第03話 望郷

 空き家に差し込む朝日で目を覚まし、その不用心さを嘆いたところである記憶が脳裏を過った。それは元の世界のことではない、この世界で過ごした幼少期のことだ。


 勇者は、気付いた時には孤児院に居た。


 そこは建付けが悪く隙間風が吹き込み、ベッドも薄いシーツを敷いただけの簡素なものしかなかった。空き家で一晩過ごしたことで記憶が刺激され想起したのだろう。


 そこでは併設する教会の年老いたシスターが面倒を見てくれたが、金も人手も足りない。年長の者が年下の世話をし、町で手伝いをして萎びた野菜やクズ野菜を分けて貰う、そんな生活をしていた。


 婆ちゃんシスターと五人の孤児。教典で文字の勉強をした。みんなで畑の草抜きをした。時には具の少ないスープを、美味しいねって言いながら流し込んだ。


『もう、ユージンったらまたちゃんと噛まずに飲みこんで...』

————— あぁ、それは勇者の名前だ。そういや、思い出そうともしてなかった。


 野良犬に吠えられて泣いていたら、二つ上の女の子に助けられた。


『まったく…やっぱり、ゆーにはおねーちゃんが付いてなきゃダメね!』

————— そんな自称姉は十歳でシスター見習いとなり、よく祈りの練習をしていた。


 庭で追いかけっこをして、膝を擦りむいて泣いたこともあった。


『やーい、ユージンの泣き虫~』

————— よくボールの取り合いをしたあいつは、何て名前だったっけ。


 十歳で洗礼の儀を受け、勇者だと言われて城に連れて行かれた。そこから三年間は朝から晩まで修業をし、三年間の旅の末に魔王を討伐した。その後は城で殺されるだけだ。思い出す余裕なんてどこにもなかった。


「(あぁ…勇者お前も十六歳だったのか...)」


 いつの間にか、涙が流れていた。


 行ってみよう、そう思った。元の世界に帰れるかも分からない、いつ世界が滅ぶかもわからないこんな状況で、それでもその場所を見たいと思った。もし帰れなくても、その場所だけは守りたいと、そう思えた。


 大事な場所も、大切な人も、自分の名前や歳さえも忘れていた。そんな勇者の心残りを、少しでも晴らしてやれるなら…と。


「しかし、制服のままじゃ目立つよな…咄嗟に身体強化が使えたんだし、他もいけるか?」


 そう思い、記憶を頼りに「異空間収納…」と唱えると ——


「おぉ…中身もそのままだと助かるんだが、どうだ...?」


 そう言いながら異空間に手を突っ込み取り出したのは、この世界ではありふれたシャツとズボンだった。


「勇者が旅してる時に着てたやつか?サイズは問題無さそうだな。下着は見えないし、流石にな。あとは…髪色が変わるイヤリング?じゃあ金髪にでもしておくか、お揃いで良いだろ」


 孤児院は馬車で三日ほどの距離のはずだ。幸い異空間は時間経過も無いらしく、保存食も余裕があったので、そのまま街を出ることに決めた。


「勇者の身体能力なら馬車より早いだろ」


 乗合馬車を待つのももどかしく、そう言って朝日に向かって駆け出して行った。

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