聖母マリアの苺
わたしは驚いて、こぐまに尋ねた。
「どういう意味?」
「あのね、お話があるの」
「どんなお話?」
「聖母マリアさまのお話」
「聖母マリアさま?」
「うん、そうだよ。聖母マリアさまの苺のお話。おねえさん、このお話も知らないんだね」
「ええ、知らない」
「教えてあげようか」
「お願い」
「苺が実る季節になるとね、聖母マリアさまが幼くして天国に来た子どもたちに苺を配るんだよ。甘くて赤くておいしい苺。幼い子どもたちは苺が大好きで、マリアさまから苺をもらうのをとても楽しみにしているの。でも中には苺がもらえない子がいるんだ。なぜだか、わかる?」
「わからないわ」
「それはね、その子のおかあさんが苺を食べてしまったからなんだ。だからマリアさまは悲しそうにその子に言うんだ。『地上にいるあなたのおかあさんがみんな食べてしまったから、あなたにあげる苺はないの』って」
「それじゃあ、マリアさまの苺というのは、天国にいる子へのおかあさんたちからの贈り物なのかしら」
「うん。だから、子どもを亡くしたおかあさんは苺を食べないんだ。マリアさまから天国でその子に苺を渡してもらうためにね」
「そのお話も、ウツツツキさんが教えてくれたの?」
「ううん、違う。聖母マリアさまのお話は、おかあさんからきいたの。おかあさんが、ここに来る前に話してくれたんだ。おかあさんはこれからずっと苺を食べないから、おまえはおなかいっぱいお食べって」
それなら、このこぐまたちは二頭とも死んでしまっているのだろうか。
こぐまは笑った。
「ぼくはここにいるのは、いちごおとしだからだよ。この子とは違うよ」
「それじゃあ、この子は」
「そうだよ。この子は死んじゃったんだよ、おかあさんに捨てられて」
「ああ、かわいそうに。マリアさまも、この子のことをとても悲しんでいらっしゃるのね」
「違うったら、おねえさん。マリアさまは、この子のことを知らないんだよ」
「どうして? マリアさまは、なぜこの子のことを知らないの?」
「だって、この子はぼくの森にいるんだよ。まだマリアさまのいる天国には行っていないんだよ」
「でも、死んだら天国に行くんでしょう?」
「だから、この子はまだ森にいるんだってば。森で動けなくなっているから、三百年もの間どこにも行けずにいるの。この子は苺を食べて森から出て、この子の魂が行くべきところに行きたいのに、苺が食べられないからずっと森にいるんだよ。マリアさまのところに行くことさえ、この子にはできないの」
「よく、わからないけれど……。それで、ずっと森にいるとどうなるの?」
「魂が消えちゃうんだ」
「魂が消えちゃう?」
「うん。この子はもうすぐこの森にもいられなくなる。魂が消えちゃうから」こぐまは、切り株の上の砂時計を見た。「この砂時計の砂がみんな落ちちゃったら、この子の魂は消えちゃうんだ。この砂時計の砂はね。おねえさんに託された時間」
「わたしに託された時間?」
どういうことなのか、まるで理解できない。
「砂時計の砂がみんな落ちちゃうと、陽が沈んで森が真っ暗になる。真っ暗になると、森は消えちゃうんだ。この子の森が消えちゃうと、この子の魂も消えてしまうんだ」
砂時計の流れ落ちる砂は残り少ない。あとどれくらいなのだろう。
「だけど、ここはあなたの森で、この子の森じゃないんでしょう?」
「同じだよ」
「同じって……。だったら、この森が消えたら、あなたの魂も消えちゃうの?」
「この森は消えない。この森は、ぼくの森。この子の森じゃないんだもの」
「今、同じって言ったじゃないの」
「どっちでも、おんなじ。それに、ぼくには……」
こぐまは、言いかけてやめた。わたしは混乱するばかりだった。
「おねえさん、早くしないと砂時計の砂がみんな落ちちゃうよ。この子の魂が消えちゃうよ」
「ああ、そうね。でも、どうすればいいのかしら」
「だから、この子に苺をあげればいいんだよ。苺をあげれば、この子は動くことができるようになって、魂が行くべきところに行けるようになる。マリアさまのいるところにだって、どこにだって、この子の魂の行くべきところに行けるようになる」
こぐまと話している間にも、どんどんと砂時計の時間は過ぎて行く。
「おねえさんが来たから、ぼくはもう行くよ。じゃあね、おねえさん」
「待って。ひとつ、教えて」
「なあに?」
「どうすれば、この子に苺をあげることができるのかしら。この子がもし本当に死んでしまっているのなら」
「もしじゃない。さっきも言ったでしょ。この子は三百年も前に死んじゃったって」
「それなら、いくら、わたしが苺を摘んでこの子に食べさせようとしてもできないわ」
「おねえさんができないのなら、この子の魂は消えちゃうだけだ。この子は、おねえさんが来るのを三百年もの間、ずっとひとりぼっちで待っていたのに」
そんなことを言われても、困るだけだ。
「どうすればいいのか、キツツキのうつつつきさんなら教えてくれるかしら」
「訊いても、教えてくれないよ。だって、それは、おねえさんが知っていることだから」
わたしは、いっそう困惑した。
「おねえさんは、この子に苺をあげるためにぼくの森まで来たんでしょ」
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