第3話 婚姻
「ナナシ、ナナシ、会いたかった」
「千鳥、よく・・・戻ってきてくれましたね。」
二人はしっかりと抱きしめあった。
10年の時間を埋めるように。
「この10年、貴方のことを考えない日はなかった。神にとって10年なんて瞬きするような短い時間のはずなのに、貴方がいないというだけで、何千年も待ったような心地がするのです。それだけ、貴方と過ごしたあの夏の日が私の中で大きかったのでしょう」
ナナシは貧乏神だ。もう何千年も一人で生きてきたのだろう。
それがたった10年でそんなに寂しい思いをさせていたのか。
「ナナシ、ごめんね。寂しかったよね。でも、私もあの日からずっと、心に穴が開いたみたいに、誰と一緒にいても、求めている人ではないって、いつもあなたのことを探していたの。ずっとずっと、貴方に会いたかったんだ」
ギュウとつよく抱きしめる。
ナナシも私を強く強く抱きしめてくれる。
「おんなじですね。遠く離れていたというのに、貴方は私を忘れていたというのに。いいえ、忘れさせていたのですね」
「忘れさせていたって、貴方の仕業だったの?」
「はい、貴方が私以外の人間に恋をしてしまったとき、私の存在が重荷になるのがつらかったのです。だから、貴方がここにたどり着くまでは、私の存在を貴方から消すように術をかけたのです」
私は笑った。だって、その術はまるで意味がなかったから。
私は誰といても、どこにいても、いつも誰かも分からない人をずっとずっと求めて、探していたから。
「ナナシは本当に、ダメな神様ね。そんなことしたって、人間の思いは強いのよ。簡単には気持ちを消すことなんてできない。だって私がそうだったもの。誰かもわからない人を求めて10年間ずっと恋人も作らずにいたんだから」
ナナシは申し訳なさそうな、嬉しそうな顔をした。
「では、あなたにこうして触れたのは私だけなのですか?」
私は微笑んで答える。
「そうだよ。あなただけ」
「こうして抱きしめたのも私だけですか?」
「ナナシだけだよ」
二人はそうして、しばらく見つめ合うと、少しずつ少しずつ、距離がなくなっていって、そっと触れるような優しい口づけを交わした。
「愛しています千鳥。」
「愛してるナナシ」
「主様おめでとうごじゃいましゅ」
すっかり二人の世界に浸ってわすれていたが、その場にはモモンガもいたのだ。
慌てて離れたけれど、時すでにおそし。クリクリの瞳で二人の仲睦まじい姿をバッチリみられてしまっていた。
「ああ~モモ。千鳥をここに導いてくれたお礼に木の実をあげるから、あっちで遊んできなさい。」
そういうと、懐から今の季節にはまだ実っていない木イチゴやクリを取り出して、モモンガに渡した。
「主様ありがとうございまし」
そういうとモモンガは社の奥に走って行ってしまった。
「さっきの子、モモっていうの?ナナシのお友達?」
私はかねてからの疑問をぶつけた。
あんな可愛い友達がいるのなら、ぜひ紹介してほしい。
「モモはね、千鳥が去ったあと、3度目の夏に迷い込んできたんだよ。台風の風にあおられて、足をけがしていたから手当をしたらすっかりなついてしまってね。私は貧乏神だから、私の使い魔になっても何も得をすることはないと言い聞かせたのに聞いてくれなくて。結局今もこうしてそばにいてくれているんだよ。私が去ったあと、たった一人で10年を過ごしたわけではなかったんだ。
それがわかって私は嬉しいと同時に、モモに少しだけ、本当に少しだけ嫉妬してしまった。
私だって、友達も、優しい両親もそばにいてくれて、一人で過ごしたわけではないのに。
(これが独占欲ってやつなのね)
反省、思い出して早速これだからこの先大変だわ。そう思っていると、ナナシがほわほわの笑顔で私を見ている。
「ナナシどうしたの?」
「千鳥がね、モモの話をしたら難しい顔していたから、嫉妬してくれたのかと思うと、少しうれしくなってしまってね。もしかして勘違いだったかな?」
ボボボっと頬がほてる。
さすがは神様。すべてお見通しだ。
「そうです、ちょっと嫉妬しました。だって、私だけだと思っていたから」
「私だって、君がほかのだれかに取られたらって、この10年嫉妬し通しだったんですよ。生まれて初めて人間が羨ましく思いました。人間であれば、貴方と一緒にいられるのにってね」
私はナナシのぼさぼさの前髪をすきあげる。
綺麗な白銀の瞳にお日様の光がさしてきらきら宝石のように光っている。
私の大好きな綺麗な瞳。
「千鳥の瞳は黒曜石のようで美しいですね」
ああ、私たちは似たもの同氏のようだ。同じタイミングで同じことを思うなんて。
「ふふ、私もね、ナナシの瞳、綺麗だなって思ってたところなんだよ。おそろい」
「おそろい、いい言葉ですね」
そういうと胸元をごそごそして、古ぼけた朝顔柄のハンカチを取り出し、中から勾玉を取り出した。
「これもおそろいですよね。覚えていますか?」
私も首から下げた勾玉を取り出してみせる。
「忘れていた間も、ずっと身に着けていたよ。ナナシとおそろいの大切なものだもの」
にこりとナナシが微笑む。
「では、勾玉の誓いは?」
私は少し恥ずかしくなって小さな声で答える。
「覚えてる。結婚の約束だよね」
「はい。こうして再開できたのです。私は貴方に改めて愛を誓いたい。
そして、私の妻になってほしいのです。千鳥。」
「ナナシ、もちろんだよ。思い出したんだもの。この先の時間はナナシに全部あげたいの。結婚しよう。一緒に、ずっと一緒にいよう。でも、結婚ってどうすればいいんだろう?」
人間同士であれば、役所に婚姻届を出して夫婦になる事ができる。
でもナナシは神様だ。それはきっと適用されないだろう。
ううーんと悩んでいると、ナナシは手を叩いてモモを呼び寄せた。
「モモ、これから千鳥と夫婦の儀をとりおこなうよ。準備をお願いしてもいいかな?」
ナナシは私の不安を見透かすように手早く手配を始めた。
「水女に文をだそう。君の婚儀の衣装をお願いしてあるんだよ。朝日を閉じ込めた朝露から作った婚礼衣装、きっと君に似合うだろうね」
「ナナシ、衣装まで用意してくれていたの?私、何も出来ないよ。ごめんなさい」
ふわりとナナシは微笑んで頭を撫でてくれる。
「私は君と夫婦になれるだけで嬉しくてたまらないんだよ。他に何か欲張って求めたら、神だけどバチが当たってしまうよ」
ナデナデ・・・ナナシは私の頭だけでなく、顔も撫ではじめた。
「ひゃあ!ナナシくすぐったい」
「もう少しで終わるから、少しだけ口を閉じて」
キュッと言われたとおりに口をとじる。
「出来た!練習しておいてよかった!綺麗だよ、千鳥」
なんのことかわからず戸惑っていると、社の横を流れている小川から水女と呼ばれる妖怪が音も立てずにやってきて、水で出来た鏡を差し出してくれた。
「これって、ナナシどうやったの?」
鏡に映った私は綺麗に白粉や紅をさした婚礼化粧が施されていた。髪も、ただ撫でていただけのはずなのに、雛人形のような髪型になっている。
「そこはまあ、神さまだからね、色々と力をつかったんだよ」
ナナシの力を目の当たりにして、私は本当に神様の妻になるのだと、はっきりと実感した瞬間だった次は社の中に水女と入って、着物に着替えを始めた。
正直、水の妖怪が用意した着物だから、水で濡れて大変なのかもとおもっていたが、それは上質な絹のようで、朝日を集めたというだけあって、動くたびにキラリキラリと輝く。
美しい白無垢を着せられて表に出ると、そこには綺麗に髪をゆい、婚礼衣装を見にまとったナナシがたっていた。足元は相変わらず紺色の長靴なのは少し笑ってしまったけど、それだけ大切にしてくれていることは、とても嬉しかった。
そうこうしているうちにも、各所から貧乏神の婚姻をお祝いするために、神や妖しが集まってきた。
寂しかった社は人なさらざるを者達で溢れかえり、酒や料理の匂いで華やいだ。
ツイと桜の精霊がやってくると、私の髪に美しい桜の枝をさしてくれた。
そうして、二人の婚儀の準備はととのったのだった私たちは二人、綺麗な衣装を身にまとい、ボロボロの社の中にそろって座った。
そうして、稲荷のキツネさんが注いでくれた誓いの杯で三々九度を交わし、
勾玉を交換して誓いをたてる。
「ナナシは千鳥を愛し、夫婦になることを誓う」
「千鳥はナナシを愛し、夫婦になることを誓う」
前と違う口上。
前は愛の誓い。
今回は夫婦の誓い。
これで二人は正式に夫婦になったということらしい。
「私がナナシのお嫁さん」
頬を赤くしてナナシをみると、
ナナシも緊張してか、顔を赤くして固まっていた。
「目出度い日。素敵な日。貧乏神のお嫁様にこちらを」
木魂達が沢山集まってきて、私に桜の花びらをちらせてくれた。
花びらは風に乗って辺りを優しい桃色にそめあげる。
「お嫁様、お嫁様・・・よくぞまいられた。」
「どうぞ末永くおしあわせに。」
人間ということで、歓迎されないと思っていたのは杞憂だったようで、
山に住まう者たちは神から妖し、精霊すべて、私たちの婚姻を祝ってくれた。
「皆様、本日はありがとうございます。
私はまだ未熟ものではありますが、ナナシの妻として、
精一杯尽くしてまいりたいと思います。
どうか、温かく見守ってくださいませ」
私も皆の優しい気持ちに応えるべく、お礼を述べる。
「ありがたやお嫁様」
「うれしいね、綺麗なお嫁様」
「お嫁様に幸運を」
延々続く祝いの列。
私とナナシの婚姻はここに誓われた。
多くの祝福とともに。
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