第20話メンタル強男は後輩にも懐かれる

練習試合の次の日からあいつが学校に来なくなった。

最初はまたサボりか?と考えていたが1週間も続くと流石に何かあったんだろうと思い始めた。

でも大会まで後少し、今はあいつのことを気にしてる場合じゃない。


無断で部活にも来なくなったあいつを監督は切り捨てたようだ。


「今はサードのポジションが空いてるから、誰にでもチャンスがあるぞ! 大会まで少ししかないからここで精一杯アピールしていけ! 1年だろうと良さそうなら使っていくからな!」


その言葉を聞いてみんなやる気になっている。自分のポジションだって安泰ってわけではない。後輩投手達と切磋琢磨していこう。


「藍川せんぱーい! フォークの握り方で聞きたいことが……」


2番手ピッチャーをやっている後藤が声をかけてきた。この前の試合で声をかけて以降懐いてきた。

今までまともに先輩らしく出来てなかったのにこうやって懐いてくれるのは素直に嬉しい。思わず他より贔屓目に可愛がってしまう。


「藍川さん、ストレート投げる時なんですけど!」


そこに割って入ってきたのは同じ2年で今は3番手ピッチャーをやってる久保だった。久保も今は3番手扱いだが後藤とはいい勝負をしていると思う。自分が抜けた後、この二人が競争していけばきっと来年も強いチームになると思う。


「久保! 今は俺が聞いてるところだから後にしてくれ!」

「お前は昨日も聞いてたろ! 今日は先に俺だ!」


……男二人に取り合いをされるのはなんとも言えない気持ちになるが慕われるのは嬉しい。


「二人とも話聞くから、順番な」


こんな感じで最近は3人で練習している。これからの大会を勝ち抜くためには二人の力も絶対に必要だ。みんなで成長していこう。



そうして部活が終わると2年のマネージャーの一人が声をかけてきた。


「せんぱぁーい! お疲れ様です! タオル準備しておきました!」


たしかこの子は田町さんだったか。いつもは名鳥にばっかり構っているマネージャーって印象だったが、なぜか今日は俺だった。

というか昔、名鳥に自分のセフレだと言われてからあんまり関わりたくない存在だった。


「あぁ、ありがとう。今日は名鳥がいないから俺に回ってきたのか?」

「ちがいますよー! ちゃんとみんなに配ってますって!」


そうは言うが、この子が名鳥以外の部員に何かしてあげてるところを見たことがないぞ。まぁ俺がいないところで普通にやってたのかも知れないが。


「この前の試合はかっこよかったです! ファンになっちゃいました! これからは私が専属でマネージャーやりたいくらいです!」

「……いや専属って……。うち普通の学校だぞ? マネージャーも多くはないんだからみんな平等に見てあげて」


なんか急にグイグイ来る子だな。名鳥が来なくなって暇なのか? 他のマネージャーの子達は忙しそうにしてるんだから、君もみんなを助けてやれよ。


「もー先輩のいじわる! じゃあみんなにもタオル配ってきまーす!」


そう言って離れていった。なんか変な子だな。今まで関わりがなかったから気づかなかった。しかし名鳥がいないとはいえ、なぜ急に俺に?

そんな疑問を持っていると久保が話かけてきた。


「あー藍川さん、あいつはあんま関わらない方がいいですよ」

「久保か、なんか知ってるの?」

「俺、あいつと同じ中学だったんですけど、あんまいい噂聞かなかったですね」


話によると、中学生にして大学生の彼氏がいたとか、彼氏がいるはずなのに同級生とヤッたとか、自分に好意を持ってそうな奴を便利に使っていたとか。

一方からの話を全部信じるわけではないが、これが本当なら結構危なそうな子だな。


「しかしなんで急に俺に話し掛けてきたんだろ?」

「そりゃ藍川さんがこの前の試合で完璧ピッチ見せたからじゃないですか? それで将来有望だ、粉かけておこう! とか思われてんじゃないですか?」

「えぇ……」

「この前まで名鳥先輩に媚び売ってたのも、そういうのじゃないかと思ってたんですけど真実味が増しましたよ」


そんな理由で付き纏われると正直迷惑だな。今は部活も恋愛も忙しいから余計なことに意識を割きたくない。

それに俺は空と海以外を好きになることはないと思うし。時間の無駄だと思うぞ。


「うーんめんどいなぁ……」

「じゃあ部活中は俺と後藤で藍川さんを守りますよ! 代わりに、アドバイスいっぱいもらいますからね!」

「ホント? 助かるわ! まぁアドバイスくらい別にいつでもするけど」

「もらってばっかも悪いですからね! じゃあ後藤にも伝えときますね!」


アドバイスをするなんて先輩としては普通だが、守ってもらえるのは本当にありがたい。今まで女の子に言い寄られるなんてことなかったから、波風立てずに収める方法がよくわからないからな。大会前に変な雰囲気になるのは避けたい。



部活を終え、家に帰ってご飯とお風呂を済ませると結構遅い時間になっていた。

あとは少しゆっくりして寝るだけ、と思っていたがスマホが鳴った。海からの着信だった。


「もしもし、どうしたの?」

「あ、ごめんねちぃにい。部屋の電気が付いたから少しだけ喋れないかなーって思って! 今日はもう疲れちゃった?」

「いや後1時間くらいは起きてる予定だったから大丈夫だよ」

「じゃあちょっと雑談しよー!」


今日は後輩と仲良くなった話など色々と話した。でもマネージャーの女の子の話は一応しないでおいた。変に心配かけるのも嫌だったし、相手の思惑もまだわからないからな。


「ちぃにいも明るくなったから、これからどんどんみんなに慕われていきそうだね! でも、そうなるとやっぱりモテそうで心配だなぁ……」

「俺が空と海以外を好きになることはないと思うんだけど……。今まで別の女の子気になったことないし」

「……フヒッ……。ごめん、嬉しくて変な笑いが出ちゃった!」


……まぁ喜んでくれてるならなによりだ。


「でも心配なのは変わらないから……。ねぇちぃにい、一個お願いして良い?」

「うん、なに?」

「海、好きだよって言ってほしいなー!」

「う、ううーん……」


結構恥ずかしいお願いが来てしまった。


「お願い! まだまだお互い部活が忙しくてあんまり会えないから、そんな時にその言葉を思い出して頑張れると思うから!」


この前の膝枕もそうだが、海にお願いされると断りにくい。甘え上手なのか、俺が甘やかしなのか。


「うーんわかった。じゃあ言うよ?」

「あ、ちょっと待ってね。……よし、じゃあお願いします!」


そうして静かになる。めっちゃ恥ずかしいが言うしかない!


「う……海、好きだよ」

「うーん最初どもったね、もう1回!」

「海、好きだよ!」

「もう少しささやく感じで」


巨匠の注文は厳しい。


「……海、好きだよ」


しばらく待つが反応がない。ダメだったか?


「……うん、サイコー! ありがとねちぃにい! これをリピート再生しながら寝るようにするね!」


聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「え!? これ録音してたの!?」

「そりゃちぃにいの愛の囁きなんて、何回も聞かなきゃもったいないでしょ?」

「いや1回言うだけだと思ってたのに! 消してよ!」

「やだ! 大丈夫他の人には聞かせないから!」

「それでも嫌なんだけど! ……はぁ、もう海のお願いは聞かないからな!」


そうは言うがきっとまたお願いされたら断れないんだろう。


「ごめんね、でも本当に嬉しいの! 許して!」


可愛くお願いされてもう許しそうだ。


「……今回だけだからね。ちょっと海の事甘やかし過ぎたかな?」

「えへ、恋人になったらもっと甘えちゃうもん!」


そんな付き合いも、想像すると悪くはなかった。


「じゃあありがとね! そろそろ寝るね! おやすみ!」

「うん、おやすみ海」


挨拶をして通話を切ったがまだ身体が火照っている。きっと顔は真っ赤になっているんだろう。空と付き合っている時も、こういう直接的な言葉はあまりしてなかったから緊張した。


別の意味で疲れたので横になっているとまた着信があった。今度は空だった。


「もしもし?」

「あ、ちぃ遅い時間にごめんね? ちょっとお願いがあって」


あの件以来あんまりお願いとかはなかったからちょっとびっくりした。


「うん、なにかあった?」

「今ね、海にちぃの甘々囁きボイスを自慢されてね……」


いや即、他の人に喋ってるじゃん!時間にして数分だよ!!


「私も……欲しいなって……ダメ?」

「ううーん……」

「やっぱ……ダメだよね……」


そういう反応をされると断りにくい。この姉妹は別の角度から俺の断りにくい雰囲気を出してくるなぁ。


「……わかった、海にはやったわけだし、空だけ断るのもね」

「やった! ありがとちぃ!」


そう言うとゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。そこまで期待されると緊張が高まってしまう。


「……しょら、好きだよ」

「……甘噛したね、もう1回」


くっそ恥ずかしかった。


「……空、好きだよ」


そしてまた少しの間。あれ、この感じはまさか……?


「……うん、よかったよ! ありがとねちぃ! 」

「……もしかしてなんですけど、空まで録音してました?」

「そりゃ、こんなレアなちぃの言葉、何回も聞かなきゃ悪いでしょ?」

「録音してるほうが悪いわ!」

「でも、私と付き合ってる時もこんなこと、あんまり言ってくれなかったでしょ?」

「ぐぅ……」


ぐうの音しか出ない。恥ずかしくてあんまり言葉に出来てなかったという罪悪感から、強く言えなくなってしまった。


「私も他の人に聞かせたりしないから! あ、でも……」


何かを思い出し言葉が切れた。


「……お母さんに毎日スマホチェックされてるから、見つかったらごめんね!」


それが一番最悪じゃん!おばさんにこんなの見つかったら絶対めちゃくちゃにからかわれる!!


「……消さなくてもいいから、なんとかおばさんにはバレないように頑張ってくれ……」

「努力はするね! じゃあありがとね! これで捗るわ! おやすみ!」

「……うん、おやすみ空……」


……何が捗るのかは聞かないでおこう。

おばさんの事だから、ちゃんと空のスマホの中身をチェックしてるはずだから、バレるのも時間の問題だろう。憂鬱だ。


でも空も今週はあいつがいなかったおかげか、少しずつ元気を取り戻してきてる気がする。

クラスメイトにも少しは許されてくれるといいな、なんて願望を抱きながらベッドに横になると気持ちいいまどろみが来た。


この幸せな時間がずっと続くといいと思いながら眠りについた。

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