閑話どこかでズレた(名鳥視点

俺は要領がいいやつだった。

子供の頃からのらりくらり、何にも本気になることはなく、でもそれなりの結果を出して。こんなもんなんだって、ずっと生きてきた。


でも、中学校に入り、その考えは一変した。藍川 千尋に出会った。

最初は『なんだこの陰キャは。入る部活間違ってんだろ』くらいの気持ちだったが、すぐに変わった。

小学生の頃から、親に言われて始めた野球だったが、別に他にやりたいこともなく、ダラダラ続けていた。中学でも部活が強制だったので仕方なくやることにした。


千尋は野球部に入ってきたが未経験らしく、最初は本当にただの素人だった。ただ、才能があったらしく、すぐにピッチャーを始めた。俺も、ピッチャーをやっていたので、色々質問してきて、鬱陶しいなぁくらいに思ってた。

でも、2ヶ月もする頃には抜かれていた。本当にすごいやつだった。練習する量も一緒で、やってることも一緒なのに、すごい勢いで伸びた。あまりにすごかったので、練習時間以外でもなにかやってるのか聞いてみた。答えは別段面白くなかった。動画を見たり、本を読んだり、野球経験者であるらしい父親に、アドバイスをもらっている、それだけだった。

ただそれだけで、こんなに差が出るのかと。俺は腐った。これが才能かと。不貞腐れながら練習をし、家に帰っても不貞腐れて。

でも違った。たしかにあいつには才能があったんだろう。でも、ちゃんと努力もしていた。

ある日、給食が終わった後、友達と駄弁っている時、なんとなくあたりを見たら、千尋がいた。あいつは、かじりつくように本を読んでいた。『陰キャは友達なんていないから、一人で暇を潰すのが大変そうだなぁ』くらいに見ていたが違った。

一生懸命なだけだった。あいつは、やると決めたらとことんやるタイプだった。その読んでる本も野球関係だった。練習の時間も本気なのに、こんななんでもない時間でも本気だった。

俺は、素直にすごいと思った。自分はなにかにこんな一生懸命になったことがなかった。もし、俺も本気でやれば、もしかしたら……。と思うようになった。


そこからの俺は頑張った。まず、ピッチャーをやめた。千尋がいる限り、永遠の2番手だ。だったら、あいつの球を捕るキャッチャーはどうだろうと、ポジションチェンジをした。

最初の頃は四苦八苦だった。でも、努力をした。今まではしてこなかった努力を。そしたら、2年生でキャッチャーのレギュラーを取れた。嬉しかった。自分が本気を出して、初めて得たものだった。

それからはずっと千尋と組んだ。あいつの球はどんどんよくなって、それに引っ張られるように、俺もどんどん成長した。

こいつとなら、もしかしたら俺も高みに……なんて思っていたが、あいつが誘われた高校に、俺は声をかけられなかった。悔しかった。だから追いかけた。一般の入試でなんとか入れた。これで、高校の間も、あいつに引っ張っていってもらえる。そんな甘い考えが、よくなかったのだろう。


俺は、高校に入ってモテた。身長が一気に伸び、目立つようになった。元々友達は多いほうで、交友関係も広かった。そこで会った女と、体の関係になった。

そしてそれが、自分を増長させた。どうやら俺は、才能があったらしい。エッチの才能が。最初の女に、すごく褒められた。

それ以降にやった女たちもみな、俺を褒めた。俺は天狗になった。練習にも力が入らなくなった。アドバイスをくれる先輩にも、でも俺は女に褒められるぜ、セフレも沢山いるぜ?と見下し始めた。千尋も彼女はいたが、お前はちゃんと満足させられてるのか?と下卑た思いを抱くようになった。


そこからの俺は、坂を転げ落ちているのだが、自分では気付いてなかった。


他のことだが、自信は自信だ。この自信が、野球にも生きた。対戦相手にも、俺のほうが上だ。と思うようになり、成績もぐんぐん伸びた。

俺はこのままならプロになれるかも知れない。と更に増長した。練習後にセフレを呼び出しては自信をもらい、それを結果に繋げた。

そんな生活のまま、2年になり、3年達が引退した。これで、俺の天下だ。千尋をうまく使い、俺はプロになる。プロになったら、もっといい女を手にいれて、そいつに自信をもらう。そうすれば、俺は一生輝ける、そう思っていた。

だがその願いはあっけなく壊れた。千尋が駄目だった。あいつは、先輩キャッチャーの時は、たまにメンタルの弱さがでてはいたが、どうにかなっていた。でも俺が相方になった途端、ボロボロになった。

そして俺はそれを、あいつの責任だと思った。あいつがちゃんとやらないから。俺はやっている。責任をすべて押し付けた。

結果、あいつがよくなることはなかった。俺は苛ついていた。俺が憧れて、一緒にやりたいと思った奴は、あいつじゃないと。こんな情けない奴じゃないと。


そんなある日、あいつの彼女の涼木に相談を持ちかけられた。俺はほくそ笑んだ。

俺は、あいつにこんな苦労をさせられている、少しくらい旨味があってもいいだろうと思った。だから、バカな提案をした。でも、涼木もバカだった。渋っていたが、提案に乗ってきた。

そこからは楽しい生活だった。あいつの苦労を見ながら、裏ではそれをバカにするように、抱いてやった。でも、別段そこまで面白くはなかった。顔が好みなわけでも、体が好みなわけでもなかった。反応もないし、つまらない女だった。でも、あいつへの嫌がらせ、その一点で呼び出し続けた。

他にもっといい女のセフレが沢山いたので、そこまでしょっちゅう呼び出していたりはしない、精々月に、2回くらいだった。呼び出す時は決まって、俺があいつに苛ついた時だ。当てつけで抱いて、ストレスを発散してるだけだった。

だがそんな生活も長くは続かなかった。バレた。


俺はまずいと思った。学校では、一応優等生の皮を被っていた。今のプロのスカウトは素行なんかもきっちりみてるようだ。だから俺は、優等生を演じていた。部活もたまにサボってはいたが、練習の後でもやれるセフレは沢山いた。だから俺が、部活をサボって呼び出す相手はだいたい涼木だった。

あいつが練習中に呼び出せば、バレることなんてないと思っていた。

でもあの日、ボロボロのあいつを見て、俺は我慢ができなくなり、すぐに涼木を呼んだ。それが失敗だった。

クラスメイトに親友の彼女を寝取るやつだなんて思われたら、これまで築き上げてきた信頼が失われちまう。今の世の中、どこから情報が漏れるかわからない。俺がプロになった後、クラスメイトに「あいつは、高校の頃に親友の彼女を寝取ったクソやろう」とでも流されたら、それが真実だなんてバレたら。今のプロは、浮気一つで謹慎、クビになったのも見たことがある。

俺の栄光の道に影が差しちまう。だから俺は、あいつにすべてをなすりつけることにした。この作戦には涼木の協力が不可欠だったので、要請を願ったが断ってきた。だから脅した。動画なんてあるわけない。そんなもの、武器にもなるが弱点にもなる。よく動画をとって脅してとか見かけるが、自分から証拠を残してどうする、バカか?といつも思っていた。でも今回は、そんなバカな作戦にすがりついた。俺もバカだった。


そしてそれは失敗に終わった。涼木を脅してまでたてた作戦だったのに、あいつ一人に覆された。なんでだよ、いつものお前のメンタルじゃそんなこと出来なかっただろ!と憤るが、意味はない。

クラスでの人望も失い、脅しをかけたという状況だけが残った。最悪だった。チャットでやってしまったから、証拠も残っている。今更消しても無駄だろう。一応消してはおくが。

幸い、脅しをかけたことはまだバレていない。涼木も巻き添えで人望を失っているから、すぐに喋ることもなさそうなのが唯一の救いだった。

こうなったら、あいつに媚びを売るしかないと思い、部活にでた。そして、球を受けた。

別人だった。いつもは捕れていた球だったのに、全然捕れなかった。ストレートでさえも手が痛く、涙が出そうだった。変化球に至っては、ミットにかすることもなかった。

なんでだ?まさか、今まで手を抜いていたのか?俺に合わせて?

俺のプライドはズタズタだった。今まで見下してきた相手から、情けをかけられていた。そんなこと、認めるわけにはいかない。だから俺は、やり続けた。

そして、フォークは俺を壊した。俺の中学からのキャッチャー人生を、すべて否定された。奢っていた自分に気付かされた。

痛みが収まるまで横で見ていたが、後輩の坂下は俺だった。理想の俺だった。あいつのどんな球にも物怖じせず、華麗に捕球していた。捕るだけじゃなく、アドバイスまでしていた。どうしてそこに、俺はいないんだ。そこは、あいつの球を受けるのは俺の場所だったはずなのに……。


そうして部活後、俺は鬱憤を発散するためにいつものようにセフレを呼び出した。そこで俺は、自信の源を失った。


勃たなくなっていた。






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名鳥の趣味は年上、セフレもだいたい年上です

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