第6話メンタル強男は破壊する(金

そこからは一方的な蹂躙劇だった。


スライダーは何球投げてもミットにもかすらず、カーブを投げれば追いかけて、流れてしまうようなキャッチングになっている。これを見て監督が声を荒げる。


「おい名鳥!全然捕れてないじゃないか!いつも練習をサボっていてそれじゃあ、話にならんぞ!」

「す…すみません!でも今日は…調子が…。」


だんだん声が小さくなり、最後の方はもはや聞こえてない。


「そんなんじゃ、次からの試合は出せんぞ!ちゃんとやれ、ちゃんと!」

「はい!頑張ります!」


大きな声で返事をするが、まだ戸惑いは隠せない。

それじゃあ、止め。行きますか。

俺は人差し指と中指でボールを深く握った。そしてそれを見せつける。


「じゃあ次はフォークいくぞー!捕れなさそうだったらちゃんと体で止めてくれよー!」


それを聞き、勇の体はびくんと跳ねる。こいつはプライドが高いから体で止めるなんてこと、やってきてないからな。ミットで捕るしか選択肢がない。


「わかってる!さっさとこい!」


ピタっと低めにミットを構えた。うん、いい高さだ。そこならちょうどだろう。



「フッ!」


球が指から離れ、ミット向かっていく。うん、ジャストだな。


ゴッ


その球はミットに吸い込まれることはなく、そのまま勇の玉に吸い込まれていった。


「ガッッッ!!!」

「っしゃあ!!………オイダイジョウブカ?」


一瞬心の声が漏れてしまったが、急いで取り繕い、心配するふりをし、駆け寄っていった。


「ガ…あ…お前…今…喜んで…」

「ソンナワケナイダロ、ダイジョウブカ?」


背中をさすりながら声をかける。マスク越しに確認するが、ちょっと涙でてる、よしよし。

監督も心配そうに駆け寄ってきた。


「おい名鳥、大丈夫か?捕れないと思ったら体で止めんと危ないぞ!」

「かっ…ひゅっ…」


勇はまだ答えられないようだ。


「おい本当に大丈夫か…?…ってお前、なんでファールカップをつけていないんだ!?」


そう、こいつはいつもファールカップをつけていないのだ。監督に声をかけられているが、まだ悶絶している。


「あー、勇が答えられないみたいだから俺から話しますけど。こいつ昔からつけてないんですよね。あんなのつけるの二流だけだ、俺みたいな一流はボールをそらすことなんてないからいらねぇ、って言ってて。」

「そんなバカな!プロの選手だってみんなつけているぞ!というかじゃあ今までファールボールはどうしてたんだ!ファールボールなんて反応できないんだから、それこそ危険だろう!」

「うーん、そういえば勇の防具以外のとこにファールが飛んでるのって見たことない気がしますね、運がよかったみたいです。」


もしかしてこいつの長所って運だけなんじゃね?などど、勇の背中をトントン叩きながら考えていた。


「とりあえず一旦休憩してろ、その間は、他のやつに捕らせておくから!」


監督の言葉に、少し復活してきたのか、勇が反応する。


「いえ…まだいけます…やらせてください…!」

「いやしかし…とりあえずファールカップを…」


監督が余計なことを言いかけたので途中で割り込んだ。


「監督。俺からもお願いします!勇とはもう5年以上一緒にやってきてるんです!こんなことで終わりだなんて、悲しすぎます!チャンスをください!」


頭を下げ、懇願する。こんなところで終わったら、悔しい。そう、悔しい。


「うーむ…わかった。名鳥、次は捕れないと思ったら無茶をせず体で止めにいけよ!」


俺は頭を下げながらニヤリと笑う。そう、まだ残ってるもんな。ちゃんとやらないとな。

そうして俺はマウンドまで戻り、また握りを見せつける。


「勇!もう1回フォーク行くぞ!今度はちゃんと止めれくれよ、相棒!」


心にもない声をかけるが、勇は握りを見て怯えている。さっきの痛みを思い出してるのか。

でもお前がやったことで味わった俺の痛みも、結構なものだったからな。因果応報ってやつだ。諦めろ。


そして俺は構える。もう止まらない。覚悟を決めた勇が、低めにキャッチャーミットを構えた。

さっきは左だったな。なら次は少し右に調整して…。


俺はボールを放った。会心の軌道だ。そしてボールは、先程と同じようにミットを躱し。




股ぐらに吸い込まれていった。




「ガァっっっ!!!」

「ダボゥキルゥ!!………オイダイジョウブカ。」


見事なコントロールで、勇のもう片方を破壊した俺は、笑いをこらえながら近づき、また背中をさすってやった。


「オ…お前…まさ…か…わざと…。」

「え?なんだって?無理して喋るな、傷は浅いぞ!」


トントン、トントン。背中を叩くが勇はまだ復活しない。

監督が呆れ顔で近づいてきて声をかけた。


「もういい名鳥、一旦休んでろ。まったく、無茶をするなと言ったのに…。」



こうして俺の、復讐(物理)は終わった。でもまだだ、今度はその立場も失ってもらうとしよう。


「しかし…名鳥でも捕れないとなると他には…」

「監督!それなら大丈夫です!最近勇が練習に来てないときに、2年の坂下に受けてもらってたんで!あいつなら、今の俺の全力の球でも捕れると思います!」

「む…そうなのか?よし、坂下ー!ちょっとキャッチャーやってもらっていいかぁー!」


監督が大きな声で呼ぶと、近くで待機させていた坂下がすぐに寄ってきた。


「監督、わかりました!もう防具もつけてあるのでいつでも行けます!」

「お、準備がいいな、まるでこうなるのがわかってたみたいだな。」

「そんなことないですよ!じゃあいきます!」


うん、こいつは嘘がうまいタイプだな。キャッチャー向いてるよ、ほんと。




そこから先は特に何もなかった。

俺が普通に投げて、坂下が普通に捕る。最近の練習と一緒だ。そしてそれを見た監督が声をかけてきた。


「うん、普通にうまいな。坂下はなんでキャッチャーをやりたいと言ってこなかったんだ?」

「あー自分が入部した時は、3年にすごいキャッチャーもいたし、1個上にも名鳥先輩がいたので!俺は1日でも早く試合に出たかったので、空いてるポジション探しました!」

「なるほど、いい心がけだな。プロと違って高校野球のベンチ数は多くないからな。そうやって色んなところが守れる選手がいてくれると監督としてはありがたいな!」

「ありがとうございます!でも本当はキャッチャーがやりたかったんです!名鳥先輩が駄目そうだったら、自分をお願いします!」

「あぁ、わかった。とりあえず名鳥はあのサボりぐせをどうにかしてからだな、あんなのじゃ、スタメンにも入れられん!あと、藍川!今日の球はすごくよかったぞ。あとは課題のメンタル改善だな!それさえどうにかなれば、甲子園優勝も夢じゃないぞ!」

「はい、ありがとうございます!わざわざ見に来てもらってすみませんでした!」


その言葉を聞いて監督は守備練習をしてるメンバーのところに歩いていった。



「いやー先輩、やりますねぇ!名鳥先輩、変化球なんてまったく捕れてなかったっすよ!カーブはかろうじて捕球はできてたけど、あんなミット動いてたらゾーン入っててもストライクとってもらえないっすよ!ストレートだって、俺がキャッチャーならもっといい音出せるのに!って見てましたもん!」


おっとまた坂下のキャッチャー愛がでてきてしまっている。今日は結構疲れたからこれを聞かされるのはきついぞ。


「わかったわかった、今日は疲れたからまた明日な。昨日の疲れがまだ残ってたかも知れん。今日はもうあがることにするよ。」

「うっすお疲れ様っす!ちゃんとケアしてから帰ってくださいね!先輩無理しがちなんで!」

「あぁありがとな。じゃあ監督に声かけてから帰るわ。スタメンキャッチャーになれたらよろしくな!」

「はいっす!おつかれっす!」



監督に昨日の疲れが残っていると伝え、先に帰らせてもらうことにし、アイシングなどをしてから部室を後にした。

いつもより少し早い時間なので外はまだ暗くなってはおらず、人通りもまばらにはあった。



今日は本当に色々なことがあって疲れた。もうこれ以上の衝撃があるようなことはないだろう。などと考えながら帰宅していると、馴染みのある声で名前を呼ばれた。






「あれ、ちぃにい?今帰り?今日は早いね!」







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

金◯粉砕フォークが書きたかっただけの回。

たぶんこれ以降は大きなざまぁはなく、小さなざまぁ+日常回になると思うのでざまぁを求めてる人には物足りなくなるかも知れません。元カノはまだまだ出番あります。

続けて読んでくれたら嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る