでとう! お疲れ様!」


空を見ると少し胸が痛むが、顔には出せない。今はただ、みんなの祝福を受け取ることにしよう。


「ちぃお疲れ様! 今日はちぃの好きな物、みんなで作ったから! これから祝勝パーティよ!」

「おつかれ千尋、よくやったな! 自慢の息子だぞ!」

「ちぃ君お疲れ様! 本当にすごかったわ!」

「ちぃおつかれ! 甲子園で投げる姿が似合っていたぞ! やはりお前はとらー……」

「もうお父さん! 今はそれいいから! とりあえず中に入って!」


みんなからの言葉を受けると、やり遂げたんだという実感が湧く。頑張ってきてよかった。


リビングに入ると手作り感溢れる装飾が施されていた。でもこれが、今までの他の人のお祝いの言葉より嬉しくなる。家族に褒められるのが、やっぱり一番嬉しいんだ。


「ほら、主役の席はここ! ……じゃあ改めて!」

「「「「「「優勝おめでとーーー!!!」」」」」」


みんなの声と共に、ポンッとクラッカーも鳴った。こんなものまで用意してくれたのか。


「うん、みんなありがとう! みんなの応援のおかげだよ!」

「ちぃ、ホントにかっこよかったよ! 最後の回なんて、怖すぎて見てられなかったんだから!」

「うん! でも最後の打者を空振りさせたところで、みんなで泣いちゃったよ!」


両隣に座った空と海が、興奮気味に話かけてくる。


「俺も、あそこはめちゃくちゃ緊張したよ。でもみんなの顔を思い出すと、力が湧いてきたんだ」


そう告げると、みんなの目がうるんできた。


「また泣かせるようなこと言わないでよー! あ、ほら! ちぃが載ってる新聞、買い漁ってきたんだよ!」

「私のオススメはこの新聞! 見て、ちぃにいがすっごくかっこよく写ってるんだよ! ホラホラ!」


二人は新聞に写っている自分の姿を見せてくるがなかなかに気恥ずかしい。


「お母さんも! 観賞用、保存用、布教用で3部も買っちゃった!」

「いや自分の息子を布教しないでよ!」

「じゃあ自慢用! ホント、自慢の息子よ!」


そう言うと母さんに撫でられる。


「あーちぃママずるい! 私もちぃにい撫でるー!」

「わっ私も!」


海と空にも撫でられているとみんなが混ざってきた。もう誰の手かもわからないくらいもみくちゃにされたが幸せでいっぱいだった。


「じゃあ、ご飯も冷めちゃうからそろそろみんなで食べましょうか! 食事中はちぃの試合の録画を流しましょう! その時の心境でも語ってもらおうかな!」


そこからはみんな和気あいあいとしたパーティだった。食事を楽しみ、試合の録画を楽しみ、俺の解説を楽しみ。

でも明日、空には残酷なことを伝えなくてはいけない。それを思い出すと少し心が沈んでしまう。

俺は少し頭を冷やそうと庭に出た。一人物思いに耽っていると声をかけられた。


「どうした千尋? 疲れちゃったか?」

「父さん。いや、少し考え事をしてただけだよ」


そう言いながら父さんは横に腰を掛けた。


「何か悩みでもあるなら相談しろ?」

「うん、大丈夫。空と海の事、決めただけだから」

「……そうか」


父さんは黙ってしまった。


「明日、二人に伝えようと思ってね。でも、断る方の事を考えると少し憂鬱で……」

「……千尋が決めたことだから、俺達は何も言わないよ。でもこれだけは忘れるな、父さん達は千尋の味方だからな。たとえそれで、涼木さんの家と気まずくなったとしても、それでも俺達は味方だ」

「……うん、ありがとう父さん」

「千尋は今日の主役だからな! 元気が出たら戻ってこいよ!」


父さんはすくっと立ち上がり、頭をワシャワシャと撫でてきた。


「うん、すぐ戻るよ!」


そう告げるとニカっと笑って戻っていった。少しだけ、心が軽くなった気がする。

こうやってみんなで笑いあえるのは最後かも知れない。だから今日だけ。今日だけは全力で楽しもう。


そう決めた俺は、みんなの元に戻った。





次の日、俺は空を近くの公園に呼び出した。

大事な話があるというのも伝えてあるので、たぶん何の話なのかは察していると思う。


待ち合わせ場所に、約束の時間より少し早めに着いたが、そこにはもう空が待っていた。


「空、早かったんだね。待たせちゃったかな?」

「ううん、ちぃに会いたくて、勝手に早く来ただけだから」


空の座っていたベンチに自分も座る。

しばらく沈黙が続いてしまうが空が先に口を開いた。


「……この公園も、懐かしいね。子供の頃はいつも来ていたのに」

「そうだね。空と海と3人でいつも遊んでたっけ」


そこからは昔話に花が咲いた。本当に楽しかった思い出だ。でも、それも今日ここで終わってしまう。そう思うと決心が鈍り続ける。だけどいつまでも先伸ばしにしていい問題ではない。


話が途中で止まる。俺の反応がなくなり、空が心配そうにこちらを見ていた。

ちゃんと伝えよう。決意を固めた。


「空、大事な話があるんだ」

「……うん」


空は暗い表情になった。長い付き合いだ。もう俺がこれから話す内容に気付いているんだろう。


「ごめん空。俺は海を選ぶことにしたよ」

「……」

「甲子園で戦っている時に、海の顔が浮かんだんだ。その笑顔に支えられた。きっと俺は、もうずっと前から海に惹かれていたんだと思う」

「……」


空は下を向いて黙ってしまっているが続ける。


「俺は海と恋人になりたい。空には本当に申し訳ないと思ってるけど、自分の想いに嘘はつけない。だから……空、ごめん」


俺は自分の想いを伝えた。空はまだ顔をあげてはくれず、膝に置いてる握りこぶしは震えているが話はちゃんと聞いてくれているようだ。


しばらく黙っていた空だったが、待ち続けると顔をあげてくれた。その顔は……笑顔だった。


「……そっか! あーあ、私の負けかぁ。でも、ここまで迷ってくれたんだもん。ありがとね、真剣に考えてくれて! 海も、あんなことをしでかした私にチャンスをくれたし感謝しかないよ!」


元気いっぱいに話す空だが、それがやせ我慢なのはわかる。空が俺の事をわかるように、俺にも空の事はわかってしまう。


「じゃあこの後は海に告白だね。応援してるからね! 私の分まで、海を幸せにしてあげてね!」

「……うん、それは約束するよ。絶対に、海を幸せにする」

「お願いね! 私の可愛い可愛い妹なんだから!」


少しずつ空の表情が崩れて行ってる気がする。今のうちに伝えることは全部伝えておこう。


「でも、幼馴染なことには変わらないよ。……空が辛いなら、離れるけど」

「やだ! 絶対ちぃの側を離れないよ! 海に邪魔って思われない程度で、これからもちぃの側にいる! これは海にもお願いして、ちゃんと許してもらうから!」

「……うん、俺もそれは嬉しいよ。これで空とはもう無関係って言われたら、すごく悲しくなるから」

「ずっと一緒にいたんだもん、今更私がちぃから離れるわけないでしょ! ……でも、いつかは離れられるように頑張ってみる!」

「そうだね。いつまでも一緒って訳には行かないもんね」


その言葉に、一気に表情が暗くなってしまった。


「……じゃあそろそろ海のところに行ってあげて! 私は少し、心の整理をしたいから、しばらくここに残るね!」


今の自分に、空にこれ以上何かをしてあげられる事はないと思う。だったら一人にしてあげるほうがいいのだろう。


「……わかった。じゃあ俺は行くよ」


そう言ってベンチから立ち上がるが、裾が何かに引っ張られる。空が握っていた。


「……空?」

「あ、ごめんね! なんでもないから! 早く海にも伝えてあげて!」


裾から手を離した空がそう伝えてくる。

心配になるが空を振った俺にその権利はない。そのまま空に背を向けて歩き出した。


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ちぃが歩いて去っていく。とっさに裾を掴んで止めてしまった。


行かないで欲しい。慰めて欲しい。やっぱり私を好きだと言って欲しい。でもそれは叶わない願いだ。


昨日の時点で気付いていた。ちぃの、海を見る目が今までと違っていた。優しい眼の中に、恋をする眼が入っていた。

この前までは前髪で隠れていて、自分が独り占めしていた眼だ。私だけが知っている眼だったのに。


それを壊したのも全部自分。すべて自業自得。何もかもが遅すぎた。


ちぃが去っていく後ろ姿を眺め続けた。どんどん小さくなっていってしまう。本当に終わりなんだ。


きっとちぃとの関係は終わらない。ずっと幼馴染でいてくれると思う。普通に話もするし、遊んだりもすると思う。

でも恋人ではない。その先がない。


ちぃと結婚して。毎日ご飯を作って、疲れて帰ってきたちぃを労って。一緒にお風呂に入ったりして、イチャイチャして。いつか子供も出来る。

子供も目一杯可愛がって。子供のためにもっと頑張るちぃを、私ももっともっと愛して。ちぃと子供と私、本当に幸せな家族になりたかった。


そんな未来が無くなった事が悲しくて、あんなことをしでかした自分に憤って、去っていくちぃを眺めることしかできない事に後悔しかなくて。


ちぃの姿が見えなくなると自然と涙が溢れた。ちぃの前で涙を流すのは卑怯だと思って我慢していたが止まらない。

でももう泣いてもいいよね。大丈夫、ここで一生分の涙を流すから。そしたら、明日からはきっとちぃと幼馴染として接していけると思う。


これからは、ちぃの幼馴染で、海のいいお姉ちゃんでありたい。二人を祝福して、支えていきたい。

ちぃへの想いはすぐには消せないと思うけど、ちゃんと隠せるように頑張ろう。海も、中学生なのにずっと隠してきたんだ。私にだってきっと出来るはず。


将来の夢も変えなきゃ。ちぃを支えるためになりたかった栄養士、これは海に譲ろう。海もちぃのためなら喜んで受け入れてくれると思う。そしたら私に教えられることはすべて教えてあげよう。それが私なりの、二人への祝福だ。


まだ涙は止まらない。でも、私は進んでいく。


恋人にはなれなかったけど、何か他の方法でちぃを支え続けてずっと繋がっていたい。そのためにも、今は勉強を頑張ろう。謹慎中の勉強も、もっと方向性を探ろう。ただ勉強するんじゃなくて、ちぃの為になる何かを探したい。


ほんの少しだけ前に進めた気がする。

きっとちぃと海はどんどん進んでいく。私もそれに着いていきたい。だったら後悔するのはもう終わりにしなきゃ。


涙がこぼれないように上を向くと、今日は曇り空だった。曇ってる、空。今の私にぴったりだ。

でも泣き止んだ私はきっと、快晴になれる。ちぃと海を祝福するような綺麗な青空になるんだ。



だから少しだけ。後少しだけ泣いてしまうのを許して下さい。





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空派の皆様には、本当に申し訳なく……(2話連続2回目

女の子の後悔が好きなので楽しく書き始めたんですが、後半はちょっときつすぎるな…ってなりました!

でも前にも書いた通り、空にもへんてこ救済があるので、この後はたぶん明るいだけの作品になると思います…!許して


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