第21話メンタル強男は守る

次の日の朝、いつも通り空と海と登校しようと外で待っていると二人が出てきた。

……でも心なしか、二人とも目元がトローンとした感じになっている。なんだろう、寝不足かな?


「おはよう、空、海」

「うんおはようちぃ、私も大好きだよ♡」

「ちぃにいおはよう、私も大好き♡」


……なんだろう会話が噛み合っていなくないか? 急に二人に大好きと言われてるぞ。


「……二人とも、なんか変じゃない?」

「変じゃないよ? 昨日ずっとちぃが好きって言ってくれたから、それに答えてるだけでしょ?」

「そうだよ! あんな甘い囁きずっとされてたから、お返しだよ!」


やばい、この二人昨日の録音をずっと聞いていたっぽくて、現実に帰ってこれてない!?


「ちょ……二人とも落ち着いて! もう朝だから! 録音の事は忘れて!」

「録音って何よ? まったく、ちぃは朝から変ね」


変なのは空だよ!


「あぁ、ちぃにいもっと囁いて? 好きって言って?」


海もダメそうだ。この二人が正気に戻るのを待っていたら部活に遅刻してしまいそうだ。

仕方なく、このままの状態で出発したが俺の両腕に二人がくっついてきていて絵面がひどい。こんなところ知り合いに見られたらやばいから、二人には早く正気に戻っていただきたい。


しかし残念なことに、知り合いには会わなかったが例のおじさんには見つかってしまった。


なんかめっちゃこっち見てニヨニヨしてる!! あぁもう最悪だ……。


そうして人気が増えてくる前になんとか二人は正気に戻ってくれた。目撃者はあのおじさんだけだ。ギリギリ致命傷で逃れられた。


「ご……ごめんねちぃ。ずっと聞いてたから、妄想の世界から抜け出せなくて……」

「ごめんちぃにい。幸せすぎて、頭がおかしくなっちゃってたよ……」


……俺の囁きには、危ない効果でもあるんだろうか。毎日これは危険だから、やっぱり消してもらおう。


「戻ってくれたからよかったけど。でもこんなことになるなら消したほうがいいんじゃない?」

「「それはダメっ!!」」


二人からすごい勢いでダメ出しされてしまった。


「これからは休みの日の前限定とかにするから! 消すのは許して!」

「私も、ずっとループ再生はやめるから! 1時間限定とかにするから!」


……何が二人をそこまで必死にさせるのかはわからないが、そこまで言うなら様子を見よう。


「……次もまた、正気じゃなかったら消すからね?」

「「わかった!」」


また仲良く良い返事をしてくれた。信じることにしよう。



駅前で海と別れ空と二人で登校していると、昨日絡んで来た田町さんが学校の最寄り駅近くで待っていた。


「あ、おはようございますせんぱぁい!」


部活中は後藤と久保が守ってくれるって話だったが、まさか登校の時まで関わってくるとは。


「あぁ、おはよう田町さん。誰か待ってるの?」

「先輩を待ってました! 一緒に学校行こうと思って!」


朝まで絡んでくるってことはやはり昨日の久保の考えはあっていたのかも知れない。とりあえず今は判断がつかないから無難な対応をしておこう。


「そうなんだ。空も一緒にいるけどいい?」

「……はい、大丈夫ですよ」


少し不服そうな顔を見せたが嫌とは言わなかった。嫌と言ってくれれば空を優先したいからと言って避けられたんだが。


「空、この子は野球部のマネージャーの子で田町さんだよ」

「よろしくね田町さん、私は涼木空。ちぃの幼馴染よ」

「はいよろしくお願いします涼木先輩!」


二人の視線の間に火花が見える気がする。面倒なことが起こらないように祈ろう。



しかしその願いは虚しく、それから1週間程たったが、田町さんは毎日駅で待っているようになった。

けど最近の朝は必ず空と海と一緒に行ってるから途中で別れる海はともかく、空は確実にいる。その上、部活中はいい感じに後藤と久保がブロックしてくれているので今のところは問題ない。

だがうまくいかないことに苛立ち始めているのか、少しずつ顔に出てきているのが気になる。



そうしてあいつが来なくなってから2週間程たった朝のHRで担任から衝撃の言葉を聞いた。


「みんなおはよう。突然だが、名鳥が転校することになった。みんなに挨拶も出来なくて申し訳ないと言っていた」


あいつが転校!? あんなにプロになりたがっていたのに、この次期の転校じゃ次の学校では大会に出られない。それでも転校するなんて何かあったのか……。

衝撃のあまり、1時間目の授業はあまり頭に入ってこず色々思案してしまった。だがよく考えたら俺と空には嬉しい情報だ。もうあいつの顔を見なくてすむならそれに越したことはない。田町さんのせいで最近気が滅入っていたが少しだけ明るくなれた。


授業が終わると早速友人達が声をかけてきた。


「おい、名鳥転校だってよ! 結局逃げたってことか!?」

「クラスでもボッチだったし部活も調子悪かったんだろ? そりゃ逃げたくもなるか」


たしかにそんな状況なら逃げたくもなると思うが、あいつがそれくらいで転校までするとは思えなかった。何か転校せざるを得ない状況にでもなったか。


「まぁとりあえずいなくなってくれて安心したよ。これで部活も集中できる!」

「あぁ、藍川は調子よくなってるらしいな! 隣のクラスの野球部のやつに聞いたぞ! 甲子園もありそうってやる気になってたぜ! 今の内にサインもらっとこうかな!」

「それは気が早すぎない!? ていうかサインなんて書いたことないよ!」

「じゃあ俺が藍川のサイン第一号になれるじゃん! お前が有名になったら高く売れるな! 初めてのサインですって!」

「えぇ……。松木君には絶対書かないわ」


すぐにあいつの話題もでなくなり、雑談になっていた。もうクラスメイトもあまり興味がなさそうだ。哀れなものだ。


昼休みにはもう存在すら忘れられて名前が出ることもなかった。これで平穏な生活を満喫できるんだ。なんて思っていたがそこにこころちゃんが慌てた様子で教室に入ってきた。そして俺を見つけると一目散に寄ってきた。


「藍川君大変! 空が、野球部のマネージャーって子に呼び出されて!」


あいつのことが終わったら、次はこっちか……。平穏はまだ遠そうだ。


こころちゃんに空のところに案内してもらってる間に話を聞いた。


「私達二人でご飯を食べていたら急に現れて……。それで、浮気して別れたのになんでまだ藍川君に付きまとってるのかとか言ってて……。私も仲裁に入ろうとしたんだけど空が止めてきて。だからせめて、藍川君を呼びにいこうと思って!」


話の流れはわかった。空はたぶんこころちゃんを巻き込みたくなかったんだろうけど、それが結果的に俺を呼ぶ形になったのはよかった。今度はちゃんと、空を守りたい。


二人がご飯を食べていたところに行くと声が聞こえてきた。


「だからぁ! 幼馴染だからっていつまでも浮気されてた相手に付き纏われてたら、藍川先輩だって傷が癒えないんですって! 一旦距離を置くのが幼馴染としての優しさだと思いますけど!」

「……」


声の聞こえるほうに寄っていくと空が田町さんに詰め寄られているところだった。俺は慌てて二人の間に入った。


「ちょっと田町さん、落ち着いて!」

「藍川先輩……」


俺が間に入ったことで一旦収まってくれた。


「でも……別れた元カノに付き纏われてたら、先輩も新しい恋に行けないじゃないですか!?」

「俺が空にお願いしたんだ、幼馴染に戻ろうって。だから一緒にいるのは自分の意思だよ」

「……」

「それに新しい恋ももうしてるよ。だから心配しなくてもいいよ」

「……先輩本当に性格変わりましたね。前までだったらもっと引きずってたはずなのに……」


たしかに、前までの自分ならもっと引きずって落ち込んでたはずだけど今の俺は違う。今の俺なら空も守れる。


「もしかして、涼木先輩とよりを戻すんですか……?」

「それもあると思ってる」

「浮気されたんですよね? それでも許すんですか?」

「事情があったからね。それを聞いた時点で俺は許してるよ」


田町さんの表情にだんだんと焦りが混じってきた。


「……私も! ずっと先輩を好きだったんです!」

「それは……ごめん。今好きな人がいるんだ」

「浮気するような人よりダメですか!? もしかしたら性病とかあるかも知れませんよ!?」


その発言を聞いて、俺の後ろでずっと黙っていた空が声をあげた。


「それはちゃんとお母さんと検査にいったから。あとごめんなさい。田町さんの想いはわかったけど、それでも私もちぃを諦めたくないの。だからちぃと一緒にいることを認めてほしい」


空もしっかり自分の想いを話した。これ以上空には傷ついて欲しくないから、俺は最後のカードを切ることにした。


「というか、田町さんって名鳥と身体の関係あったんでしょ? それでずっと好きだったって言われても」


それを聞いた田町さんは身体をびくんとはねさせた。


「……ちっ、あの人、最後まで邪魔だなぁ……」


小さい声で言っているが聞こえてるぞ。


「……はーわかりました! 藍川先輩の事は諦めます! 顔がよくて将来性ありそうな優良物件だったけど、性格は頑固そうだし、私になびく気配もないし! 労力がかかりすぎます!」

「うんごめんね。でも他に好きな人が……」

「わかりましたって! はーもう、やっぱいい男はすぐには籠絡出来ないかぁ……。あの人は簡単だったから、そういう意味ではやっぱいい男じゃなかったんだ」


とりあえず最悪な展開は回避できたようだ。


「あと、部活でもあんまり騒ぎとか起こさないでね?」

「それもわかってますって! 有望な男をゲットするために野球部のマネージャーなんてやってるんですから! 自分の足を引っ張るようなことはしませんって!」

「……部内であんまやんちゃするなよ?」

「私だってちゃんと選んでますよ! ……まぁ結局粉かけてた男は落ちぶれたんですけど……見る目なかったなぁ……最初から藍川先輩にしとけばよかった」


後悔の表情を浮かべているがまだまだ懲りてはなさそうだ。


「次は……坂下君かな? 彼はすごい選手になりそうな気がするし!」


……坂下には気をつけるように言っておこう。でもあいつはキャッチャーラブだから、あれはあれで攻略するのは大変そうだぞ。後藤と久保もいるし大きな問題にはならないだろう。


「じゃあ、涼木先輩もすみませんでした! 浮気したのに一途ってよくわからないけど、応援してます!」

「う……うん、ありがとう」


空も急に毒気が抜けた田町さんに困惑している。


「じゃあ先輩も! また放課後に部活で会いましょう! さようなら!」


そう言って田町さんは颯爽と去っていった。嵐は過ぎ去ったようで安心した。


そして俺の後ろにいた空が話し掛けてきた。


「ちぃ、ありがとね。間に入ってくれて」

「約束したからね。今度は俺が空を守るって」

「うん。もうちぃは私が守らなくてもホントに大丈夫なんだね。安心したけど、少し寂しいかな」


少し寂しそうな顔をしているがそのまま空が続けた。


「でも……ちぃに守られるの、安心して、心がすごく暖かくなって……気持ちよかった!」


……気持ちよかった!? なんかよくわからない表現が来た。先程の表情から一変して、恍惚とした顔になってるし。なんか空に変な性癖でも生まれてなければいいが……。


そんな謎だらけの空を、心配して見守っていたこころちゃんもこちらに寄ってきた。


「藍川君ありがとね。それにしても本当に変わったわねぇ……この前までは空に守られてる側の雰囲気だったのに」

「俺も空を守りたいって思ってね」

「うん、いいじゃない! 髪型も変えてかっこよくなったし、私も藍川君のこと狙っちゃおうかな!」

「……いくらこころちゃんでも、それはダメだよ」


スッと冷たい目になる空を見て、こころちゃんは笑っていた。


「ふふっ冗談よ! 愛されてるねぇ藍川君!」


こころちゃんが場を明るくしてくれたので、さっきまでの雰囲気は消し飛んでいた。

今度こそ、平穏な生活がおくれるかも知れない。いやおくりたい。そう願いを込めながら、3人で教室に戻っていった。






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