第19話メンタル強男は無双する
それからはグイグイ来る海と、おずおずとしながらもアピールをする空に囲まれる日々だった。
毎日朝は二人と登校し、夜はチャットや通話などで積極的に来る海。学校ではけじめなのか、最低限しか話し掛けて来ない空だが、毎日のお弁当や、夜もおばさんとの約束の勉強が終わった後などに雑談混じりに通話をしたりしていた。
俺も二人との時間を楽しみながらも部活を頑張っていた。大会が終わるまでは待ってもらったんだ。ちゃんと結果を残さないと。
そして迎えた週末、今日はまた練習試合の日だった。
ちなみに今日は涼木家全員と母さんが観戦に来ている。
海がちょうど部活が休みだったので、俺のかっこいいところがみたい! ということで海がきて、空も見に行きたいとなり、それなら空の監視も含めておばさんもくることになり、だったら車出すついでに自分も、とおじさんも来ることになった。
母さんは暇な時はいつも来ているのでついでに乗せてもらって来るようだ。父さんは休日出勤である。大変だろうけどありがとう父さん。
相手は去年の決勝での相手、つまり優勝校だ。今年は去年程評価の高い選手はいないがそれでも強豪。しっかり優勝候補に名を連ねている。
うちもいつもは優勝候補に上がっていたが、去年の秋の自分の失態がある。おかげで世間の評価は下がってしまっている。
練習試合とはいえ、ここで結果を出し、みんなのモチベーションも評価も回復させなきゃ。
海と空も見に来ているしカッコ悪いところは見せられない。多少のプレッシャーはかかるものの、今までの自分では考えられないくらい前向きな気持ちだ。これならきっといい結果が出せそうだ。
いい結果どころではなかった。完璧だった。ヒットすら許さず、四死球もなし。エラー4つで出たランナーだけだった。
今まではエラーで出したランナーにもプレッシャーを感じ崩れていたが、今日は少しも気にならなかった。なんならピンチになると少し楽しさを感じるくらいだった。
エラーも1つは2年の後輩、他3つは名鳥だった。キャッチャーのポジションを失い空いたサードを始め、練習ではある程度守れていたが本番ではボロボロだった。
バッティングの方も今までの勝負強さはなく、3打席ですべて三振。7回で降板となった俺より先に交代させられていた。
練習では普通にできているが本番ではプレッシャーに負けている感じが、昔の自分を見ているようだった。メンタル強男だったあいつが弱気になり、メンタル弱男だった自分が絶好調になっている。皮肉なものだ。
ベンチに戻ると球を受けてくれていた坂下が声をかけてきた。
「いやー先輩! 完璧っす! マジで相手が可哀想になりましたもん!」
「坂下のリードもよかったよ、ちゃんと相手のデータ入ってるな!」
「そりゃ去年の優勝校ですからね、一番気にしなきゃいけない相手っす!」
試合前にも二人で相手のデータを確認していたが、あいつの時はここまで詳しくはやってなかった。これがバッテリーってものか。
「でもリード通りに球も来るし、ほんとコントロールいいっすね! これでなんであの人捕れなかったんすか!?」
「変化球でもコントロールを気にしてミット狙って投げてたからなぁ。その分全力では投げれなかったけど、今は坂下が捕ってくれるから思いっきり投げられてるよ」
「いや今日全力って言ってもめっちゃコントロールよかったっすよ!? 今まであれ以上のコントロールで投げてたんすか!? そんな集中して投げさせられてたらそりゃ途中で切れますって! はぁー……あの人ほんと、ただ球捕って返してただけっすね。壁に投げてるのとかわんないっすよ」
なかなかに辛辣な言葉をあいつにぶつけている。一応アレも先輩だぞ。
「こんなこと知ってたら、最初からキャッチャー立候補してましたよ! でも今年の夏大会には俺がいますから! 先輩も全力で投げられますね!」
「あぁ、坂下には本当に感謝してる。これからも頼むぞ!」
「うっす! じゃあ次に投げるピッチャーと情報交換してくるっす!」
「あぁ待て、俺も一緒に行く」
そうして2番手ピッチャーの後輩のところに行くと顔が青ざめていた。
「おいどうした、この後投げるんだぞ。もっとリラックスしてけ」
「あぁ、藍川先輩……。こんな完璧な投球見たあとに行くなんて超嫌ですよ!」
「まぁ落ち着け。大会でも球数制限があるんだ。俺がずっと投げるわけにはいかない。お前らにも頼らないといけないんだ」
「そうは言っても……ここから逆転なんてされたら……」
珍しく弱気になっている後輩に声をかける。先輩らしいところも見せなきゃな。
「大丈夫だ、所詮今日は練習試合だし。本番なら俺も降板しても他の守備位置について待機するだろうし。お前がピンチになったら俺が片付けてやるよ、任せろ」
「せんぱぁい……。今日はなんかめっちゃかっこいいですね!」
「今日はってなんだ! ……まぁ俺も去年までは先輩達に支えられてたきたからな。今度は俺が後輩を支えてやらなきゃ!」
「なんか自信出てきました! ありがとうございます! 坂下、この後の話しよう!」
そう言って二人は離れていった。うん、いい先輩が出来たんじゃないかな。今までは自分のことで精一杯だったけど、これからはちゃんと後輩のことも見てやらなきゃ。練習とかも一緒にやって教えられることは教えていこう。
その後も後輩ピッチャーがしっかり抑えて、6‐0の快勝だった。
去年の優勝校に快勝したこともあり、みんな嬉しそうだ。試合後のミーティングも、監督も機嫌がよく久しぶりの明るい内容だった。一人を除いて。
あいつは途中で交代になった上ずっと監督に説教をされていたせいか、意気消沈していた。キャッチャーのポジションを奪われ、空いたサードでもこれじゃ次はベンチスタートかもな。
そしてミーティングも終わり解散の流れだったが同じ学年のチームメイトに声をかけられた。
「よぉ藍川、今日めっちゃよかったじゃん! これなら甲子園あるぞ! 去年の秋はマジで絶望したからな……」
「うんごめんみんな、今まで不甲斐なくて」
「俺等の代はお前しかピッチャーいなくて背負わせすぎてたから……。まぁ間に合った形になったから結果オーライだろ! そういやうちのクラスまで話がきたぞ、お前名鳥に彼女寝取られたんだって?」
「あぁ……まぁ、色々あってね。でも空とはもう和解してるから気にしないで」
クラスに説明する時に、脅しがあったことまでは話していないので空も悪者になってしまっているから、こういうところは俺がフォローしていこう。
「にしても、中学からの親友の彼女寝取るとか、あいつの頭どうなってんだよ。でも今日あいつボロボロだったし、いい気味だったな!」
正直言葉には出さないがざまぁとは思ってる。
「ま、俺等はお前がずっと頑張ってきたところ見てるからよ。あいつとお前なら、お前の味方だからな! なんかあいつが絡んできたら教えろよ!」
「うんありがとう。そう言ってもらえると心強いよ」
そんな会話をして、チームメイト達は帰っていった。自分もみんなが待ってくれてるはずなのでそろそろ帰ろうと準備をしていると監督に呼び止められた。
「藍川、この後ちょっといいか?お前に話があるって人がきててな」
「はい、わかりました」
そう言って少し待つと監督と一緒に40代くらいの男性が現れた。たしか、スカウトの人だ。去年までは結構声をかけてもらっていたが最近はあまりなかった。
「あぁ藍川君、覚えているかな?とらーズのスカウトの者です。今日は素晴らしいピッチングだったね。ついにメンタル改善が出来たのかな?」
「ありがとうございます。今日はたまたまうまくいっただけなのかも知れませんが、良くなってきているとは思ってます」
「そうかそうか! いやぁよかった! 昔から私のイチオシは藍川君だったから心配していたんだ! この調子が続けば、ドラフトで指名させてもらうこともあるかも知れないから、これからもよろしくね!」
「はい、ありがとうございます。頑張ります!」
スカウトの人にも評価され、自信がどんどん付いてくる。このまま大会まで頑張ろう。
「それにしても、名鳥君はどうしてしまったんだろうか。キャッチャーも別の人になっていたし」
「あーそれは……」
「いやわかっているよ。今日の藍川君の球は、今までと全然違ったからね。きっとベストなキャッチャーと出会えたんだね。名鳥君も指名を考えていたんだが、これは上の者と相談しなきゃいけなくなったよ。今日の藍川君の結果も報告しなきゃいけないしね!」
そうしてスカウトは帰っていった。あいつのプロへの道も険しくなって行きそうで順調だ。
外に出るとみんなが待っていてくれた。
「お疲れ様ちぃにい! もうめっちゃかっこよかったよ! 好き!」
労いのついでに好意も伝えてくる海に、苦笑いが出てしまうが嬉しい。
「ちぃお疲れ様。本当に調子戻ったんだね、よかった……」
空もずっと自分を心配してくれてたので嬉しそうにしてくれている。
「ちぃ君すごいじゃない! 相手は去年の優勝校だったのに、ノーヒットなんて! これなら今年の大会は期待できそうね!」
「ほんとよかったぞちぃ! 流石俺が見込んだ男だ! とらーズの未来はお前に任せた!」
おばさんもおじさんも喜んでくれてる。ちなみにおじさんはとらーズの熱狂的なファンなので、もし俺がプロに行くならとらーズに入れ! と無茶ぶりもされていた。
でもさっきとらーズのスカウトの人に声をかけられたなんて伝えたらぬか喜びさせてしまうかも知れないので内緒にしておこう。
「ちぃおつかれ、今日は調子良さそうだったじゃない」
母さんもねぎらってくれた。
「みんなありがとう。たまたまかも知れないけど、みんなの前でかっこいいところ見せられてよかったよ!」
「本当にかっこよかったわよ! この子達なんて、ちぃ君を見て目がハートマークになってたんだから!」
そう言われて二人を見ると照れていた。でも否定はしないのか。
「子供の頃からこんなかっこいい子がずっと一緒にいたら、二人共惚れちゃうのも仕方ないわね。でもちゃんとどっちか選ぶのよ」
「わかってますって」
「いや、ちぃがとらーズのエースになったら二人共娶ってもらおう! そうすればみんな幸せだぞ!」
「そんなわけにもいかないでしょ! まったく……ちぃ君も真に受けないでねこんな言葉」
「はい、ちゃんとどっちかを選びます」
「お父さんよりちぃ君のほうがしっかりしてるじゃない!」
「いやしかし……」
夫婦でバトルが始まりそうなので、少し離れていくと母さんが声をかけてきた。
「まぁどっちを選ぶにしても、幸せにしてやりなさいね」
「うん、そのためにも今は野球頑張るよ」
「そうね、応援してるから」
「ありがとう」
夫婦で言い合いをしていて、それを空と海がたしなめているところを遠目に見ながら、これからも頑張っていこうと決意を改めた。
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球団名があまりにも安直なのしか思いつかなかったです……なんか問題があったら修正します!
ちなワイはうしーズファン。千尋の名前もそこらへんからとってます。
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