女郎蜘蛛
それは、二日後の夜であった。
見回りの途中、霧鬼は突然霧を発生させた。すぐに体の主導権が、霧鬼から隠にかわる。
「どうし」
『静かにしろ。物陰に隠れるんじゃ』
「……女郎蜘蛛?」
声を小さく抑える。
『いる』
「斬るわ」
隠は小刀を握り、すり足で動き出す。
とある家の前で、佇む影を見た。
体つきが女性であるが、普通の女性と比べて背の高い女だ。
長い髪が顔を隠し、不気味な雰囲気を纏っている。
女以外の影は見られなかった。
「親だけ? 子どもは」
『巣におるんじゃろ。子蜘蛛に命令を出すのは全てあやつじゃ。斬ってしまえばいい』
「……子蜘蛛はどうなるの」
『心配なのか』
「えぇ。村にやってきて人を喰いだしたら同じよ」
『そっちか。安心せい、頭さえ潰れればそこらの獣と変わらんよ』
「獣も村人にとっては危険に変わりないわ」
『なら、後をつけて巣を見つけるか?』
霧鬼の提案に頷く。
『言っておくが、相手の陣地じゃぞ』
「わかってる」
相手の陣地。
すなわち、相手が己の力を最大まで発揮できる場所だ。
このまま隠だけでどうにかできるかはわからない。
『……そうか。好きにせい』
霧鬼はそれきり口出ししなかった。
霧は隠を覆うように出ているが、色は薄く隠れられているわけではない。隠は気配を消し、様子を見ることにした。
女郎蜘蛛は家の中を覗き込んだ後、さっさと別の家の前まで移動する。どうやら、子蜘蛛をしかけたところをまわっているようであった。
「……だ……ず……!」
一通りまわった後、女郎蜘蛛は声を荒げて何かを言うと、村から去っていく。
隠は後をつけた。
月は雲に隠され、闇夜が訪れる。
見えないと思っていた女郎蜘蛛の影は、はっきりとらえられた。普霧鬼が憑依している影響は、多少肉体にもあるのかもしれない。
辛うじて姿形を確認できるほどの距離を保ち、隠は気配を消して追いかけた。
影を追い続けると、山の麓たどり着いた。
草木が生い茂る中で、ぽっかりと口を開けた洞穴。そこに女郎蜘蛛は入っていった。
隠は続いて、洞穴へ侵入していく。
光の差し込まない、暗闇の世界であったが、洞穴がどうなっているかは見えた。
しばらくは細い道のようなものが続いていた。しかし、だんだん穴の幅は広くなっていき、最後は広場のようなところに出た。
隠は広場には足を踏み込まず、手前で止まる。これより前に出れば、女郎蜘蛛に見つかってしまうからだ。
今見つかれば殺されるのが落ちであろうことは、考えるまでもないことであった。
その理由は、岩肌にある。黒い岩肌が、「蠢いて」いた。
(あんなに、いる……)
広場の壁や地、果ては天井まで。大量の子蜘蛛がはりついているのだ。暗闇に目が適していなければ、壁や地と見分けがつかずに踏んでしまったところだ。
しかも子蜘蛛は、隠が見てきた小さなものではない。人の頭なぞ一口で喰い破りそうなほど大きな個体ばかりだった。
母親の帰りを、無数の子蜘蛛たちは体をこすり合わせて喜ぶ。はっきり言って、気分のいい光景ではない。
「可愛いぼうやたち。残念だけど、弟たちは死んでしまったよ」
女郎蜘蛛の高い声が広場に響く。
『おい、娘』
「なによ」
『帰るぞ』
「まだ、女郎蜘蛛を斬れてないわ」
『今度にしろ、帰らんとまずいぞ。思ったよりも子蜘蛛の数が多すぎる』
急かす霧鬼の声に、焦りを感じる。
今までとは違う霧鬼の態度に、隠は戸惑った。
『はよせい。取り返しがつかなくなるぞ』
「えぇ、わか」
「明日、弟どもを殺した村を襲撃するわ。私たちの存在に気づかれた以上、やられる前にやる必要がある」
帰ろうとした足が止まった。
『娘。どうした』
「ここで仕留めないと。村の人たちが」
殺される。
『よせ。対策はいくらでもできる』
「でも……」
誰かしら死ぬ。
血にまみれた記憶が、噴き出してきた。
「誰だっ!」
振り返る。
女郎蜘蛛の目が、髪に覆われた中で光っていた。
――気づかれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます