くろつるばみ

 二台目と三台目の双子のこぎつねの機械時計は、資料集めと設計図の段階までは苦戦したが、そのあとは順調に進み、結局一台目の半分の時間で完成した。


 完成した二台の機械時計を教師に見せたとき、彼は笑顔を浮かべ、ぼくの肩に手を置いて褒めてくれた。その手の感触に、ぼくは耳まで赤くなって俯いた。昨夜もアンジュと地下室にいたとき、ぼくをやっているのはアンジュではなく教師だとずっと妄想していたせいだ。


 教師は、ぼくと同じ色の瞳をしている。

 この館では黒橡くろつるばみ色の瞳は、ぼくと彼だけだ。だから、ぼくは教師の目を通して自分を見ている気がするのかもしれない。

 それなら、教師も、ぼくの目を通して自分を見ることがあるのだろうか。彼もアンジュに抱かれているとき、ぼくを思い浮かべることがあるのだろうか。


 ぼくは知っている。アンジュが館にいる夜は、彼の寝室に教師がいることを。

 機械時計をぼくがどうにか作れるようになると、二人は公然とベッドを共にするようになったんだ。

 昨夜だって、アンジュは夜半過ぎには地下室を出ていった。以前なら、夜明けまで執拗にぼくを責め続けていたのに。

 教師は、アンジュの体のぼくの残り香をどう思ったのだろう。いつもよりアンジュと激しく愛し合ったのだろうか。


 その教師の手が、ぼくの肩の上にある。


 教師が何か言って、ぼくは顔をあげた。彼と目が合う。その目が、のぼせたぼくの頭に冷水を浴びせた。ぼくは慌てて、目を逸らした。


 教師が彼の黒橡色の瞳を通して、今見ているのは、ぼくではなかった。

 彼は、ぼくを通して、もうひとりのぼく—— 未だ闇の中にいるぼくの半身の彼女を見ていた。

 ぼくは怖くなった。どうしてだかわからないけれど、それがとても怖くてたまらなくなった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る