階段
木を突つくような規則正しい音は相変わらず、階段の上方で続いている。
どれだけ上がっていけば、次の階に着くのだろう。
コツコツという音も一向に近くはならない。
足の甲が、ずきんずきんと疼いている。癇癪に任せて二度も扉を蹴飛ばすんじゃなかった。わたしのやることなすことは、どうしてこうも裏目にばかり出るのだろう。
太ももの筋肉が引き
見上げればその先は見えず、見下ろすと薄闇の中に階段は消えている。背筋がゾクゾクする。
この階段は、どうなっているのだろう。上り始めたときは、すぐに次の階に着きそうだったのに。
ここまで来たのなら、もう上に行くしかない。この薄闇の底に給湯室の小部屋が元のままあったとしても、どうせ二つの扉は開かない。開けてはくれない。
だけど、上の階に人がいるとしたら、どんな人なんだろう。見知らぬ人は怖い。やっぱり、青年や管理人さんみたいに敵意や悪意のある人なんだろうか。さらに状況は悪化するのだろうか。
「知るか、そんなの」
癇走った声が、耳に届く。誰の声でもないわたしの声だ。
どうやら
わたしの中には火気厳禁の火薬庫がある。本当に小さなものだし、普段は水の中に沈んでいる。湿気って
気が弱くて人の顔色を気にしてビクビクし通しなのに、頑固で意地っ張りなところがわたしにはある。いつもは性格の一番奥に隠れているけれど、何かの拍子にひょいと顔を出す。それも出なくてもいいときにだ。そのおかげで回避できたはずの窮地、陥らなくていい苦境に、火だるまになって何度突っ込んで行ったことか。
気が弱いなら弱いなりの処世術がある。人の顔色を見てばかりだから、危ないときはすぐに気が付く。だったら
わたしが助けてって言えないことも、このあたりに起因がある。一回で助けてもらえなくても二回三回と叫び続けていれば、助けてもらえるかもしれない。二回三回で駄目でも、四回目か五回目、あるいは十回目で助けてもらえるかもしれない。だけど、わたしはすぐに「だったら、もういい」となってしまうんだ。もちろん言っても助けてもらえないのが怖いというのも根底にあるから、ダブルで始末が悪い。
わたしが世間だけでなく、自分自身との折り合いの悪さにも七転八倒し続けている間、階下の青年はあの優雅さと美貌だもの、チヤホヤと甘やかされてきたのだろう。あの瞳からすると、本人はそう思ってはいないのかもしれないけれど。なんて贅沢なんだ。わがままもいいところだ。結局最後には思い通りにしてきただろうに。
もし三度目に蹴っ飛ばす機会があるのなら、今度は扉じゃなくて本当にあいつを蹴っ飛ばしてやるんだ、絶対にだ。
わたしは再び階段を上がり始めた。青年に対しての八つ当たりじみた腹立ちと彼のいる下の階には戻るもんかというわけのわからない意地だけで、動かない足に鞭打ち手摺りにしがみつき攀じ登るように階段を上り続けた。怒りの推進力は途方もない。
気が付くと、いつの間にか、コツコツという音が聞こえなくなっている。
「つっ」
段のあるはずのところに段がなかった。足を踏み外したんじゃない。階段が唐突に終わっていたんだ。脳内の想定の高さとは違ったから、勢いよく足の裏が床に当たった。扉を蹴っ飛ばした方の足だったから、ものすごく痛かった。これでまた一つ青年への恨みが増えた。
階段が終わったところからは、仄明るい長い廊下が続いていた。廊下の両側には、真鍮の番号を打ち付けたドアがずらりと並んでいる。突き当たりには、更に上に行く階段が見えた。
コツコツ コツコツ
コツコツ コツコツ
音が再び始まった。それもかなり近いところからだ。
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