第06話 夢か、現か

—— それから、会えなかった時間を埋めるように過ごした。


 シスターが一人で帰って来た時のこと。

 シスターが亡くなったこと。

 孤児院が無くなってしまったこと。


—— 少しずつ互いの空白を埋めていく。


 城に連れて行かれてからのこと。

 仲間を見つけ、共に旅をしたこと。

 魔王を討ち果たしたこと。

 そして、殺されたことも ——。


「気付いてあげられなくてごめんね...」


 そう言って、また抱きしめられた。

 それだけで、心が軽くなった。


 別の世界で過ごしていたこと。

 突然この世界に連れてこられ、逃げ出したこと。

 勇者ユージンの記憶がある別人だということ。

 そして、今の自分は幸せに過ごしている、と。




 朝日が差し込んだ時、「あぁ、だから神はこの世界を ——」

 姉はそう呟き、教会に祀られた神像へと祈りを捧げる。


「(この世界はもうすぐ終わりを迎えるのでしょう。ですが神よ、せめてこの子だけでもお救いください。世界を救い、裏切られ、やっと手に入れた平穏すら奪うなど。神よ、どうか ——)」




—— 再び目を開いた時、教会の何処にも青年の姿は無かった。


 あれは私の見た夢だったのだろうか...。

 いや、たとえ夢であったとしても、やっと『おかえり』を言うことが出来た。

 それに、あの子が幸せに過ごしているのなら。


「神よ、その御慈悲に感謝を ——」


 もう迷いはない。

 彼女は、その最期の時まで神に祈り続けるのだろう。




——— 気付けば真っ白な空間にいた。


「ここは ——」

「—— 幽世かくりよ。分かりやすく言えば、魂の住む場所、と言ったところか」


 その声に振り返ると、そこには一つの人影。


 男のような、女のような、幼子の様な、老人の様な。

 姿も声も、何一つとしてはっきりしない。そんな存在。


「神様…で、いいんですか?」

「あぁ、そんなところだ。気付くのが遅くなりすまなかった」


 神を名乗る存在、その突然の謝罪に戸惑うしかない彼に、神は更に続ける。


―― おぬしがこちらに呼ばれたのは私の責任だ

—— 幾度となく勇者を使い捨てたあの世界を私は見限った

—— その所為で、あの世界が外法に手を出したことに気付かなかった

—— おぬしがばれたことにも気付けなかった


「おぬしの姉のお陰だ。そのおかげで私は、愛し子を失わずに済んだ」


 その表情はわからないが、優しく微笑んでいるのだろう。

 だって、シスターや姉のように優しい声をしていたから。


「俺は、元の世界に帰れるんですか...?」

「無論だ。しかし、その記憶と力は封印することになる。あちらの世界では、かえって邪魔になるだけだろうからな」

「じゃあ、俺がこのまま帰ったらあの世界は…どうなりますか...」


「—— 滅ぶ」


 これ以上なく簡潔な言葉に、姉の姿が脳裏をよぎる。


 元々、帰れるならすぐにでも帰るつもりだった。

 こんな世界知ったことかと、そう言ってやりたかった。

 だが、この世界にも大切なものがあったのだ。

 今すぐにでも帰りたい。しかし、姉だけでも守りたい ——


 そんな葛藤は、誰の目にも明らかだった。

 


—— おぬしの姉の魂、神の名においてその安寧を約束しよう



「言ったであろう、おぬしの姉のお陰で、愛し子を失わずに済んだ…と。あの祈りが無ければ気付けなかった、私にとっても恩人と言って差し支えなかろう」


 神の助けとなったのだ、それくらいの救いはあって良いだろう ――。

 そう告げる声はどこまでも優しく、姉は救われるのだと、信じていいのだと、そう思えた。


「だから、安心して帰ると良い。元の世界にも、おぬしを待つ者が居るのだから。大切に思う者が居るのだから」


 気付けば真っ白な世界に、光が差し込んでいた。


「その光を抜ければ、おぬしが元いた世界だ。もう話すことはないだろうが、いつでも見守っているぞ。息災でな」


 その優しい声に涙を浮かべながら、最後に大きく頭を下げた。

 口を開けば色々なものが零れ落ちそうで、唇を固く結びながら…それでも、その姿から様々な気持ちが伝わってくる。


「おかしな子だ。謝るのも、感謝するのも私の方だと言うのに」


 彼は顔を上げ、そして、光に向かって一歩を踏み出す。


—— その姿は、光の中に溶けていった

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