悲しい記憶
──夢を見た。
隠が寺で生活していた。
刀を握ることもなく、寺の掃除や、料理の手伝いを、水汲みを行っているような、日常を送っている。
寺に保護された子どもの相手をし、よく笑い、よく働いていた。
今の隠からは想像もできないほど純粋で明るい笑顔だった。
幸せの日常、というのはああいうのを言うのだろう。
しかし、ある日、全てが壊された。
隠が外出から寺に帰ってくると鬼に全員食べられていた。
一掴みで人を潰せそうな大きな鬼が、人を喰い散らかしていた。
血に染まった部屋で、隠は膝から崩れ落ち、悲鳴をあげた。
それを鬼が嘲笑う。
鬼に喰われそうになったところで、隠は素早く部屋から逃げ出した。その隠を、鬼は鉈で寺を破壊しながら、追う。
逃げて、追われて。
そして。
隠は、鬼を、殺してみせた。
寺の敷地内にある武器となるあらゆるものを使って。己が保管していたであろう刀を使って。
そして、人の身で扱うにはあまりにも大きな鉈を、鬼から奪い取って。
殺してみせた。殺しきった。
人の身であれば立派な偉業だ。しかしそれを成した隠の表情は悲痛で、喉が焼けるほどの慟哭を響かせた。
そこに隠の大切なものはひとつも、残っていなかったからである。
○
目が覚める。
朧は静かに眠っている隠の顔を眺めた。通り悪魔の一件のせいか苦痛に近い表情で、身を震わせている。
(よくわしに憑かれる気になったな)
仮の体を形成して、頭を撫でる。苦悶の表情はいくらかましになったが、それだけだ。
今見た夢が間違いなく隠の過去の記憶であるだろうという確信が朧にはあった。
体はひとつであるが、互いの意識が残ったまま。
普通、人の身に妖が取り憑いて起こることは意識の奪い合いだ。意識が二つ共存している状態は非常に稀であると言える。体を共有しているのだから別の何かを共有するときがあっても不思議ではない。
実を言うと、女郎蜘蛛という妖を退治した後、朧は深く眠るつもりだった。
元々女郎蜘蛛の所業を止めるために隠に憑依を許された身である。用済みであるなら、朧に役割はない。
今深く眠りについていないのはあまりにも隠が危なっかしく感じられて放っておけなかったからだ。
記憶を振り返るに、相当な未練があるのだろう。人を助けないと強く思い、そのくせ、自分のことは心底どうでもいいと思っている。
そうさせたのは鬼だ。
同じ鬼である朧を受け入れたのはただ、それしか頼りがなかったのと、やはり己はどうなってもいいという狂ってしまった思考からであろう。
「また、笑えるといいのだがな」
朧の呟きは夜に溶けるのみであった。
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