第5話 厄
夢を見ていた。
どこまでも続く暗闇に私は一人佇んで誰かを探している
とても会いたい人なのに、それが誰かもわからず
そのことがとても苦しい。
ただがむしゃらに走り続けて、名前も姿もわからないその人を探しつづけた
「あなたは誰、会いたいの!会いたい!」
そう叫んだ時だった。
後ろから暖かな腕が伸びてきて、冷え切った私の体を包んでくれた。
そうっと振り返ると
「貴方だったんだね」
世界が黒から白に変わる。
「千鳥!こちらに戻ってきてください。それ以上進んではいけない!」
ナナシが珍しく大声を出して私の体を抱きしめていた。
「夢?私夢を見ていたの?ナナシが私を引き戻してくれたんだね」
やけにリアルな夢だった。今でも後ろから伸びてきた手の感触が生々しく残っている。
ナナシを見ると、あまりにも悲しく必死なその顔をしていたので、心配になってそっと手のひらでつつみこむ。
「ナナシ、おかえりなさい」
私はナナシを待つ間に縁側で眠ってしまっていたようだ。
体はすっかり冷えてかじかんでいた。
「よかった。千鳥、お願いですから、どこにもいかないでください。私は貴方がいないともう存在していけない」
震える肩に手を添えて、そっとなでてあげる。
二人の体温が混じり合って、お互いがそこにいると確認できた。
「夢じゃないよね?ここにナナシはいるんだよね?」
「います。貴方の隣に、ここにいます」
私は流れる汗を拭い、呼吸を整えた。
ナナシはそんな私を黙って見守ってくれていた。
「ナナシ、今日は何も言わずにどこに行っていたの?」
普段、社に引きこもっているナナシが珍しく外出していたので、不思議に思って質問したが、ナナシは答えてくれない。
「お願い答えて、私、何があっても貴方から逃げないから。」
沈黙が答え。きっと私にとって受け止めがたいことはなんとなく予想がついていた。
ナナシの目が悲しそうに、つらそうに揺れる。
そして深呼吸をしたあとナナシは私をそっと抱きしめながら話しはじめた。
「どうかこのままで。聞いてください。貴方には私が貧乏神であることは出会った時にお話しましたよね。今日は、貧乏神としてのお役目を果たしてきたのです。」
「お役目?それって」
「厄です。」
(厄・・・それってまさか・・・)
「私は人を不幸にしてきたのです。その人は金のために多くの人を不幸にしてきました。そうして不幸になった人々の怨念が社に届き、その者に罰を与えることになったのです。ああ。こんな汚れた私はやはり私は千鳥といるべきではない」
静まりかえった部屋に冷えたナナシの声が響く。
「そんなこと言わないで、ナナシ。私怖くないよ?貴方の力。たとえ恐ろしい力でも、誰かのために使うのであれば、それは決して悪い力ではないはずだもの。」
ふるふるを頭をふり、私をそっと引き離しながらナナシは続ける。
「私はうまれて数千年。数え切れない人に厄を使った。その誰も彼も、むごい最後をとげたのです。私はそれを見た。それなのに、汚れのない貴方の手をとってしまった。いつかこの厄が貴方を蝕むかもしれないのに。自分の欲望を満たすために、そのことに気づかないふりをして。」
ぱたぱた涙がこぼれ落ちる。
ナナシは本当に泣き虫だ。
私はナナシに再度近寄ると、
額に口づけし、強く強く抱きしめた。
「いけない、千鳥、私にふれては・・・」
「ナナシだまって。本当にあなたの厄が私に何か害をなすのであれば私はこうして貴方を抱きしめることも出来なかったはずよ。でもこうして触れることができている。
だから大丈夫。貴方は汚れてなんかいない。」
ななしと出会った頃のように
くしゃくしゃのかみをなでながら、
私はララララマジックを歌った。
「その歌・・・」
すんと鼻を鳴らしてナナシは顔を上げた。
私はその顔を両手でつつみこんで、
歌う。
「ララララ 貴方と一緒ならば何もこわくない
ララララ 愛を貴方に」
そうして優しくナナシに口づけた。
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