二つの扉の間 1

 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ


 木を突つくような音がしている。

 ハンドタオルに埋めていた顔を上げた。青猫商会と仏蘭西菊洋装店に挟まれた小部屋は静まり返っている。空耳だったのだろうか。そう思った途端に、また音がしはじめた。


 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ


 青猫商会、仏蘭西菊洋装店—— どちらの扉から聞こえてくるのだろう。


 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ


 扉からじゃない。


 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ


 音は、小部屋の奥にある上り階段の方から聞こえてくる。


 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ


 この規則正しい音は、なんなのだろう。一度耳に付いたら、二度と頭から離れない。そんな音だ。わたしは耳を塞いだ。それでも音は聞こえてくる。


 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ



 そのうちに音がわたしを急き立てているように思えてきた。だけど、わたしにどうしろというのだろう。

 ここにじっとしても、何も始まらない。たとえ、ここで一晩明かしたとしても、明日、扉が開くとは限らない。

 どちらの店の営業日も営業時間も知らないのだ。週に三日とか二日しか開かない店だってある。管理人さんが「明日までに苺の実のモチーフを編み上げて来てください」と言っていたから、少なくとも仏蘭西菊洋装店は明日は営業しているはずだ。だけど、機械時計のこぐまは青猫商会のトートバッグの中にある。

 こぐまと白紙のコピー紙を使って苺を編むことができなかったら、管理人さんに無視されこのまま放って置かれる気がしてならない。あんなに敵意丸出しだったんだもの。


 ましてや青猫商会側の扉は、青年が閉めたのだ。わたしがここで野垂れ死のうと、彼は気にも留めないだろう。いや、それが彼の望みなのかもしれない。

 一点の光さえ拒みかねないあの黒橡くろつるばみの瞳。懐かしさに惹かれて一歩でも踏み込めば、得体の知れない深淵から二度と後戻りできない…… そんな気がしてならない。


 どちらかの店に来客があるときにでも騒げば、その客が気付いてくれる可能性もあるけれど、そもそも客が来るのか疑問だし、どんな客なのかはもっと疑問だ。




 コツコツ コツコツ

 コツコツ コツコツ


 絶え間なく続く音の中で、泣き疲れ思いあぐねたわたしの意識がふっと遠のいていく……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る