第05話 教会

 記憶を頼りに辿り着いたその教会は、人気ひとけもなく酷く寂れて見えた。


 孤児院らしき建物もなく、間違ったのかと不安になりながら、それでも折角来たのだから…と、扉に手をやると、鍵は掛かっておらず、鈍い音を立てながらゆっくりと開いていく。そこから顔を覗かせると、一人のシスターが祈りを捧げていた。


 扉の音に気付いたのだろうシスターは立ち上がり、振り向いて ——

—— そして、時が止まった。


 目を見開き、何か信じられないモノを見たような…そんな表情で固まるシスターの口元が微かに動いた気がした。そのまま、互いに何も言わないまま幾何いくばくかの時間が経った時、無言に耐え切れずに動いたのは彼だった。


「突然すいません。あの、ここに孤児院があるって聞いてきたんですけど...」


 不安で、今にも泣きだしそうな、そんな声で尋ねる声に、


「ここにあった孤児院はもう随分前に取り壊しになりました。私の力が及ばず、申し訳ありません...」


 …と、こちらも思い詰めた声で返ってくる。


 何かあったのかとは思ったが、それでも場所は間違っていなかったのだ。そう安堵の溜息を吐く彼に、シスターは言う。


「何かお悩みでしたら、私で良ければお聞きしましょう。お困りでしたら、力になりましょう。と言っても、簡単な食事や泊まる場所くらいですが。それでも、神はあなたを救いましょう」


 そう言って祈りを捧げる姿に記憶を揺さぶられる。


「あ、あのっ!昔ここに居た婆ちゃんっ…じゃなくて、シスターは...」


 あれから予想通りの年月が過ぎているなら、とうに寿命を迎えているだろう。考えればすぐ分かることが、揺さぶられて零れ落ちた。


「先代ならもう四十年以上前に…いえ、何故先代のことを。あなたは一体...」


 訳の分からない現状に。考えないようにしていた現実に。そして訝しむようなその視線に晒され、張り詰めていた心はもう耐えきれなかった。

 勇者の記憶があると言えど彼はまだ十六歳になったばかり、その心は限界を迎えていた。


 目に涙を浮かべ、必死に堪えようとするが零れ落ちる。




「—— ゆー...」


 聞こえた声にハッと顔を上げ、「なつねぇ...?」と、浮かんだ名前を口にした。


 あぁ、そうだ。何故気付かなかったのか。考えなかったのか。

 シスター見習いだった姉が此処に居ることを。

 いつも面倒を見てくれた。犬に吠えられた時も助けてくれた。

 かけがえない、大切な家族じゃないか。大好きな姉じゃないか。


 シスターの反応も劇的だった。

 その両目からはとめどなく涙が溢れていく。

 その涙を拭おうともせず、彼を優しく、しかし二度と離さないよう抱きしめる。


「あぁ…もしかしてって思ったけど、やっぱりそうなのね。ほんと、大きくなっても泣き虫なんだから...」

「なん…俺、こんな……それに歳だって...」

「お姉ちゃんですから。それより、よく頑張ったわね…あなたのお陰で世界は人々はまだこうして生きていられる。それと、お姉ちゃんなのに守ってあげられなくてごめんね...」


 言いたい事があったはずなのに、言葉にすることが出来ない。

 その全てが涙になって流れてしまう。


「姿が違っても、こうして帰ってきてくれて良かった。ずっと言いたかったの ——


 ——— 助けてくれてありがとう。それに、おかえりなさい...」


「ただいま ――」その言葉は、大粒の涙となり流れ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る