青猫商会

銀葉の写真立て

 銀葉ミモザの装飾が施された写真立ての中には、シルクとベルベットの揃いの服に身を包んだ二人の少年の写真が収まっていた。

 仏蘭西菊洋装店の写真立てと同じ少年と、もう一人黒い巻き毛の少年が満開のミモザアカシアの中で肩を組んで笑っている。


 巻き毛の少年は、月光の髪の少年より更に美しかった。美しすぎるほど、美しかった。そして、青年によく似ていた。

 でも、まさか彼の少年時代の写真ではないだろう。写真は色褪せ、二人が来ている服も十九世紀のデザインだ。

 背後の扉の中で音がした。急いで椅子に座り直した。しかし扉は閉まったままで、青年が出てくる気配はない。


 所在なく作業机の上を見回しているうちに、ひどく場違いなものがあるのに気が付いた。カタバミだ。どうして道端の雑草が、ここにあるのだろう。そういえば、硝子の棺の中にもカタバミの花束が置いてあった。


 得体の知れない恐れと不安が、雨雲のようにむくむくと胸の内に広がっていく。


 ここも仏蘭西菊洋装店と同じくらいに不穏だ。輪を掛けて不穏だ。そもそも青猫商会とは何を扱っているのか。過去と未来が混在しているような不可思議な仕事場をいくら見回しても想像すらつかない。

 青年に丸め込まれて店に入ってしまったけれど、彼がいない間に逃げ出そう。早くサリを探しに行かなければ。こんなところで時間を無駄にしている場合じゃない。そう決心して、トートバッグを持って立ち上がろうとした。


 すると、そこに天使長が逃げるなとでもいうように膝に乗って来てしまった。それで、わたしは立てなくなった。サリと同じ天使長の心地よい重さとぬくもりを一秒でも長く膝の上に置いておきたくなった。

 天使長はゴロゴロと小さな雷鳴のような音をたて喉を鳴らしていたが、不意に顔を起こした。

 どうしたのかと思って猫の視線を辿ると、どこから紛れ込んできたのか小さな紋黄蝶がひらひらと舞っている。


「お待たせ」


 背後の扉が開き、グラスを二つ乗せたトレーを手に青年が出て来た。

 蜂蜜の甘い香りが部屋中に広がる。彼は片足で扉をバタンと閉めた。そんな行儀の悪い仕草でさえ、見惚れるほど優雅だ。


 わたしは惨め極まりない気持ちになった。どうして、青年とわたしはこんなにも違っているのだろう。いや、こうして並べて考えることさえ、同じ部屋にいることさえ間違っている。存在場所が違うのだ。作業机の上のカタバミ、美少年の枕元のカタバミと同じだ。あまりにも違いすぎて、間違い探しのパズルにもならない。


「仏蘭西菊の編み手さんは、逃げ出さなかったか。えらい、えらい」


 人の気も知らず彼は笑いながら、わたしの前に湯気の立つホットティーのグラスと小さなケーキが乗った小皿を置いた。耐熱グラスには金色の持ち手がついている。どこか砂時計を連想させるデザインのグラスからは甘く濃厚な香りがしていた。洋酒が垂らしてあるのかもしれない。


「お茶請けは、蜂蜜のケーキボーロ・デ・メルだよ。リコがちょっと前に持ってきたんだ。きみが面接に来たとき、来店記念の粗品を渡すのを忘れたってさ。それで、ぼくのところに来たら渡してくれって言うんだけど、きみはもう仏蘭西菊の編み手さんなんだから来店記念も何もないのにね」


 だったら、リコはわたしが青猫商会に来ることも見越していたんだ。あの子は勝手に面接を申し込んでもいた。いったい何者なのだろう。リコだけじゃない。スモモコも管理人さんも硝子の棺の美少年も何者なのか。

 それに、この青年だ。居た堪れないほど懐かしいのに、それがどうしてなのか思い出せない美しすぎるこの青年だ。



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