第25話とあるメンタル強男の最期(ほぼ他視点

今日はついに甲子園決勝。でもこんなところ、俺にとっては通過点でしかない。

相手は監督がずっと気にしていた白砂高校だった。なんかいきなり、エースが覚醒したとかで一気に評判をあげてきたチームだ。

でも俺は今まで、どれだけすごいと言われていた奴らも打ち負かしてきた。1年の頃からだ。そんな俺が今更同学年の、ぽっと出の奴に負けるはず無い。


整列の時に改めてエースの顔を確認するが、やはりこの間の奴だ。あの時は俺のナンパを邪魔してきて鬱陶しかったが、その後に喧嘩まで売ってきたところは評価した。喧嘩を売られるなんて久しぶりだったので嬉しくなった。


「ホンマに勝ち上がってきたんやなぁ! まあよろしゅうな!」


握手をする時に声をかけた。


「うん、お互い悔いの残らない試合にしようね」


ふん、綺麗事を。そんな事言っても、試合が始まれば絶望するだろ。うちは打撃のチームだ。うち相手にイキってきていた奴らは、いつも最後は絶望顔で降板していった。お前もそれらと一緒だ。

こいつはここまで、かなりいいピッチングをして来ている。こんなんに負けてみろ、メディアもこぞってこいつを持ち上げるようになる。今まで築き上げてきた評価がひっくり返ってしまう。

この世代は村雨世代だ! 俺が一番じゃなきゃダメなんだ。プロに入っても、お前らは村雨世代の◯◯、そう呼ばれるんだ!


応援の声も、俺等より白砂を応援する声のほうがでかい。そりゃ、いっつも優勝してるうちより相手側を応援したくなる気持ちもわかる。そっちのほうがドラマチックだからな。

新聞なんかでも’白黒’対決なんて銘打っていた。いいじゃないか、黒。ヒールっぽくて。観客のみんなを落胆させてやるよ!



そうして始まった試合、いつも通りのスタートだった。

1、2番が連打で出て、3番は凡退したが1アウト1、2塁。ここで4番の俺だ。

得点圏の俺の打率は相手方も知ってるだろうから、ここは慎重に来るはずだ。まぁ最悪歩かされても、後ろの奴も俺ほどじゃないが頼りになる。観客には申し訳ないが一気に終わらせよう。


しかし来た球は慎重とは程遠い球だった。めちゃくちゃ勢いのあるストレート。驚いて相手の顔を見ると笑っていた。

いきなりのピンチでも物怖じしないどころか、フルスロットルだ。いいじゃないか、こういう生意気な奴を絶望させるほうが面白い。

気を入れ直し、次の球をフルスイングするが変化球でかわされた。

あっさりと2ストライクに追い込まれてしまうが、こんなの俺にとってはピンチにもならない。踏んで来た場数が違うんだ。

次は外すかと思われたが3球勝負できた。それくらいの奇襲じゃ、俺の相手にはならない。完璧に捉えたと思ったが手元で曲がってきた。シュートか!


綺麗に討ち取られた俺は併殺打になった。初回は無得点に終わった。


「ナイスっす先輩! リード通りっす!」


相手のキャッチャーが声をあげた。その後に俺の方をちらっと見て笑った。


なるほど、こいつらクソ生意気じゃん。今回は綺麗に嵌っちまったが、次は覚えとけよ。


そこからは膠着した試合になった。

うちの打線が完全に抑えられている。いつもならさっさと大量点で援護されてるはずのエースも、焦りの色を隠せていない。

この程度で狼狽えるんじゃねぇ! 次の俺の打席にはいつも通り点をとってやるんだからよ!


だが次の打席の時ランナーはなかった。だったら一発で仕留めてやるよ。しかしその考えが読まれているのか、のらりくらりと躱す投球で三振に終わった。

このキャッチャーがなかなかに曲者みたいだ。こちらの思考を読んでくる。だがそれ以上に、ピッチャーの球がエグい。ストレートも変化球も一級品だ。たしかにこれは騒がれるのもわかる。


お互い点をとれないまま、中盤も終わってしまった。うちがこんな試合するのなんていつ振りだろう。


そして終盤に入ってすぐ、ついにうちのエースが切れた。先に点を取られた。監督がすぐさま投手を変えて1点ではすんだが先制された。そのことにチームメイトも驚きを隠せなくなってきていた。


俺も流石に冷や汗が止まらなくなってきた。まさか負ける? そんなネガティブな発想も出てきてしまっていた。

ふざけるな! 何を弱気になっている! これくらいの逆境、今まで何回も覆してきただろ! たったの1点だ! 俺がホームランを打てばたちまち同点じゃないか!


そう自分を鼓舞するが、次の打席も三振だった。どんどん焦りを隠せなくなってくる。仲間も、俺が打てないことでどんどん弱気になっていっているようだ。

まさかこんな展開になるなんて、試合前の俺の頭にはなかった。いつも通り打って勝つ。それで終わりのはずだった。


「相手のピッチャーも、そろそろ疲れてくる頃だ! あのエースさえ下ろせば、あとはうちのペースだ! 球場の空気に飲まれずに、気合を入れていけ!」


監督がみんなにそう声をかけるが、チームメイトの表情は戻らない。

球場の雰囲気も、もう完全に白砂の応援一色だ。無名校が強豪に勝つ、そんなジャイアントキリングを見たいようだ。


そんな空気に飲まれてしまった俺等は、結局ランナーさえも出せず、遂に最終回にきてしまった。

しかしここで意地を見せたのか、俺の前で2アウトながら満塁になった。やっぱり俺は持ってる男だったようだ。ここで打って優勝だ!


しかし打席に入ると震えてしまう。この俺が! こんなところで!

こんなこと、相手側にバレるわけにはいかない。俺は強気に相手を睨みつけた。



笑っていた。



どうしてだよ、お前もここで打たれたら終わりなんだぞ? 少しはビビっちまうもんだろ!?

俺は完全に相手の雰囲気に飲まれていた。打席に入ってこんなことを考えてる時点でもう負けているようなものだ。


だが意地だけで、2ストライクながら3ボールまで粘った。満塁なんだ、押し出しでも同点だ。キャッチャーが逸らす可能性のある球は封印できた。

ボール球も投げられない。だったらストレートだ。ストレートにタイミングを合わせて変化球ならカットすればいい。追い詰められてるのは相手も同じだ。


そこから2球、変化球だったのでカットで凌ぐがコントロールを乱す気配はない。でも俺も変化球には対応できている。そうなるともう選択肢はストレートしかなくなるだろう。

相手の投手がサインに首を振った。バッテリーに迷いが生まれ始めたんだ。だったらやはり、最後はストレートに違いない。変化球が効かないと思い始めた以上、投げる球種も限られてくる。

首を縦に振り、構えに入った。大きく腕をあげ、勢いよく振り抜いた。


軌道はやはりストレート! ここで打っておしまいだ!! 俺も渾身の力をバットに込めた。



フォークだった。

この場面で、キャッチャーが後逸する可能性が一番高く、見逃せばボールになる球だった。



バットが空を切った。完全に負けた。相手のメンタルの強さを見せつけられ、キャッチャーへの信頼を見せつけられ、ピッチャーとしての力を見せつけられ。

三振した瞬間に相手の顔を見るとやっぱり笑っている。……怖い、この笑顔が。


一生勝てない。そう思わされてしまった。

俺が今まで打ち崩してきた投手達もこんな気持ちだったのだろうか。天狗になり、相手へのリスペクトを忘れていた俺への、一番の罰かも知れない。


項垂れる俺の横を、相手のキャッチャーが走り抜けていき、投手に抱きついている。

集中して聞こえなくなっていた球場の歓声も、いつの間にか耳に入るようになっていた。

球場すべてが、あいつを称えている。視覚だけでなく聴覚までが、自分の敗北を伝えてくる。


こいつは、この実力ならきっとプロになるだろう。俺もプロに入ったら、これと戦い続けなきゃいけない生活が始まるのか。そう考えるとただただ憂鬱だ。



球場の震えるような大歓声を耳にしながら、俺は天を仰いだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


投げたフォークが相手のバットをすり抜け、キャッチャーミットに収まるのを確認すると、大きなため息がでた。



あっっっぶなかった!!!



本当に緊張した! 9回まで無失点で来れたなんて、それだけでも出来すぎだったのに最後にこんなピンチになるなんて……。本当に心臓が壊れるかと思った。


そんなことを考えていると坂下が走ってきていて、抱きついてきた。


「先輩!! 優勝っす!! やりましたね!!」

「あぁ、坂下もお疲れな!」

「いやもうマジで! 最高の球でした!」


遅れて他のチームメイト達もマウンドに駆け寄ってきて、みんなで称え合っていた。


でも、やっと終わったんだ。最高の結果だったけど、本当にしんどかった。後半は日程もきついし、相手もどこも強くて気を抜く暇もなかった。

だけどそんな辛い時に、いつも思い浮かべる顔があった。




海の、無邪気な笑顔だった。




俺の心はもう、決まっていたみたいだ。今回の事で自覚できた。

この大勢の観客の中に海もいるんだと思うと、力が溢れた。今も、みんなと勝利の味を分かち合ってはいるが、目は自然と観客席に行き海を探している。

今海は喜んでくれているだろうか。甲子園が決まった時みたいに泣いてしまっているだろうか。きっと沢山応援してくれていたはずなので声が枯れてしまっていないか。帰ったら、真っ先に自分の思いを伝えたい。


試合が終わった途端に海への想いが溢れ出す。こんなにも好きになっていたんだ。


甲子園優勝も嬉しいはずなのに、海の事で頭がいっぱいになっていた。

表彰や閉会式、インタビューなどもやったはずだが記憶にない。早く、海に会いたい。それだけだった。



優勝後の色々な事を終え、帰る日になった。帰ったら海に会える。遠足前の小学生の様な、ワクワクドキドキする感情を抑えきれない。


でも先に、すべてを伝えなきゃいけない相手がいる。

空には残酷な結果になってしまったが、こればかりは仕方ない。俺は海を好きになった。

だったらちゃんと謝罪をし、感謝を述べ、それでも海を選んだことを伝えよう。



みんながまだ優勝の熱気で盛り上がってる中、帰りの新幹線で俺は一人、そんなことを考えていた……。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

空派の皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです…!空には後、へんてこな救済があるので許して下さい…!


地の文だらけの回になりました。地の文全部関西弁にするのがきつすぎたのでこれで…。ちなみに計算すると、千尋君は2~8回にランナー出しても併殺で切ってる完璧投球!ちょいやりすぎた感が否めない!

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