紙コップは黄昏の国 1
学生や会社帰りの人たちで、コンビニはそこそこ混んでいた。
五席あるイートインスペースの一番奥が空いている。これからどうするか、ひとまず座って考えよう。
そういえば、お昼過ぎに公園でジャムパンを食べたきりだ。それも、ほとんどのジャムをこぼしてしまい、ジャムなしのジャムパンだった。その前は水飲み場を探して水ばかり飲んで、丸一日何も食べなかった。最後の千円札まで使いたくなかったんだ。だけど、それが失敗だった。あの千円で、昨日ちゃんとしたものを買って食べておけば良かった。そうすれば、こんなことにならなかっただろうに。
とにかく今は、おなかに何か入れて気持ちを落ち着かせよう。気持ちが落ち着けば、良い考えも浮かぶだろう。
幸か不幸か、アルバイト先が見付かった。十中八九不幸寄りだとしても、アルバイト代はもらわなければならない。いくら無理難題を吹っ掛けられていたとしても。取り敢えず、なんでもいいから小さな苺のモチーフを編んでいけばいいんだ。それで、仕事をしたことになる。明日になれば日給がもらえる。数日分の最低限の食べ物は、それでなんとかなるだろう。
棚から梅のおにぎりを一つ選んでレジに行った。レギュラーサイズのコーヒーを注文して、半ば上の空でお金をキャッシュトレーに置いた。
「これ、違います」
店員さんが困った顔で、トレーを押し返した。名札が外国の名前だ。
一瞬この人が日本の硬貨にまだ慣れていないのかと疑ったが、疑うべきはわたしの出した三枚の百円硬貨の方だった。やっぱり一番信用できないのはわたし自身だ。
トレーの中にあったのは、見慣れない銀貨だった。でも、おもちゃではなさそうだ。わたしの知らないどこかの国の通貨。こんなものが、いつどこで紛れ込んだのだろう。ここに来る前、最後にお財布を出したのは公園の焼き立てパンの移動販売車だった。その前まで、こんな硬貨は入っていなかった。
慌ててお財布の中を見た。五円硬貨一枚と十円硬貨一枚しか入っていない。やっぱり、三枚の銀貨はジャムの小瓶とパンを買ったときのお釣りに間違いない。最後の千円札を使ったお釣りが外国の硬貨だったなんて…… なんていうアンラッキー。わたしのこれまでの人生そのものだ。
もたもたしている間に、後ろにお客さんの列ができていた。焦りながらお財布のカード入れの中からまだ三百円くらいなら残高がありそうな電子マネーを見つけて、どうにかギリギリ支払いを終えた。
おにぎりと紙コップを受け取ってコーヒーマシンに行こうとしたら、店員さんがキャッシュトレーを指差した。
「お忘れですよ」
三枚の銀貨を取り忘れていたんだ。トートバックからまたお財布を出す気持ちの余裕もなく、フーディのポケットに突っ込んだ。手に何か触れた。ポケットに何か入れていた記憶もないが、わたしのことだ。忘れているだけだろう。
コーヒーマシンでコーヒーを入れている間に、イートインコーナーには誰もいなくなった。
おにぎりとコーヒーを持って、目星を付けておいた角っこの席に行く。バッグを膝の上に置いて座った。なんか、ため息だ。
コーヒーを一口飲んで、猫舌のわたしは火傷しそうになる。
落ち着け。落ち着かないと。
今日は、どれだけ運の悪い日なのだろう。会社を辞めたとき以上に最悪な日だ。
二口目は注意して、コーヒーをすする。
そういえば管理人さんも、リコやスモモコと同じくわたしの名前を尋ねなかった。住所も電話番号すら訊かず、わたしに高価なアンティークの機械時計を渡した。なんの
それなら…… 。
明日、店に行かなくたって、管理人さんはどうすることもできないんだ。わたしがどこの誰ともわからないのだから。
ふと、フーディーのポケットに何が入っていたのか気になった。
硬貨といっしょにポケットから出してみると、折りたたんだ紙だった。
綺麗にピシっと折ってある。ぞんざいなわたしには到底できない折り方だ。
繊細なレースを編むことは好きだけれど、それ以外のことに関して、わたしは大雑把だ。何事に関しても、
時々思う、わたしの半分はちぎれて、どっかに飛んでいってしまったんじゃないかと。
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