第04話 シスター

Side:シスター


 夢を見た。子供の頃の夢を。

 まだ教会の隣に孤児院があった頃の夢。


 シスターが居て、私が居て、可愛い弟と妹が居て。

 私の大好きな家族、大切な家族。貧しかったけど、家族が居れば幸せだった。


 だけど、そんな幸せは長くは続かなかった。


 私が十二歳の春、あの子が洗礼の儀を受けてお城に連れて行かれた。

 あの子は勇者だから、魔王を倒すために修行するんだ…って。帰って来たシスターがそう言いながら、寂しそうな、悲しそうな、そんな顔をしていたのを今も覚えている。


 私には、あの子の無事を祈るしか出来なかった。

 ここはあの子の帰ってくる場所だから、あの子の家は私が守るんだって。

 だから無事に帰ってきてねって、そう祈り続けた。


 私が十八歳の秋、勇者が魔王を倒したって王都からの御触れが届いた。

 私は、魔王が倒されたことよりも、これであの子が帰って来るんだって嬉しくなった。

 泣き虫だったあの子が頑張ったんだ、いっぱい褒めてあげなきゃって。


 だけど、あの子は帰ってこなかった。

 魔王の呪いで死んだって、そう言われて。

 呪いが広がっては困る…そう言われ、遺灰も帰ってこなかった。


 そしてその年の暮れ、シスターが亡くなった。

 もうお婆ちゃんだったけど、お医者様は心労だろうって。

 あの子が死んだって、そう聞いてからは目に見えて落ち込んでいたから。

 私も落ち込んでいたけど、もうそんな時間はどこにもなかった。


 私達のシスターはもういない。

 なら、私がここを守らなければ。

 せめて、あの子が過ごしたこの場所を。

 あの子との思い出を忘れないように ――



―― 魔王が倒されて幾年が過ぎ、孤児は次第に減っていった。


 二人居た子供たちは新しく出来た孤児院に移されることになり、教会に併設されていた古い孤児院は取り潰された。あぁ、あの子の帰る場所が...。


 それからの私は、ただ独り教会で祈りを捧げる日々を送っていた。

 町外れの教会を訪れる人などそうは居ない。静かになってしまった教会で祈る日々。

 この教会だけは守りたい。今の私は、その想いだけを拠り所に生きている...。



—— そしてまた、魔王が生まれた。


 ただし、前回と違って

 魔王が誕生して二年経った今になっても、勇者が現れたという話は聞こえてこない。


 これまでは魔王が生まれると、呼応するように勇者も生まれていた。

 それは歴史も証明している。人類が今も大手を振って歩いている、それが何よりの証拠だ。

 その勇者が居ないとなると、あとは滅びを待つだけ。


 王都では城が慌ただしくしていると行商人が話をしていた。

 なにか善からぬことを企んでる、なんて噂も流れている。


 勇者は神の御子だ。

 勇者が現れないということは、神はこの世界をお見捨てになったのかもしれない。

 そう考えるのは、神に仕える者としては失格なのだろう。

 それでも、神はあの子を救ってはくれなかった。


「たとえ神が不在であろうと、私は最期の時まで此処に...」



—— そうして教会で祈りを捧げる私の元に、一人の青年が訪れたのはある日の黄昏時だった。


 初めは、怯えるように扉を開く音に、どこかの孤児がやって来たのかと思った。

 そして振り返った時、私の時間が止まった ——


 私が最後に見たあの子とは似ても似つかない。

 身長は伸びているだろう、訓練で体格も変わっているだろう。

 似ているのは夕日を受けて輝く金髪だけ。

 そもそもあの子は死んでしまった。

 もし生きていたとしても、あんなに若いはずがない。

 頭では理解わかっているのに、心が叫んでいた。


 あの子が帰って来た ――、帰ってきてくれた ―――。


「ゆー...」


 どこか不安げな顔をした青年を見て、私は小さく呟いた。

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