第5話メンタル強男は破壊する(プ
そして何事もなく、放課後になった。
まぁ勇は相変わらず誰にも相手されず、空は休み時間のたびに教室から出て行ってたから何も起こらなかっただけかも知れないが。
昼休みは空が出ていったあとをこころちゃんが追いかけていってたので、もし空から今回の話などを聞けたらきっと報告してくれるだろう。今は俺が行っても良い方向には進まなそうだし。
なので俺は、ひとまずの日常に戻ろう。まずは部活だ。最後の大会まであと少ししかない、兎にも角にもまず練習。空のことは一旦頭から消しておこう。
「あ、藍川先輩、おつかれっすー!」
部室に入ると、元気に坂下が声をかけてきた。
「おー坂下、おつかれ。このあとまた投げ込みに付き合ってもらってもいいか?」
「オッケーっす、じゃあ先にブルペンいっときますね。」
「あぁありがとう。俺も準備したら行くわ。」
「うっす!じゃあまた!」
制服から練習着に着替え、グローブをもって外にでると、なんだか慌てた様子で坂下が戻ってきた。
「先輩大変っす!今日名鳥先輩、練習きてるっぽいですよ!監督にちゃんと練習に来いって説教されてたっす!」
「え?マジ?最近全然練習なんて来てなかったのになぁ…特に昨日みたいな試合の次の日なんて、ほぼ100%休んでたじゃん。」
「そうなんすよ!『1日中キャッチャーやるなんて疲れるんだから次の日くらい休ませろ!』って言ってますもんね。」
あーこれは…たぶん今日の出来事で友達もいなくなったし休んでもすることなくなったんだな?なら練習でも出るかとかそんなんだろう。
「はー、じゃあ今日はあいつと組むのか。嫌だなぁ、あいつ相手だと全力で投げれないんだよなぁ。」
「え?先輩、名鳥先輩と組んでる時、手抜いてるんすか!?」
「だってあいつ、俺の全力の変化球だと曲がりすぎて捕れないんだもん。しかもそれで俺のコントロールが悪いとか文句言ってくるしさ。」
「え…まじすか…俺の時も手抜いてます?」
怯えた表情で坂下が聞いてくる。
「いやお前は俺の球、きっちり捕ってくれるからな。いつも割と全力だよ。坂下がいなかったらもっと練習にならなかったよ。」
「そうっすか…たしかに、球受けてる時と後ろで守ってる時に投げてる球、なんか迫力が違うなぁって思ってたんすよね、ポジションが違うからそう見えるのかな?とか思ってたっす!」
「去年までなら先輩のキャッチャーだったから全力で投げれてたんだけどな、あいつと組んでからはどっちかっていうとコントロール重視だよ。」
「…それって、キャッチャーが違ったら去年の秋大会とかも勝ててたんじゃないすか?」
「いやあれは結局、俺の自滅だからな。コントロール重視でって言いながらフォアボール連発して、置きにいった球打たれてるから。完全に俺の独りよがりだよ。」
「でもそれじゃあ、いつまでたっても先輩は全力で投げれないじゃないすか。」
「それはそうだな、練習しようにもこないし、たまに来ても自分が捕れなきゃ俺のせい。うん、あいつ終わってんな。」
よくよく考えるとなんで俺はあいつを相棒になんて選んじまったんだろうな。…まぁ昨日のアレを見るまでは本当に親友だと思ってたからな。多少は遠慮してしまってたんだろう。
…あれ?でももう、俺があいつに気を遣う必要なんてなくね?親友だと思ってたやつの彼女を寝取るなんて、悪意以外のなにものでもないだろ。
あー、こうなったらもう少し、あいつには不幸になってもらうか。
俺はニヤリと笑いながら、坂下に提案した。
「じゃあさ、今日監督に俺の全力、見てもらうよ。で、それを勇が捕れなきゃキャッチャーを変えるか?ってなるかもじゃん!で、その時に坂下を呼ぶからさ、そしたらお前が俺の球受けてくれよ!」
坂下は驚いた表情をしながら聞き返してきた。
「え?いいんすか?先輩たち親友だったじゃないすか、そんなことしたら名鳥先輩、スタメンから外れますよ?」
「あぁいいんだ、諸事情によりもう親友でもなんでもなくなったから。なんなら敵?とにかくあいつに気を遣う必要なんてないぞ。」
坂下は黙って考え込んでいたが、意を決して答えた。
「わかったっす!俺だってずっとキャッチャーで試合出たかったですし、しかもそれで先輩の球を受けられるなんて、メリットしかないっすもん!」
「オッケ、じゃあとりあえず監督に聞いてくるから、俺等の様子見といてくれな!」
「うっす!がんばってください!」
そうして俺は、未だ説教されてる勇と監督に近づいていった。
「監督、お疲れ様です!」
俺は、説教中の監督に声をかけた。
「あぁ、藍川か、ちょっと待ってろ、今名鳥を説教中だから。」
「それなんですけど、せっかく勇が来てるのに練習しないのももったいないので、早く投げたいです!今日なんかすごく調子良い気がするんですよ!この感覚を忘れないうちに少しでも多く投げたいです!あ、あと監督にも見てもらいたいです!どこか変になってたりしないかチェックしてほしいです!」
「ん?そうか…まぁいいか。じゃあ、わかったな名鳥!天狗にならずにちゃんと練習は来いよ!他の頑張ってる奴らにも示しがつかないからな!5分くらいでブルペンに行くから、準備しとけ。」
「はい!わかりました!すみませんでした!」
勇が元気に返事していた。こいつ、こういうのはうまいんだよなぁ、大人に取り入るっていうか。まぁでもキャッチャーとしては微妙だけどバッティングは目を見張るものがあるからな。どっちにしろ、レギュラーは取れてただろうけど。
でもそのキャッチャーというポジションは、今日で降りてもらおうかな。あんなことされたんだ、多少の意趣返しは許されるだろう。
「わりぃ千尋、助かった。あのおっさん、説教が長くてよぉ…俺が練習に来てるんだから気持ちよく練習させろっての。」
監督から少し離れただけでこれである。ほんと終わってんなぁ、なんで俺、こいつの親友やってたんだ?
ていうかこいつ、なんか普通に話しかけてきてるし。まだ一つも謝罪の言葉なんて言われてないのに。俺ってホント舐められてたんだな。でも、それも今日で終わりだよ、じゃあな。
「いいよ別に、そんなことより早く球受けてくれよ、今日調子よくてさ、いい癖つけときたいんだ。」
「わかったよ。…まぁあのメンタルじゃ、試合じゃどうにもなんねぇけどな。」
最後にぼそっと悪口まで混ざってた。こいつ、泣かす。
ブルペンでまず捕手を立たせてのキャッチボールでウォーミングアップをしておく。
肩を温めて、改めて俺の全力投球を受けてもらおうか。
肩が温まってきたので、勇にキャッチャー防具をつけさせていたら監督が来たので、それを確認すると勇を座らせた。
「よーしじゃあまずストレートからな!本気で投げるから、とりこぼすなよ!」
マスク越しだから表情はよく見えないが、苛ついたようだ。
「俺がストレートなんてとりこぼすわけないだろ!さっさと来いよ!」
元親友との最後のバッテリー、楽しまなきゃな。そう思いながら、腕を上げ、強く振り抜いた。
ッパァンッ
いつもより良い音をキャッチャーミットが鳴らす。うん、いい感じだ。コントロールもいい。あいつが構えたところにジャストで投げられた。
これならとりこぼすこともないだろう。でもあいつは驚いているのか、止まってしまっている。
「おーい早くボール返してくれよ、もっと投げときたいんだ!」
「お…オッケぇ!ナイボォ!」
勇から球が返ってくる。顔は見えないが動揺は伝わってくる。
それからしばらくストレートを投げ続けたが、なんとかとりこぼすこともなく、球を受けられていた。
うーん今日はホント調子がいい。あいつのミットに吸い込まれるような球が投げられてる。でもここからは変化球だ。どうなるかな。
「次は変化球行くぞー!いいですか監督?」
「あ…あぁ、問題ない。」
監督も、いつもの俺の球と違い、驚いている。でも本当に見てほしいのはこれからなんだな。ちゃんと見ててくださいよ。
「じゃあまずはスライダーいくぞー!」
「あ…あぁ!よっしゃこぉい!」
いつもより手が痛いのだろうか、しきりにミットを気にしているが、大丈夫。もう手は痛くさせないよ。捕らせないからな。
「フッ!!!」
腕を振り、球の軌道を見つめる。うん、バッチシだな。ストライクゾーンから外れていく、良い軌道だ。
そしてその球はミットをかすることもなく、後ろの防護ネットに当たっていた。
「おーいちゃんと捕ってくれよ、良いところに投げられてただろ?」
ちょっと煽るように声をかける。
「あ…あぁ悪い!」
マスクを外し、ボールを拾いにいくが、その顔は困惑してた。
おいおい、そんな顔するなよ。まだこのショーは、始まったばっかなんだからよ。
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長くなりすぎたので分割しました。短くまとめるのってすごい難しいですね…
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