第4話 思考を侵食されていく
今日起きてからずっと頭の隅にあるのは菊浦さんの顔。
茶髪のミディアムボブで可愛い系……いやそういうことじゃなくて! もしこのままいつもの流れでコンビニに行ったとして、なんとも言えない雰囲気を勝手に感じてしまいそうなのがなぁ……。
それにあの時間は彼女しかいないから逃げ道がない。
「今日くらいは別で買うか」
会社が駅から近くにあるせいで、コンビニに寄ろうとしたら反対方向に出なきゃならないのがちょっとネックで使ってなかったけど今日だけはね。
いつもと違うルートで見慣れない光景のなかを進むっていうのは違和感が生まれて気持ち悪い。
それを抱えていつもと違う場所のコンビニに着く。こっちに来たことがないから気付かなかったが、家の近くと同じコンビニだ。良かった、商品を選ぶのに時間を掛けなくて済む。
そうして自動ドアが開き、なかに足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ!」
聞き覚えのある声がひとつ。
ついパッと顔をあげてその主を探そうとレジを見た。
おいおい、そんな偶然あるのか? どうして菊浦さんがこっちにいるんだよ。
とにかく急いでいるふうでさっさと買って出ていこう。
いつものコンビニで買うラインナップを手に取り、わかってはいたが唯一人が立っているレジに持っていく。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。申し訳ないけどすぐに会社に向かわないといけないから」
「わかりました。でも、それならわざわざ会社から遠いこっちに来たのはどうしてなんですか?」
財布から小銭を取っていた手が止まる。
それも漏らしてたっけ? 自覚がないから正誤判定が出来ない。駅から近いゆえにどうやって知ったと詰めることも意味を成さない。
ただただ焦りと不安が積もるだけ。
「あっ、もしかしてあまり話せない事情でした?」
反応に遅れた俺を見て気を遣う菊浦さんの若干申し訳なさそうな表情がどれだけ真実なのか、本来なら疑うことすら失礼なのに考えてしまう。
「まあ、ちょっと忙しくてね」
実際今日このあと最重要の企画の会議があって帰りが遅くなることは確定してるから嘘をついているわけじゃないし、そもそも嘘をついちゃいけないなんてことはないし。
「じゃあ、頑張ってくださいね!」
「ありがとう」
袋の取っ手を掴み、急いでる風で足早に店から出ていく。
会社に入りエレベーターで五階に上がって自分のデスクに袋を置いた。
「おはようございます、流川さん」
「おはよう谷中」
「今日もいつものパンですか?」
ちらっと袋の中をのぞいてくる。
よく昼食を共にしているからバレバレだ。
「おっ、気合入ってるっすね」
「何がだよ。いつも通りだろ」
「いやいやこれ毎日飲んでたらさすがに身体悪くしますって」
谷中は一本の缶を手に取ってそう言った。
翼を授けてくれる栄養ドリンク。そんなもの買った覚えなんてないぞ。
「今日の会議で遅くなるから備えのために買ったんでしょ? 流川さん、これが無事終われば昇進確定だし、絶対逃せないですもんね。俺も資料作成なり、データ整理なり手伝いますからなんでも言ってくださいよ」
「あ、ああ、もちろん頼りにさせてもらうよ」
谷中からの応援は素直に嬉しいんだが、それ以上にその栄養ドリンクが気になってしまう。
俺は確実にレジに持っていってない。つまりは菊浦さんがいれたってことだ。しかも、レジ周りに置かれていなかったこのドリンクを用意して。
「なあ、その袋一回落としちゃってさ、その缶へこんでたり、穴空いてたりしないよな」
「うーん、パッと見た感じは大丈夫そうですよ」
「なら良かった」
「そんな酷い落とし方したんですか?」
「まあまあ、そんなとこ。とにかく何もないならいいや」
さすがに考えすぎか? いやいやでも怖いじゃん、普通にさ。
「じゃあ、今日も仕事始めるぞ」
平静を装って谷中から缶を受け取り、袋のなかに仕舞う。すこし心苦しいがあとで捨てておいた方が良さそうだな。
今は精神衛生を悪くして会議に影響させたくないから。
それにしても本当に菊浦さんがあそこにいた理由が分からない。コンビニとかチェーン店はヘルプとして他店舗に行くことがあるのは知っているけど、まだ研修中の子にさせることじゃないはずだ。
また新たな謎によって菊浦さんの存在が大きくなっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます