天使の名前

 ミシェルとラファエルというぼくらの呼び名は、アンジュが付けた。

 翼の芽を放っておくと、やがては大きな翼を背負った大天使ミカエルやラファエルのフレスコ画じみた姿になるという理由でだ。だけど、ぼくたちの素性からすれば、かなり不謹慎な名だ。


 ラファエルには本名があったけれど、ぼくには名前がない。だからといって、ミシェルが本名になるわけじゃない。ミシェルはただの呼び名にすぎない。アンジュが付けた名なんて、ぼくの本名になるわけがない。




 ぼくは生まれてすぐに、おじいさまの神殿からミモザアカシアの咲く館に下げ渡された。

 アンジュはぼくらの呼び名を決めたとき、自分もアンジュという名に変えてしまった。きっと、苛ついていたんだ。硝子のひつぎの宿命を背負った弟だけでも面倒なのに、おじいさまにぼくまで押し付けられたんだもの。

 きっと、ぼくを引き取ることを断りたかったはずだ。

 だけど、おじいさまの命令は絶対だ。三つの呼び名は、アンジュのおじいさまに対する精一杯の当て付けだろう。


 翼の芽はこどものうちに摘んでおけば、おとなになるころには生えてこなくなる。

 おじいさまは、ぼくを造っておきながら翼の芽を摘むことができない。

 完璧に翼の芽を摘むことができるのは、アンジュがふるうむちだけだ。だから、ぼくとラファエルはアンジュの鞭を受けなければならない。


 ぼくは翼の生えた体でいいから、おじいさまの神殿で育ちたかった。

 だけど、おじいさまは無慈悲にもぼくを銀葉ミモザの館に下げ渡した。アンジュが腹癒せから、ぼくをどう扱うかはわかっていたはずなのに。

 おとなの姿になるまで、ぼくがアンジュからどれだけの辱しめを受けて屈辱を味わうのか、おじいさまはじゅうぶんに承知していたはずなのに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る