第13話メンタル強男は背中を貸す
部活が終わり、帰ろうとしたら空が待っていた。
「あれ、空? 待っててくれたの?」
「うん、ちょっとちぃが心配で……。もしかしたら、あいつと喧嘩とかしちゃうんじゃないかって……」
なるほど。たしかに、部活中に何もなかったのように話かけられた時は、一瞬殴りかかりそうになっていた。
でも、なんとか理性が働いてあいつの話を聞けた。そして、少しも反省してないとわかったので呆れてしまった。
「そっか、ありがとう。でもやっぱり、あいつは俺等の前からいなくなってくれる気はないみたいだったよ」
「そう……」
空の顔が曇る。やはりあいつがいる限り、空の笑顔は完全には戻ってこないのかも知れない。
「なぁ、やっぱり警察に通報したほうがいいんじゃないか? 脅された証拠も残ってるんだし、確実に警察は動いてくれると思うよ」
そういうと、空は少し考えてから横に首を振った。
「ううん、今ここであいつが捕まるならそれは嬉しい。でも、野球部にも影響があると思うの。それで、ちぃや他の頑張ってる部員のみんなに迷惑がかかるのは……やっぱり嫌だ」
「でも……」
「私はちぃのためだったつもりなの。それが、最後は足を引っ張る形になったりしたら、もう後悔じゃすまない。ちぃが許してくれても、私が許せなくなる。そうなったら、もう一生ちぃの顔は見れない。あいつがこれからもここにいることより、そっちのほうが耐えられない」
「……」
空の想いに胸が締め付けられる。そんな俺達の日常を壊したあいつには更に怒りが増していくが、空が決めたことに俺が口を出すわけにもいかない。
俺は、俺の出来ることをするだけだ。あいつの心を折り、プロへの道という支えを壊す。そして、俺たちの前に二度と顔を出したくないと思わせる。
そのために俺はもっと強くなろう。強くなって、あいつを壊す。これが今の俺の出来る、精一杯の仕返しだ。これなら誰にも迷惑はかからないだろう。
「あと、動画のことは安心して。一応今日あいつに聞いたけど、本当に動画なんてなさそうだったから。それが嘘だとしたら、俺が絶対に許さないから」
「……うん、ありがとう。でも、無茶なことだけは絶対にしないでね。約束して」
「うん、わかった」
そうして俺等は、今までとは違う、恋人ではない友人の距離感で帰宅した。
自宅の最寄り駅につくと、海が居た。
「あ、ちぃにいおかえり!」
「あれ海、ただいま。こんな時間までどうしたの? 待っててくれたの?」
「うん、ちょっと本屋さんに用事があって……それで時間が遅くなっちゃったんだけど、この時間ならちぃにい帰ってくる頃かなって!」
「嬉しいけど、中学生がこんな時間に駅前にいるなんて危ないよ? 最近は、変な人も多いだろうから」
俺は、パパ活とかそういうのを求めてる男がいるかもと心配したが、海は無邪気な笑顔で答えた。
「大丈夫! さっきまで人の多いお店で待ってたから!」
「それでも心配は心配なんだけどね……でも、ありがとう。帰りも会えて嬉しいよ」
そう言って海の頭を撫でると、少し恥ずかしそうに笑った。
「うん! って、あれ? 今日はお姉ちゃんも一緒だったの? もうちぃにいと仲直り出来たの?」
ようやく俺以外のところにも視線がいったみたいだ。それだけ俺しか目に入ってないってことか。うん、照れくさいな。
「ただいま海。ちぃが、私のしたことを許してくれてね。幼馴染に戻ることにしたの」
「そうなんだ、じゃあまた3人で一緒にいられるんだね!」
「うん……そうね……」
空は思うところはあるが、それは自分のせいだと自虐的な考えを浮かべているようだ。まだ元通りとは行かないが、きっと時間が解決してくれるだろう。
「じゃああんまり遅くなるとおばさんも心配するだろうし帰ろうか。空、一応おばさんに海も一緒にいるって連絡いれといてもらっていい?」
「うんわかった」
「いーなースマホ……私も持ってたら、ちぃにいといっぱい通話出来るのに!」
「そうね……最近物騒なことも多いし、防犯にもなるから、私からもお母さんに頼んであげる。海ももう大人だしね」
「お……大人……えへ……」
海が不気味な笑顔を浮かべている。……もしかしたら、この間のキスを思い出してるのだろうか。……いかん俺も思い出してしまって顔が熱くなるのがわかる。
「……海はまだ中学生だから、あれ以上のことはまだ早いからね」
空が側に寄ってきてぼそっと呟いた。お前!告白だけじゃなくてその後も着いてきてたな!?あとでストーキングはやめろと説教しておこう。
「そろそろ帰ろう。どんどん遅くなっちゃう」
「うん!」「ええ」
そうして俺たちは3人で歩き出した。
海と手を繋いで、その後ろを空が着いてくる形。うん、すごい気まずい。何か明るくなる話題はないかと探すが思いつかない。そんなことを思っていると海が口を開いた。
「そういえば結局聞いてなかったんだけど。どうしてちぃにいとお姉ちゃんは別れちゃったの?」
明るい話題を探していたのに、爆弾が投下された。さてどうするか……と思っていたら空が答えた。
「うん……私がバカなことをしてしまって……海にはちゃんと知っといてもらいたいから、少し時間をもらえる?」
「……話すのか?」
「うん、これが私のけじめだから。ちゃんと皆に伝える」
「そっか……」
空がやりたいというなら俺に口を出す権利はない。
「じゃあ少し長くなりそうだから……昨日の公園にまた寄っていこうか」
「わかった。海もそれでいい?」
「うん大丈夫だよ!」
俺たちはそのまま公園まで歩いていった。
そして公園に着いた空は、これまでの出来事を海に話した。
「そっか……そんなことがあったんだ」
海は静かに聞いていたが、話が終わると口を開いた。
「……私も、お姉ちゃんを許すよ」
その反応に空は驚いていた。
「でも、私は……ちぃを裏切って、傷付けて……」
「理由があったんでしょ? それがちぃにいのためっていう理由なら、私から怒ることもないよ。それにもう、ちぃにいは許してるんでしょ? だったら私が怒り続けてもしょうがないよ」
「……ありがとう海……」
空が海に抱きついて泣いていた。よかった、この仲良し姉妹の仲が崩れることがなくて……
でもここで海が、更に爆弾を投下した。
「でも、そういう理由ってことは……お姉ちゃん、まだちぃにいのこと好きなの?」
「それは……」
チラっとこちらを確認するが俺には何も言えない。こればっかりは俺に口を出す権利はないだろう。
「うん……ごめんね。海がちぃのことを好きだったのを聞いて……海は今まで応援してくれてたんだから、私もちゃんと二人を祝福しようとは思ってるんだけど……好きな気持ちは変えられてないの。ごめんなさい」
ちゃんと空の口から、まだ好きだと言われると思うところがないわけではない。でも俺は、海を幸せにすると決めた。だから、その想いに答えるわけにはいかない。
「そっか……わかった! でも絶対に、お姉ちゃんに譲ったりしないよ! 私はもう戦うって決めたの! ずっと我慢してきて、やっと手にいれたの! もう絶対に手を離さない! それがたとえお姉ちゃん相手でも!」
「うんわかってる。私も二人の邪魔はしないから。でも、幼馴染でいることは許してほしい。これまでなくなると……」
「そこまで縛ったりはしないよ!私はちぃにいのことを信じてるから!」
そこで俺に話題がきた。
「うん俺も。空のことを好きだった気持ちは捨てきれてないけど、でも今は海が一番だよ。一番好きだ。絶対に離さない、約束するよ」
そう言うと、海が抱きついてきた。
「ちぃにい! 大好き!」
俺は海を抱きしめた。それを、悲しそうで、でも嬉しそうに空は見ていた。
――――――――――――――
私は、二人のことを後ろで眺めながら歩いていた。
ちぃの横は、私の場所だったんだけどな……でもそれを捨ててしまったのは自分。後悔してもしきれない。
海の想いも聞いてしまった今、海からちぃを奪いたいという思いもない。二人には絶対に幸せになってほしい。だから、たぶん私は邪魔なんだと思う。
でもちぃから離れることも出来ない。頭の中がグルグルするが、結論がでることはなかった。
そして、海に聞かれ、私は正直に話をした。ちぃを裏切り、ひどいことをしたこと。でも、それでもまだ、ちぃを好きでいること。全部話した。
それでも海は許してくれた。あぁ、本当に海はいい子だ。こんな子を悲しませる存在には絶対になりたくない。ちぃも海も、もう絶対に裏切らない。
でも、まだ少しだけ、ちぃを好きで居させてほしい。ただのわがままだけど、許してほしい。きっと、いつか、時間がたてば諦められると思うから。
だから少しの間だけ……。
そうして家の前まで歩いて、別れの時。
「じゃあ、空も海も、おやすみ。また明日ね」
「うん!おやすみちぃにい!また明日!」
「おやすみさない、ちぃ」
別れの言葉を言い合い、あとは家に入るだけだった。だけど私の足は動いてくれなかった。
こうやって、一緒に帰れる機会もこれからは少なくなって行って、ちぃと海はずっと一緒にいるようになるのか。と考えるとまた頭がグルグルしだした。
突然動かなくなった私を、ちぃも海も心配そうにしている。駄目だ、ちゃんとしなきゃ。二人の前ではちゃんと幼馴染をしなきゃ。
そう思いはするが、やはり動けない。それどころか、家に帰ろうとするちぃの裾を掴んで止めてしまった。
ちぃはなんとも言えない表情をしていたが、海に声をかけた。
「あーごめん海、あと少しだけ空と話してから帰るから。先に家に帰っといて。おばさんも心配してると思うし」
「……わかった、じゃあまたね!」
そういって海だけ帰した。
私とちぃの二人きりになる。
「あー……もう胸を貸すことは出来ないけど……背中なら貸せるよ?」
そう言われた瞬間、私はちぃの背中に顔を埋めた。ごめんね。これを最後にするから……。
そして私は泣き続けた。
ちぃはそれを黙って受け入れててくれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後悔してる女の子を書いてる瞬間が、一番生を実感する
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