第24話メンタル強男は絡まれる

大会が明けて練習が再開されたが、2番手ピッチャーの後藤のやる気がすごかった。

どうやら準決勝の試合でピンチを作ってしまったことに責任を感じているようだ。


「先輩! ここのところも教えてほしいです!」

「いいけど……やる気満々だな後藤」

「もう不甲斐ないピッチングは見せたくないですから! ここまで来たら、先輩達を優勝させたいですし!」


失敗から学ぶことも多い。後藤はこれからどんどん強くなっていきそうだ。


「でも無理はするなよ? またすぐ試合だらけになるからな」

「わかってます! あともう一つお願いがあるんですが……」


なんか後藤がモジモジしだした。


「もし良いピッチングできたら……。あの時みたいに頭ぽんぽんしてもらっていいですか?」

「え゛っ!?」


この前のありさちゃん以外にも頭ぽんぽんの虜になってる奴がいたようだ。

しかし男にお願いされるのはなんとも言い難い感情になるな……いや別に嫌って程ではないんだが。


「あ、あぁ。それでお前が頑張れるなら……」

「ほんとですか!? めっちゃ頑張ります!」


俺の頭ぽんぽんには何か謎の力でも宿っているのだろうか。自分が怖い。


「はいはーい、元気なのはいいですが、ちゃんと水分補給も忘れないでくださいねー!」


すっかりマネージャーの仕事が板についてきた田町さんが、飲み物を持ってきてくれた。


「ありがとう。田町さんももうしっかりしたマネージャーになったね」

「まぁならざるを得なかったと言うか……。甲子園まで来ちゃいましたからね! こうなったらもう私も全力ですよ!」


あれ以来、ちゃんとマネージャーをやるようになっているし良い変化だ。


「それに甲子園出場なんて、もしかしたら取材とか来るかも知れないですし! 白砂高校の野球部を影で支える美人マネージャーの存在が! とかでバズる可能性もあるかも! はっ、今日も取材とか来てないかな? 私ちゃんと可愛いですか!?」


考えはあまり健全ではなかったが、まあ良い方向に向かっているならいいだろう。





そんなこんなで練習期間も終わり、いよいよ本番、甲子園大会だ。


今年の優勝候補は逆のトーナメントにいるらしく、当たるとしても決勝だ。とは言っても全ての高校が予選を勝ち抜いてきた強豪。どの試合も気を抜くことはできない。


そんな中だが、1回戦2回戦と危なげなく勝ち抜けた。やる気満々の後藤と、それに感化された久保が頑張ってくれたので、俺もまだまだ元気いっぱいだ。

あまりに順調すぎてみんなももしかしたら……。なんて思いが出始めていそうだが、そこはしっかり監督が喝を入れてくれたので油断もない。



今日は試合のない日だが、次の対戦相手が決まる試合をやっていたのでみんなで観戦していた。

坂下と頭脳派マネージャーの一人が、薄ら笑いを浮かべながらデータを集めている。俺も後で坂下に教えてもらって頭に入れておかないとな。


そんな時に田町さんが声をかけてきた。


「すみませーん! ちょっと足りない備品が出てきたから買い出し行くので、荷物持ち一人お願いしていいですかー?」

「あぁ、じゃあ俺が行くよ」


すぐに名乗りをあげたが久保が止めてきた。


「ちょ! エースは休んでてくださいよ! 買い出しなら他の人に任せましょう!」

「でも、お前らが頑張ってくれたから、まだ元気いっぱいだぞ! それにちょっと気分転換もしたいし」

「でも……」

「じゃあ藍川先輩お願いしまーす!」


久保はまだ言いたいことがありそうだったが、田町さんが強引に腕を掴んで引っ張ってきた。


「大丈夫だから! 坂下、後でデータ見せてね!」

「了解っす! 相手を丸裸にしときますよ!」



外に出るとすごく暑い。なのに田町さんはごきげんだ。


「藍川先輩が来てくれてよかったぁ! 今藍川先輩有名人ですから! もし写真とか撮られて『エースに恋人発覚か!?』みたいな記事が出ちゃったらどうしよー!」


そうなったら全力で否定させてもらおう。


「まだ2回勝っただけだし、俺もあんま投げてないぞ? 有名になるには早すぎじゃないか?」

「そんなことないですよ! 今年一番いいピッチャーって評判ですから! あ、ほらたしかここにも……」


そう言ってスマホを操作し始めて、あるページを見せてくれた。そこは昔、自分も気にしていたアマチュア選手の評価をまとめているサイトだった。

そのサイトの自分の評価が書かれているところを田町さんは見せてきた。


『遂にメンタル克服! ピンチにも物怖じしない度胸を身に着けたエースは今年の甲子園の目玉。投げる球もワンランク上がっており、大会の結果次第ではドラフト競合間違いなし。 評価特A+』


前はこういう他人の評価が気になっていたが、そういえば最近は見てなかったな。それにしてもすごい評価が上がっている。いつの間にかこんなことになっていたのか。素直に嬉しい。


「ほら! この一番評価高いの、高校生のピッチャーだと先輩だけですよ! はぁーホント、逃した魚がでかすぎた!」

「でもまぁまだ2回戦だしね、これからだよ」

「また先輩狙いに戻っていいですか!?」

「ダメです」


そう言うと唇を尖らせてはいるが、気まずくはならない。割りといい関係になれたものだ。


「あと評価が高いのは……やっぱり優勝候補の、黒山学園の4番、村雨選手ですね! この人はもうずっと評価高いです!」


俺等の代なら誰もが目にしている名前だ。1年の頃からずっと活躍してて、今年のドラフトも1位確実と言われてる人だ。


「村雨君と同じ評価かぁ……。流石に盛り過ぎな気はするけど」

「じゃあ今回の大会で勝って、評価を逆転させちゃいましょう! がんばってくださいね!」


田町さんはそういうが、そう簡単ではないだろうなぁ……。まず決勝まで行かないと当たらない相手だし。そんなことを考えていると、突然隣の人に声をかけられた。


「なんやぁ自分ら、俺の話してるん?」


急に声をかけられて驚いたが、その顔を見て更に驚いた。村雨君本人だった。


「む……村雨君!?」

「お! 君、藍川君やろ? ピッチング見たでえ! すごい球放っとったな!」


突然本物の有名人に声をかけられて止まってしまっていたが、なんとか返さなきゃ。


「あ……ありがとう。村雨君も、今年も絶好調だね」

「せやろ! まぁ俺にとって甲子園は、プロへの通過点やから! 勝って当たり前や!」


すごい自信だが、その自信を裏付けるだけの実績があるので嫌味に聞こえない。


「藍川君とこも調子良さそうやな。監督が、白砂をちゃんと見とけ言うとったから気にかけてるけど。決勝まで来れたらうちが相手やから、厳しいと思うけど頑張ってな!」

「うん、お互い頑張ろう」

「……ところでその子、藍川君の彼女?」


話をしていた本人の登場で固まってしまっていた田町さんに話題が移った。


「うちのマネージャーの子だよ」

「はぁー! こんな可愛いマネージャーおるんか! ええなぁ! ねぇ彼女、この後遊びいかへん?」

「い、いや……まだマネージャーの仕事残ってるので……」

「ちょっとだけやから、ね?」


いつもグイグイ行く田町さんが珍しく困っている、ここはちゃんと助け舟を出さなきゃ。


「俺達今買いだし中だからさ。また今度にしてくれる?」

「……なんや自分、邪魔せんといてや?」

「俺等も遊びに来たわけじゃないからさ。文句があるならグラウンドで聞くよ?」

「……ほぉー、ええやん。自分なかなか度胸あるな。ほなら、今度はグラウンドで会えるの楽しみにしてるわ!」

「うん、頑張るよ。またね」


そう言うと颯爽と去っていった。嵐は過ぎ去ったようだ。


「大丈夫田町さん?」

「はい……ありがとうございました!」

「すごいグイグイ来る人だったんだね、村雨君って」

「ホントに。こんなに積極的な人、久しぶりでびっくりしちゃいました!」

「でも、田町さん好みの、将来有望そうな人だったじゃん。もしかして邪魔しちゃった?」


俺の言葉を聞いてしばらく黙ってしまった。


「……いえ、顔が全然好みじゃなかったので助かりました!!」


普通に失礼だなこの子。


「それに……ちょっと軽薄そうでしたし! 繋がりを持つくらいならいいですけど、恋人とかはちょっと……。名鳥先輩も、この人と付き合いたいとかはなかったんで! やっぱり恋人にするなら、藍川先輩みたいに誠実そうな人ですね!」


しなを作り上目遣いに話かけてくる。


「うんごめんね。好きな人がいるんだ」

「すぐそれ! はぁー……先輩に好かれてる人が羨ましい……」

「田町さんにもいい人が見つかるよ! きっと! たぶん!」

「適当言ってるだけじゃないですか! ……とりあえず、買い出し再開しますか。変なことで時間食っちゃいましたね」



買い出しを終えて戻ると、坂下のデータ収集が終わったようで、二人でミーティングが始まった。


「……なるほどね。オッケー、助かった。坂下の説明はわかりやすくていいな!」

「色んな投手がいるっすからね! どんな人にも伝わるように努力してます!」


本当にいいキャッチャーだ。


「ところで、村雨君のデータってある?」

「村雨って……黒山の? そりゃ、優勝候補だししっかり調べてるっすけど」

「さっき村雨君に絡まれてさぁ……とっさに喧嘩売ったみたいな形になっちゃったから、ちゃんと調べとこうかなって」

「へぇーなんかあったんすか?」


先程の出来事を坂下に説明した。


「ははっ! いいっすねぇ先輩、相手もうちを舐めてるみたいだし、こうなったらボコボコにしてやりましょう!」

「ボコボコは流石に難しいんじゃ……」

「いや、先輩の球なら余裕っすよ? ……もしかして、まだ自分のすごさわかってないんすか!?」

「自信は多少ついたけど」

「確実に、今年一番の投手っすからね!? 相手も一番のバッターっすけど、全然勝ち目あるっす!」


そこまで言われると、ちょっとむず痒い。でも坂下が言うなら信じてみよう。


「じゃあ先輩のためにも、村雨を丸裸にしてやりますか! 今のところわかってるのは、得点圏では絶対的な力を出すタイプっすね! メンタル面がめっちゃ強いっす! 得点圏でこの人に回すと結構やっかいっすね!」

「なるほど」

「でも、他の選手も総じてレベルが高いんで、村雨に意識持っていかれてると他にボコボコに打たれて負けるってのがよくあるパターンっす! なので一人一人油断せずに投げましょう!」

「なかなか難しそうだな」

「って言っても、先輩の球なら8割くらいでも他の奴らならいけますって! 俺もデータ集めて、先輩をしっかりリードするっす! いやーこういう展開、燃えるっすね!」

「ごめんな変なことになって」

「いいっすいいっす! どうせ優勝するなら相手しなきゃいけないところですし!」

「俺もなにか手伝おうか?」

「大丈夫っす! 先輩は次の相手のデータ頭に叩き込んどいてください! まずはそっちっすから!」


たしかに、上ばかり見てるわけにも行かないな。まずは1戦1戦だ。





そうして油断も慢心もなく戦い続けた俺達は、ついに決勝まで来た。




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本来ヒロインがいるべきイベントに田町さんが!?

関西弁は履修してないので変かもしれません!猛虎弁しかわかりません!

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