第4話 日々
婚姻の儀を済ませた二人は、千鳥の祖父母の家ではなく、社に住まうことになった。
私は家から布団を2組、簡単な調理道具、食材と服を持ち込んで、
二人が暮らしていけるように社を整え始めた。
婚礼衣装から普段の服に着替えたナナシは、ようやく落ち着いたようで、
私が淹れたお茶をすすって、お菓子をつまんでいた。
その傍らにはモモもいて、おじいちゃんが使っていたおちょこに水を入れて、
お菓子の代わりに木の実をかじってナナシの真似をしていた。
二人のほほえましい姿を見ながら、私は夕餉の支度をはじめる。
神様が人間の食事をとるのかは分からなかったけど、二人分のお米を研ぎ、味噌汁の具材にネギと豆腐を刻んで、だしの中に入れて味噌を溶かす。
揚げ出し豆腐を作るために豆腐の水を切り、片栗粉をまぶしてジュワリと揚げ、大根をすりおろして、揚がった豆腐に乗っけてだしを回しかける。
あと1品はお豆の煮物。甘辛く煮つけて、小皿に盛りつける。
質素だけど、栄養価の高い食事の出来上がり。
「うう~ん。お肉や魚を出していいか分からなかったから豆ばかりになっちゃった」
「おいしそうだね。豆がそんなに好きなのかい?」
いつのまにかナナシが傍に来て飯台に並べた料理を眺めて微笑んでいた。
「ナナシは神様だから、不要かと思ったんだけど二人分用意したよ。あとね、お肉や魚って使っていいのか分からなかったから、豆づくしになっちゃったの」
「なるほど。」
とナナシはつぶやく。
「私は神だから食物をとる必要は無いけれど、夫婦になったんだ。君と同じものを食べられるなんて嬉しいよ。肉や魚は気にしなくていいよ。ほら、お供えに魚や動物を備えるだろう?神も肉は口に出来るんだよ。それに、君は人間なんだから、そういうものも食べないと、体によくないからね。」
夫婦。さらりとナナシが言った言葉に思わず赤面する。
それを見ていたナナシも赤面する。
二人そろって赤くなった顔を覆い隠す。
ちらりと見ると、モモも真似をしてナナシの横で顔を隠していた。
(なんて、穏やかで優しい時間なんだろう)
私はナナシと夫婦になったことを実感しつつ、その幸福に胸があたたかくなった。
ナナシは神様だ。本来は食事も入浴も必要ない
だけど、この神様はお風呂がなによりも好きらしい。
「千鳥さん、本当に先にお風呂もらってもいいのかな?私は結構長風呂ですよ?」
「大丈夫ですよ、ゆっくり入ってください。私はナナシが入っている間に、繕い物をしていますから」
ナナシは申訳なさそうに、でも、お風呂にワクワクした様子で、部屋を出て行った。
さて、私の言う繕い物とは、ナナシの服のことなのだ。
婚姻の儀が終わった後、祖父母の家から祖父の浴衣や着物を作る予定だったであろう布地がたくさん見つかったので、それを持ち込んでいたのだ。
「綺麗な藍色。きっとナナシの白銀の髪に栄えるわ。」
私は紺色の糸を張りに通して足ふみミシンでカタカタと縫い進めた。
電気のいらないミシン、簡単な直線縫いしか出来ないけれど、手縫いよりも格段にはやく作業が進む。持ち込んだ時計をみると、作業を始めてもう2時間はたっていた。
(浴衣、縫い終わっちゃった。ナナシ、まだかしら)
私は出来上がった紺色の浴衣を手に風呂場へ歩いて行った。
「ナナシさん、お風呂、まだ入っていますか?」
「千鳥、すまないね、ついつい長湯をしてしまった。今出るから待っていて」
ガタンゴトン中から音が響いてくる。私が待ちきれなくなったと思って急いでくれているんだろう。
「お待たせ、千鳥、どうしたんだい?」
私は風呂上がりのナナシに見とれていた。
濡れた髪はキラキラと輝き、かき上げられた前髪のせいで、端正な顔と、美しい瞳が見えるようになっていたからだ。
私は赤面しつつ、目的のものを差し出した。
「これ。ナナシに着てもらおうと思って縫ったんです。寸法を確認したいから、羽織ってもらっていいかな?」
「千鳥・・・ありがとう。長靴だけでなく、浴衣まで。嬉しいよ。早速着てみるから少し待っていて」
ナナシは脱衣所に引っ込んで着替えを始めた。
私はそれをソワソワしながら待っていた。
「どうかな?おかしくないかい?」
やっぱりだ。ナナシには紺色がよく似合う。
私は満面の笑みで答える。
「素敵ですよ、ナナシ。とってもよく似合ってる。」
その笑顔に赤面するナナシ。
「千鳥、ありがとう。こうして穏やかな日が過ごせるようになるなんて。生まれて数千年の間、想像もしなかった。君にあえて本当によかった。私はお風呂から上がり、濡れた髪をタオルで乾かしていた。
ここには電気が通っていないから、ドライヤーは使えないのだ。
「千鳥、面倒をかけてすまないね。ここにも電気が通っていたらよかったんだけど。」
ナナシは申訳なさそうに告げる。
「ナナシ、気にしないで、髪は今度短く切りに行こうと思っているの。そうしたら乾かす手間がへるでしょう?」
そういうと、ナナシはさらに悲しそうな顔をした。
「私は君のすべてが可愛いですよ。それなのに、髪を切ってしまうなんて、そんなのよくありません。少々時間をいただきますが、待っていてください。」
ナナシはすっくと立ちあがって、外へ出て行ってしまった。
私は仕方なくタオルで髪を吹きながら待つことになった。
「主様はもしかしてあの方のところにいかでたのではないでしか」
モモは何か思い当たるところがあるようで、木の実をかじるのをやめて話しはじめた。
「あの方って?」
「それは秘密でし。主様が何もいっていないのにおしゃべりできましぇん」
モモは口が軽いのか、堅いのか、どっちなのかわからない。
そこまで聞いてしまった以上、私も気になってしょうがなくなった。
私はとっておきのマカダミアナッツのクッキーを取り出すと、モモの前にちらつかせる。
「これ、覚えてる?ナナシがどこに行ったのか教えてくれたら上げるんだけどな。」
ビクビクっとモモが震える。尻尾もブンブングルグル明らかにクッキーの存在に浮足立っている感じだった。
「いえいえ、僕は主様の立派な使い魔でし、そんな、ものに。誘惑なんて・・・」
理性で必死に抑えていつのだろう、すぐにでも飛びつきたいのをこらえて、じりじりとよだれをタラリとしながら近寄ってくる。
(ふふふ、あと少しね)
私はパリっと袋を開けてクッキーを口に放り込むふりをした。
「ぴゃー」
モモは絶叫してクッキーにかじりついていた。
「ふふふ、食べたわね?モモ、神様の使い魔だったら、契約の品を口にしちゃったんだし、しゃべってもらうわよ。」
「ひきょうでし!千鳥様はおそろちいお方でし!」
ほっぺをぷっくりさせてモモは地団太をふんで悔しがっていた。
「主様は知り合いの精霊のところにいったんでし」
モモは2個目のマカダミアナッツクッキーをほおばりながら答えた。
「へえ、どんな精霊なの?」
「そこまではしゃべれましぇん」
パリッと三個目のクッキーを開けてモモに手渡す。
「風の精霊でし」
もぐもぐもぐ。モモは両ほほを膨らませて答える。
(風の精霊?一体なんのために?)
私は疑問に思いながらも膝の上にちょこんと座って次のクッキーをまっているモモが可愛くて、4個目のクッキーの包装紙を破った。
「マカミヤ最高でし~やみつきでし」
モモは幸せそうにモグモグしている。
私はそれが可愛くて頭を優しくなでなでした。
「何をしているんです?モモ」
そこにナナシが帰ってきた。手の上には綺麗な精霊、モモの言う風の精霊を乗せていた。
「かわいい!ナナシ、それが風の聖霊?」
ナナシは微笑んで答える。
「君の髪の毛を乾かしてあげたくて、丁度春だから、あたたかい風を吹かせてくれる春風の精を連れてきたんだ。」
「ありがとう。ではお願いします。風の精さん。」
風の精はふわふわと近寄ってくると羽をはためかせて暖かい風をおくってくれた。
濡れていた髪があっという間に乾いていく。
「すごい!もう乾いちゃった。風の精さん、つかれていない?」
フルフルと頭を振って私の肩にチョコンと乗った。
「これからその子もここで生活することになるからね。すごいな。今まで私とモモだけで生活していたのに、一気に家族が4人に増えてしまったよ。嬉しいなあ」
ナナシは子供のように笑っている。
私はそれがうれしくて微笑んだ。
「そうだ、君に話していないことがあるんだけどね、聞いてくれるかい?」
「なあに?深刻な話?」
「そういうわけではないんだよ。通常神というのは、人にあがめ奉られて初めて存在できる。私は貧乏神だからもちろんその対象にはあたらない。そんな私が今まで存在できたのはあることを続けてきたからなんだよ。」
「あることってなに?」
もしかして人を呪ったり、祟ったりという仕事を受けて何か悪いことでもしていたのでは、と不安がよぎった。
「ふふ、君が考えていることはだいたい分かるけど、そうじゃない。私はね、誰かの不幸を吸い取ることで生命エネルギーに変えているんだ。縁切り、厄災避け、そう言ったことを糧にしている。千鳥は子供だから気づかなかっただろうけど、この社も評判を聞きつけて人間がひっそり参りにくるんだ」
私はほっとした。悪いことではない。ある意味人の助けになることをしてナナシが生きていたことに。
「ただし。そんなにたくさんの参拝者が来るわけでもないから宮司もいないしこの通り荒れ放題だったのが、千鳥がきてから力がみなぎってね、社を美しく保てるようになったんだ」
ナナシは貧乏神で、人を不幸にすることしか出来ないと言っていたけれど、それだけではなく、人を助ける存在であることが分かって、私は嬉しかった。
「私もナナシの手伝いができたらいいのに…」
そういうと、ナナシは少し困ったように笑った。
モモも無言になってナナシを見つめている。
「君は絵本作家をしているのだろう?自分の仕事に専念しなさい。私たちの仕事は、私たち自身で片をつける。君は何も心配しなくてもいい。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます