第3話 不安を消すために求めた安堵は底なし沼

 美久を寝かしつけた美那子がリビングに戻ってきた。

 外は闇に包まれ、酒とつまみが許される時間に入り、適当につけたバラエティー番組をBGMに昨日から続く菊浦さんの話をしてみる。


「あのさ、例えばの話なんだけど、美那子が接客業で働いているとしてほぼ毎日同じ時間に来るお客さんのことって、どこまで覚えてる?」

「顔は間違いないだろうなぁ。ちゃんと受け答えしてくれる人なら声も分かると思うよ」

「そうだよな、そこは俺も同じなんだけど、もしそのお客が誰かと連絡してたとしてさ、その声にまで耳傾けてるもんなの?」

「あー……」


 実際にファミレスのホール勤務だった経験のある美那子の意見はある程度役に立つ。特に一時間で五人くらい入店があれば十分なのにホールに二人配置されていたような店だったから重ねやすいだろう。


 バイト時代を思い出してくれている美那子の綺麗な顔を見ながらビールを飲んで待つ。


「ちょっと気になるフレーズが出てきたら聞き耳立ててたかなぁ。やっぱりバイトは暇すぎても苦痛なんだよね。スマホを自由に触れたり、お喋りずっとしてていいなら別だけどさ」

「そういうものなのか」


 俺にもそういう経験はあるが、生憎お堅い雰囲気の職場だったからお喋りなんて殆どなかった。

 だからこそ美那子の言葉で菊浦さんへの疑問が多く解消された。

 そういうものと認識することで。


「あまり聞かれちゃまずい話でもしてたの? 会社の情報が洩れちゃったなんてことはないよね?」


 急に浮かんできた危険に困って、詰める勢いで聞かれたら怖いよ……。

 普段こんな話の仕方をしないから尚更何かあったんだろうなってバレてんだろうけどさ。


「そんなヘマはしないから安心してくれ」


 俺の本名と妻と娘の名前まで素性を全く知らない女の子に知られているのは冷静に考えてそれ以上にヤバいことではある。それはわかってる。

 でも、実害があるわけじゃないし、娘の名前は不可抗力だったし、今はまだはっきりと美那子には言えないよ。


「ちょっとした疑問がさ、なんか腑に落ちなくてずっともやもやしちゃうことあるだろ?」

「あるね」

「そのひとつだよ。何々ですよねって、殆ど話したことない人に言われて案外他人のことって記憶に残るのかな、みたいなさ」


 幾度か頷いて納得してくれたみたいだ。


 そもそも会社の情報漏洩をしてしまう危険性を孕むような人間なら、出世の道に足を踏み入れることすら無理だと思うんだ。一応、大きい企画に中心メンバーとして携わらせてもらえてる立場ではあるから。

 もうすこし妻からの信頼があってもいいと思うんですよ……。


「まあ、とにかくありがとう」


 話を美久のことに切り替えてまた酒を飲み始める。

 一旦菊浦さんのことは気にしすぎだったということで落ち着かせておこう。

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