統率のとれない子蜘蛛を一掃するのは容易であった。抵抗する判断力もほとんどなく、されるがままになってしまったためである。


 ――かくして、女郎蜘蛛の一件は決着となった。


 苦しんでいた村人たちも、すっかり症状が現れなくなってからは平和に暮らしているようだった。


『……良かったのか』

「何が」


 道なき道を、隠が歩く。村はもうはるか後ろで米粒となっていた。

 霧鬼は、隠に憑りついたままだった。

 元の場所に帰すにしても方法がわからない。ゆえに連れてくるしかなかった。


『あの村なら貢物で一生過ごせたのではないかの』

「いやよ、そんな生活。私はもっと……」


 言いかけて、理想の生活を語ろうとして、それがないことに気づく。


『もっと……なんじゃ?』

「なんでもないわ」


 首を振る。

「あなたは、村を出たくなかったの」

『いやぜんぜーん。わしは気楽なほうが性に合っとる』

「そう。あなたは何がしたいの」

『わしか? わしは……』


 しばらく考え込んだらしく、待った。


『そうじゃな、お主をもっと知りたいの』


 出した結論は、ひどく優しげだった。


「私は何をしたいか聞いたんだけど」

『ならもっとお主と話がしたい』

「いえ、そうじゃなくて……」


 隠が追及しようとしたところで、霧鬼が遮った。


『そういえば……大事な儀式がまだじゃった』

「儀式?」


 霧鬼の物言いにはて、と首をかしげる。


『名乗り合いじゃ。名前よ、な、ま、え。体を共にしとるのにお互いに名も知らんとは、格好がつかん』


 隠の眼前に、霧が浮かぶ。その霧が少しずつ集まっていくと、見覚えのある形になった。

 人の形だった。

 隠は思わず、歩みを止めた。

 下から少しずつ色がつき、形がはっきりしていく。それが頭まで終わったころ、最初にみた童子姿の霧鬼が立っていた。


「完全な生の体ではないが、こうして己の分身もつくれる。ま、少しの間だけじゃがな」


 説明して、隠に向き合う。

 長い髪がさらりとゆれた。


「わしは霧鬼の朧。お主の名を聞かせてくれ」

「……隠よ。ただの、隠」


 にやりと、朧が笑みを浮かべた。


「隠か。良い響きだ。よろしく頼むぞ、隠」


 優しく吹いた風が、隠の髪をなでる。

 背中を押すように強く、それでいて静かな風だった。


「……よろしく」


 共に歩く者は人ではあらず。

 されど。

 人でなくとも、悪くはないかもしれない。

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