第14話メンタル強男は日常を堪能する
次の日の朝は特に何事もなく、玄関を出ると海が待っていた。
「おはようちぃにい!」
「うんおはよう。今日も一緒に行こうか」
「うんっ!」
特に待ち合わせをしたわけではないが、昨日も一昨日も同じ時間だったので待っててくれたのだろう。
海は躊躇いなく手を握ってきて、目が合うとにっこりしていた。
「今はお互い忙しくて、朝しかちゃんと会えないけど……でも嬉しいんだ。恋人だもん!」
「そうだね、どっちも部活が最後の大会前だからね。俺も朝だけでも海と一緒にいられて嬉しいよ」
海と雑談しながら登校してると、思い出したように口にした。
「あ、そういえば! 私スマホ買ってもらえるんだ! これで、ちぃにいといつでも連絡出来るよ!」
「よかったね。なかなか会えないから、寂しくなったらいつでも連絡してね。夜でもあんまり遅い時間じゃなかったら大丈夫だから」
「うん! 一番にちぃにい登録したいから、買ったらすぐ教えるね!」
「じゃあ俺のアドレスと番号、今のうちに教えておこうかな」
紙とペンを取り出し、カバンを下敷きに書いて渡した。
「あ、でも授業中とかは駄目だからね。ちゃんと授業には集中するんだよ」
「わかってるよー! もう、ちぃにいもお母さんと同じこと言うー!」
海は膨れていたが、ほっぺを指で押し込むとふふっと笑った。そのまま俺の手を掴み、頬ずりをはじめた。
「……ちぃにいの手、好きぃ……」
「あんまり綺麗な手じゃないけどね、タコとかいっぱいあるし」
「ううん、そこが好き! なんか男の人って感じで。それにちぃにい、私に触る時はすごく優しいし!」
……エッチな感じに聞こえるが、まだそういうことはしてないぞ。
「そっかありがとう。俺も海の手、好きだよ。ずっと握っていたい」
そう言ってまた手を握ると、海が顔を赤くしていた。
「……ちぃにい、なんか変わったね?髪型もかっこよくなったし、なんだか女の子の扱いも慣れてる感じ……」
「海だけだよ。海が恋人になったから。そういう風になっただけ。変わった俺は嫌い?」
「ううん! 大好き! 優しいのは変わらないから! でも、他の女の子にはやらないでね。心配になっちゃう……」
「大丈夫、俺から触れるのは海だけだから」
「うん、ちぃにいを信じるよ!」
空にも注意されてたから、そういうところは注意しよう。恋人には心配をかけたくない。
「でも、海もモテるんじゃない? 俺もこんな可愛い子がクラスにいたら、好きになっちゃうよきっと」
「そんなことないよぉ! 私なんて全然! 友達にももっといっぱい可愛い子いるもん!」
ふーん、海のクラスメイトはセンスがないな!こんな可愛くて、元気いっぱいで、愛嬌たっぷりなのに。いや、もしかしたら密かに好きな奴もいるかも知れないな、警戒はしとかなきゃ。
「それに、私が好きなのは昔からちぃにいだけだから! 他の男の子なんて、気にもしたことないよ!」
うーん可愛い。幸せにしよっ。
そんなことを話していると、別れる場所まできてしまった。
「じゃあ海、またね。学校頑張ってね」
「……ちぃにい、ちょっとだけしゃがんでくれる?」
上目遣いにそんなこと言われると、ドキドキしてしまう。
少ししゃがんだ俺の頬に、海はそっとキスをした。
「えへ……いってらっしゃいのチュー♡ ちぃにいも、学校頑張ってね! またね!」
そういうと恥ずかしかったのか、走って行ってしまった。
海は今まで我慢してきたものが溢れてるのか、すごく積極的だ。俺もその期待に答えてあげたい。
なんて考えていたが、ここは一目に付かない場所だけどまったくいないわけじゃない。現に、例のおじさんには見られていた。
俺は辺りを見渡すが、とりあえず人はいなさそうで安心した。海はまだ中学生だからな、あんまり周りには見られたくはない。気を付けておかないと。
そうして海と別れて電車に乗り込むと、あのおじさんがいた。おじさんはすっと近づいてきて小声で話かけてきた。
「いってらっしゃいのキス、いいね!」
うん、本当に気をつけよう。
部活は特に何もなかった。強いて言えば、あいつは来てなかった。もうサボりか? とも思ったが、まぁ居ないほうが平和に過ごせるのでそれはそれで。
だが、今日はあいつに少し用事がある。というのも、昨日空から連絡があった。
『明日、クラスのみんなに謝罪することにしたよ。でも、あいつがいると邪魔してきそうだから部活の後、少し足止めしといてくれる?』
それがあったから、今日はあいつを探していたが結局来ることはなかった。部活をサボって教室に行かれてると困るなぁと思い、あいつの下駄箱を確認するとまだ来てないようで安心した。一応まだ来るかも知れないので、ギリギリまで待ってみたが来なかった。今日は休みか遅刻だろう。これなら大丈夫と俺も教室に向かった。
教室に入ると、ちょうどクラスメイトへの謝罪が終わったところのようだった。
こころちゃんをはじめ、何人かのクラスメイトが空に話し掛けているところを見るに、多少の人には許してもらえたようだ。
でもまだ、許せない人もいそうだ。興味のない人も合わせると半々くらいか。でも、それだけ信頼を失う出来事だったと思うと、仕方ないと思う。これ以降は、空が自分自身で頑張るしかないことだ。静かに見守ろう。
空は俺に気づくと近づいてきた。
「ちぃにも本当に迷惑をかけました。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる空に俺は、何事もなかったかのように言う。
「うん、いいよ。許すよ」
一番の被害者である俺が許している、というスタンスを見せればきっとクラスメイトの怒りも少し収まるだろう。これくらいの助け舟は出していいだろう。
そうして自分の席に着くと、仲良くなった運動部グループ3人が近づいてきた。
「話は聞いたよ。大変だったな」
「こんな状況でも許すとか、メンタル強すぎんだろ! 俺が彼女にこんなことされたら、絶対に許せねぇよ!」
「俺も今の彼女大好きだけど……流石に嫌いにまでなるレベルだわ……」
ふむ、そんなものか。たしかに、今までの俺だったら、もしかしたら自殺まで考えていたのかも知れない。
でも今の俺は許す選択をした。本当に、良い方向に性格が変わってくれたようだ。
「まぁ……幼馴染だからね。嫌いにはなれなかったよ。みんなもいつか、空を許せるなら許してあげてほしい」
「はー幼馴染かー、いいなぁそれ! それが恋人だったなんて! ……でもだからこそ、俺なら許せないかもなぁ」
「なんだか、浮気されてたことを経て、一歩成長した感じがするんだよね」
「あーたしかに! なんか性格変わったよな! 前はザ・陰キャ! って感じだったのに!」
軽く失礼だが、その通りなので反論はしない。
「浮気のショックで頭が痛くて、でも次の日起きたらこんな感じだったんだよね」
「おま……それ……寝取られ脳破壊……」
一人がそう反応したので、やっぱり前に自分で考えた論理があってたのか?とか思い出していた。
「まぁとにかく。俺は気にしてないから。皆にも許せとかは強制しないし、嫌いなままでもいい。ただ、いじめとかになったら俺は空を守りに行くから。そこだけ覚えておいてね」
「いじめとかはしないけどよ、まぁ元々積極的に話すような間柄じゃなかったから……喋らないで終わるかもな」
「俺もだな。ただ女子は結構怖いからな……いじめっぽいのとか見かけたら報告するよ」
「うんありがとう。それで充分だよ。あ、でも、あいつは許さないから。喧嘩とかになりそうだったら止めてね」
俺の思いをちゃんと伝えておこう。
「あぁまぁ、アレはなぁ……俺だったら確実にぶん殴ってるわ! なんなら俺が殴っとこうか?」
「いや、あんな奴に関わって、みんなの内申点とかを下げるわけにもいかないよ。関わってこなければいいさ」
「ほんとかっこよくなったな! 彼女もいなくなったし、これからモテるんじゃね? 俺と同じ子好きになったら、ライバルだな!」
「あ……彼女は……もう出来た……」
「おー切り替え早いな! ま、でもこれくらいの切り替えの早さじゃなかったら、許したり出来ないか! で、誰? クラスのやつ?」
「あー……空の妹……」
「あっ……」
こいつ正気か?みたいな顔で見られているが、好きになってしまったものはしょうがない。
「ま……まぁ! そういうこともあるよな! で、いくつなの? この高校にいるとか?」
「……まだ中学生……」
「……ロリコン」
「ロリじゃん」
他の二人にはロリコン認定されてしまった。違う!たまたま好きになった人が中学生だっただけだ!信じてくれ!
「お……大人になったらあんま変わらないしな! いいんじゃないか! うん!」
一人だけフォローしてくれた。モテ男こと松木君だったか。やっぱモテる男は違うな。
「ありがとう……そんなわけだから、ライバルにはならないしこれからもよろしくね」
「あぁ! 今度男だらけの恋バナでもしようぜ! じゃあまたな!」
「じゃあなロリ!」
「……ロリ」
不名誉なあだ名が付けられたが、これからその汚名を返上できるように頑張ろう……そうして離れていった友達を見送り、空をチラっと確認するがやはり居心地は悪そうだ。でもちゃんとクラスメイトに話せたことで、少しスッキリしたのか、その顔は少しだけ昨日よりかは元気だった。
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