第10話間違いを犯した(空視点

私は間違えた。


最初に間違えたのは高2の冬だった。


高2の夏までは順風満帆で、ちぃと過ごせていた。しかし、その幸せは長くは続かなかった。

ちぃがスランプに陥った。実力的なものなら、練習で取り返せたのかも知れない。でも、ちぃのそれは、メンタル面だった。


そんなちぃは、練習に明け暮れるようになった。私はそんなちぃを支えられるように栄養学などを勉強して、サポートをはじめた。

食事に気を使い、無茶をするちぃに万が一などがないよう、常に見守り続けた。

4ヶ月ほど、試行錯誤をしていたが、改善は一向に見られなかった。

そして私は悪魔に声をかけられた。



「おい涼木~千尋はどうしちまったんだよ…去年までこんなんじゃなかったろ!」


私に話しかけてきたのは中学からのちぃの親友、名鳥君だ。


「名鳥君…ごめんね…ちぃは思ってたよりプレッシャーに弱かったらしくて…秋からは頼れる先輩達もいなくてさらにエースになって…それでプレッシャーに潰されてしまってるっぽいの…」

「そりゃ多少のプレッシャーはあるだろうけどよぉ…正直試合で投げられるレベルじゃなくなってんぞ!ランナー出したら一人でテンパって自滅して、ランナー出さなくても相手に飲まれて自滅して…こんなんがエースじゃ来年の夏もよくて準決勝止まりだよ!俺は中学の時のあいつのピッチングに惚れて一緒の学校に来たんだぞ!これじゃ俺のプロ入りも怪しくなっちまうじゃねーか!」

「うんごめん…でももう少し待ってほしい…今ちぃは練習休みの日も必死に自主練してるし、メンタル改造の本とかも読んで努力してるの!だからキャッチャーの名鳥君もプレッシャーをかけずに見守ってほしいの…」


ちぃは今少しずつだけど良くなってきている気はする。でも今ここで名鳥君にも見放された、壊れてしまう可能性がある。そんな状況は絶対に避けたい。


「はぁめんどくせーな!なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ!もう俺がお前の球は捕らない!って言っちまえばあいつも諦めるだろ!そうすりゃ他のピッチャーが投げるようになって多少は勝率も上がるだろ!俺がキャッチャーやってりゃそれなりの投手でも勝たせられるしよぉ!」


すごい自信だ。何がこんな自信満々な態度にさせてるのかわからないが、このメンタルだけはちぃにも見習わせたい。

とはいえ、これはとてもまずい流れだ。このままちぃがピッチャーをやめてしまったらプロ野球選手になれない以前に、自信を無くし、一生弱気のまま、悲しい人生になってしまうことになる予感がする。

それだけは嫌だ。私はちぃの笑顔が好きだ。ちぃの笑顔は絶対に守り通す。


「お願い…そんなこと言わないで…私に出来ることならなんでもするから…だからちぃを支えてあげて…」


この時言った言葉をしばらく後悔することになるのだが今の私は気づかない。

それを聞いてニヤリの下卑た笑いを浮かべる名鳥にも気づかない。


「まぁそこまで言うならしょうがねぇな。仕方ねぇからしばらくはあいつの球捕って、アドバイスしてやるよ。」

「ありがとう名鳥君!」


私はのんきにも感謝の言葉をのべていた。


「あぁ。じゃあお前、今日から俺のセフレな。俺が呼び出したらすぐ来いよ!来なかったらこの約束もなしだからな!わかったな?」



何を言っているのかわからない、私の頭は真っ白になっていった。



そこからは地獄のような生活だった。

あいつは危険なことはしてこなかった。ゴム無しや、周りにバレるような状況などでは関わってこなかった。自分もプロを目指しているので、危機管理はなかなかだった。他にもセフレがいるようで、私に執着することもなかった。

1回なぜ、こんなことをするのか聞いたら、ちぃに対する嫌がらせだと言っていた。真性のクズだった。

私は我慢した。幸い、あいつは期限を設けてくれた。ちぃ達が部活を引退するまで。それ以降は関わらないと。

その言葉を信じてあと数ヶ月、我慢すればいいんだと言い聞かせた。


でもちぃは、一向によくはならなかった。あいつのアドバイスとやらはまったく効いてない。

あいつと体を重ね、それが意味もない。心がどんどん壊れていく気がした。そして自分の心の防衛本能なのか、最近はあいつに抱かれることに抵抗感が薄くなっていった。


そして、あの練習試合の日、私の守りたかったものはすべて壊れた。

試合の結果に機嫌を悪くしていたあいつに、トイレの裏に呼び出され、キスをされているところをちぃに見られたのだ。

最近はうまく抵抗することが出来なくなっていた私は、そのまま家に呼び出されていた。でもその後、スマホを確認するとちぃがトイレに行くと書いてあった。

まさか…この外のトイレに来たんじゃ…。慌てて確認のチャットを送るが既読も反応もない。私はどんどん焦っていき、追撃のチャットを送るがやはり反応はない。

もしかしたら、もう家に帰っているのかも。そう思い帰路に着き、ちぃの家の前を通るとちょうどちぃママがでてきた。


「あら空ちゃん今帰り?ちぃ、さっき帰ってきてたわよ?一緒に帰らなかったの?」

「こんにちわちぃママ。ちょっとすれ違っちゃって…チャットも反応ないから心配で見にきたんです。」

「あの子なら、帰ってくるなり挨拶もなく、自分の部屋に行っちゃったわよ、反応もないなら、寝てるのかしら?」

「あ、なら大丈夫です。心配してただけなので。起きたらきっと反応してくれると思います。」


そう言って自分の部屋に戻り、もう一度チャットを確認すると既読が付いていた。よかった、とりあえず事故などの心配はなかった。

それから、もう一度チャットを送って反応を待つ、既読は付いた。


しかし、ちぃから驚愕のものが送られてきた。

私とあいつがキスをしている写真だった。手足が震え、冷や汗が止まらない。

あぁ…やっぱりちぃはあそこにきたんだね…。都合のいい方向に考えていた頭の中は、何も考えられなくなっていた。

写真とともに、別れましょうとチャットもきていた。なんとか言い訳を考えて、返信しなくちゃ。でも、手も足も震え、頭は働かない。

返信できずにいる間に、ちぃから長めのチャットが飛んできた。一つ一つ、その働かない頭で確認する。


無言の肯定?違う、別れたくなんてない!肯定なんてしていない!

絶縁…?そんなこと、ありえない。私達は生まれた時から一緒にいるのに…。高校を卒業後はもう会わない。そんなこと、絶対に嫌だ、ちぃとは死ぬまで、一緒にいたい。

あいつと私が付き合う…?これが一番ありえない!あいつのことなんて好きでもなんでもない!好きなのはちぃだけ!信じて!お願い!


そう返信したいが、手足の震えがさらにひどくなり、うまくタップできない。

そうしていたら、またチャットがきた。もしかしてちぃ!?と確認するとあいつからだった。


『おいまだこねーのか?裏切るなら、千尋にバラしちまうぞ?』


あいつには時々、こういう風に脅されてた。あいつも、ちぃにバレると面倒だとわかっているので、口だけだとわかっているのだが、私はこれを言われると言うことを聞かざるを得なく、体の良い脅し文句にされてた。


こいつのせいで…。そう思うと、ちぃに返信するより、こいつに対する文句を言いたくなり、こっちに返信していた。ここが間違いだった。ちぃに、すぐ訳を説明し、謝罪できていれば、きっと未来は違っただろう。でも、もう遅い。


『ちぃに私達の関係がバレた』

『はぁ?どういうことだよ?』


すぐに返信がくる。


『そのままよ、今ちぃから、あんたとさっきキスしてた写真が送られてきて、別れようって。』

『マジかよ…面倒なことになったな…』

『私はちぃに謝罪するから、あんたも考えときなさいよ。』

『はぁ?なんで俺が!俺をお前らの痴話喧嘩に巻き込むなよ!』


こいつはほんとにとことんクズだ。


『もう写真も撮られてるんだから、どうしようもないでしょ。私は謝って、許されるまで謝り続けるわ。』

『まさか、俺との関係まで喋るんじゃねーだろうな?』

『話すに決まってるでしょ、元はといえばあんたのせいなんだから。』

『ふざけんな!そんなことされたら、俺が今まで築いてきた地位まで終わっちまうじゃねーか!』

『そんなこと言ってもしょうがないじゃない、諦めなさいよ。』

『ちょっと待て、今考えるから!早まるんじゃねーぞ!』


こんなやつを信じてもしょうがないが、もし、もしかしたら、何が逆転の策を思いつくかも知れない。私は待ってしまった。そして後悔する。


『よし、あいつが浮気してたことにしよう!それでお前が傷ついて、それを俺が慰めてたことにするんだ。それなら、写真のほうはその時の写真ってことで誤魔化せる!あとはクラスメイトに断罪されて、傷つき、一人ぼっちになってるあいつにお前が近づくんだ。そして、めいいっぱい甘やかして、支えてやれ。そしたらあいつも、もうお前に依存して、離れられなくなるからよ!』


本当にバカみたいな策だった。


『そんなのが通るわけないでしょ。』

『だけど…あいつの性格を考えろ。たとえそれが嘘でも、クラスメイトに強く言われて、反論できると思うか?俺は出来ないと思う。それに写真があるって言っても、お前のことを大切に思っているあいつのことだ、それをクラスメイトの前で晒すようなことはしないと思うんだ!それならまだ、ワンチャンありそうだ!』


こいつの自信満々の発言に、少しずつ精神が汚染されていく。


『あと、俺があいつが何か言う前にクラスメイトを言いくるめてやる!あのメンタル弱男がなんか言ってくるとも思えねぇが、どうせまともに喋ることも出来ねぇはずだから、あとはでけー声で威嚇するように喋ってやりゃ、あいつも黙るだろ!それでクラスメイトを俺たちの仲間にできりゃ、もう勝負ありだ!あとは傷心のあいつにお前が近づいて、謝ればいい。そんな傷心中なら、お前の謝罪の言葉を受け入れやすいだろう。』


こいつの甘言に惑わされてくる。だが、いくらバカでもこんな策には乗れない。


『無理に決まってるでしょ。大人しく一緒に謝るわよ。』

『お前に拒否権なんてねーんだよ!クラスでもバレたら、お前の立場も終わるんだぞ!』

『クラスでの立場なんかより、ちぃと少しでも一緒にいられる可能性のほうが大事よ、悪いわね。』


しかし、こいつは本当に悪魔だった。


『だったらお前とのハメ撮り、ネットに流すからな!』


その言葉を聞いて、私は目の前が真っ暗になった。


『…そんなもの、撮ってないでしょ。』

『1回内緒で撮ってたんだよ!もし反抗されたら面倒だからな、脅し用だよ!』

『…卑怯よ。警察に言うわ。』

『警察になんて言うんだよ!セフレに脅されましたってか?親にもバレるぞ!』


親には、ちぃとのことを祝福されている。それが、セフレとのハメ撮りどうこうなんて、相談できるわけがない。


『お願いだから消してください…。』

『だから今回の作戦、手伝うなら消してやるよ。何、お前は何も言わずにただ黙ってりゃいいよ、あとは俺がなんとかするから。』


もう私に抵抗する術はなくなった。


『大丈夫だ、落ち着いたら、千尋の浮気は勘違いだったってみんなに謝ってやるからよ、それなら千尋もまたみんなから受け入れられるだろ!』

『…ほんとでしょうね。』

『こんなこと、嘘つかねぇよ!じゃあ明日のために、今からクラスのグループチャットに書き込みするから、お前はなにもするなよ!クラスメイトにも返信するな!』


そうして、作戦は決行されてしまった。

もう私にできることは、誠心誠意ちぃに謝り、みんなの悪意から守り、癒そう。それだけだ。





しかし、結局何一つ、うまくいく事はなかった。

ちぃが、強かったのだ。今までのちぃでは、ありえないほど。


結果として、あいつのおかげで、ちぃは本当に強くなれたのかも知れない。

でもこれは結果論だ。私がしたことはただの裏切り。恋人と親友を貶めようとした私達は、クラスでの地位を失った。

でも、そんなことはどうでもいい。ちぃの隣にいる権利を完全に失った。

私はもう、すべてがどうでもよくなった。もうちぃに関わるのはやめよう。私からの謝罪など、受けても興味ないだろう。親にも、私のせいで別れた話しをすれば、ちぃには迷惑をかけない。

強いて言えば、ちぃに害意しかなさそうなゴミを巻き添えにできたことだけが、私の誇れることだった。これを支えに、残り少ない高校生活を過ごせる。

そして卒業したら、二度とちぃの前には姿を見せない。でも、勝手に好きでいることだけは許してほしい、これがないと、たぶん生きていけない。

ちぃを見ると、クラスメイトと楽しそうに談笑していた。あぁ、願わくば、そこに自分が入れたらよかった。あいつと関係を持ってしまった冬から、後悔しかなかった。


休み時間はすべて外に逃げていた。そして昼休み、もうちぃには二度と渡せないお弁当を持って、人のいないところに逃げようと思っていたらこころちゃんが追いかけてきていた。


「空…。どうしてこんなことになっちゃったの…?一体何が嘘で、何が本当なの…?」


こころちゃんは悲痛な顔で私に聞いてきた。うん、こころちゃんにはちゃんと全部伝えよう。それが親友に対するけじめだと思う。

そして私はすべてを語った。


「全部‥全部悪いのはあいつじゃない!!!なんで…なんで空がこんな目にあわないといけないの!?」

「違うよ、体を許したのも、冤罪をかけてちぃを貶めようとしたのも、全部自分で選んだことだよ。」

「でも…。なんで…そんな選択をしちゃったの…。」

「今、すごく冷静になってるんだけど、わからないんだ。昨日までの私の気持ちが。とにかく、ちぃと別れるのだけは絶対に嫌だ。その想いだけはたしかだった。その結果がこれ。」


もう取り返しが付かなくなって、そこでやっと冷静になるなんて。


「こころちゃんも今までありがとうね。もう、今の私は何も持っていない。もう、私の友達を続ける必要なんてないんだよ。」

「そんなこと…!」

「ううん、違う。こころちゃんまで、巻き込まれて欲しくないんだ。一番の親友だったから。私はこれ以上、自分を嫌いになりたくない。親友も巻き込んでしまったら、そんなの、耐えられないの。」

「…。」

「もし、最後にお願いを聞いてくれるなら、ちぃを見守ってあげて。今はなぜか、良い方向に性格が変わってるみたい。でもまた、いつか弱気な性格に戻ってしまうかも知れない。その時、私はもう支えることが出来ない。だから、この高校生の間だけでいいの。お願い。」


そういうと、こころちゃんは泣きながら、笑った。


「あなたたち、二人して、私に相手のことをお願いしてくるのね。本当に、お似合いだったのに。それが、どうして…」


どうして…本当にどうしてなんだろう。どこで間違えたのかも、もうわからないや。

これからの私は空気になって、ただそこにいるだけの存在になろう。でも、今だけは、ちぃのことを見ていることを、許してください。



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本当に申し訳ありません、自分のミスです。

空は元々、メンタル強男が主人公ということで、許す枠のヒロインの予定でした。

しかし、自分が小説を執筆するのがはじめて、かつ、1話しか書いてないのに投稿するという無謀なことをしてしまったので、毎日執筆に明け暮れてました。

空の話は1話を書いたあと、すぐに書いてあったのですが、ざまぁものだから、ざまぁ先に書いたほうがいいかと思い、先にざまぁを上げました。その結果、空へのヘイトが高すぎて、空の話しを入れるタイミングを見失いました。

そのせいで、空はざまぁされる枠だと思った読者さんからのコメントを見て、ストーリーを変えようかと思ったのですが、そこを変えると、途中で終わる予感がしたのでプロット通りに行くことにしました。皆様には勘違いをさせて申し訳ございませんでした。

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