名無し

 ぼくは、おじいさまの仕事場ラボラトリュームで作り出された。


「それなのに」なのか「それで」なのかは知らないけれど、ぼくには魂がない。本名なまえさえない。

 

 だから、どこにも行けない。魂の旅なんて、はなからぼくには関係がない。ぼくには、ぼくの周りにある不穏なこの世界しかない。もしぼくがここ以外のどこかに行けるとしたら、アルの穏やかに澄んだ瞳の中の湖だけだ。 


 ラファエルだって、ぼくとそんなに変わらない。ぼくら以外の全ての魂たちのために捧げられた生け贄でしかない。




 ぼくらとたちは、魂と運命の糸を持っている。だけど、それは彼女たちが人間として生まれたからで、ぼくらとは関係がない。

 いずれは、ぼくらとのペアの部分を捨て去って、彼女たちもその魂が望むところに旅立って行く。

 


 魂を持てば悲しみの意味を知ることになる—— 昨日読んだ本に書いてあった。

 だけど、ぼくは今こんなにも悲しい。魂のかけらさえ持っていないのに、こんなにも悲しみの意味を知っている。




 頭痛がひどくなってきた。

 小間使いを呼んで、カモミールのお茶を入れてもらおう。



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