42:鋼の二、アイアン・メイデン

「……(数が多い)」


 大神と共に最後尾を目指すあやめはその惨状を目撃する。

 混乱する車両を抜けて3両目……その中から銃声が響いていた。それはあまりにも無慈悲な『処理』の光景。


「わふ……」


 一人一人、座席を確認しながら老若男女関係無く淡々と……その身体に弾丸を叩き込んでいく無法者達だった。

 それは大神が見ても残忍極まりなく、怒りよりも先に悲しみが心を締め付ける。


「……(しかも偶然居合わせたわけではなさそうですね。装備はすべてお爺ちゃんや長官様対策、私達の移動が知られていたと見て間違いないですね)」


 幼いとはいえ月夜連合の暗部でもあり、今はアメリカ合衆国のエージェントのあやめは冷静に敵の装備を確認していった。


 持っている銃はギャングに人気のあるトンプソン機関銃、全員防弾ベストを着て鋼鉄製のヘルメット……そして黒いスーツを着込んだ裏社会の人間そのままの姿だった。

 性別もバラバラで女性も数人混じっている。


「(なぜわざわざ乗客を殺す?)」


 列車強盗やハイジャック目的ならば殺さず脅して活かしておいたほうがよほど蓮夜やキッドには効果的だ。

 訓練の時に敵側の視点として散々蓮夜とやり合った事もある、人質を殺してしまうことは裏を返せば蓮夜への制約が無くなってしまう。


「わふっ」


 ドアの反対側に居る大神がなにかの匂いを嗅ぎ取ったのか、あやめに一吠えして鼻先を中に向けた。


「(……あれは?)」


 ひとしきり全員を殺害した後、黒尽くめの敵は後部へと移動していく。

 全員が出ていった後に入ってきたのは一人の女だった。

 首元と左側の顔面にドクロのタトゥーを入れてぴっちりとしたレザースーツ、その上に鉄片を埋め込んだ皮のコートを羽織る妖艶な美女。


「(……敵の首謀者か、武装は無し。引いた兵はお爺ちゃんと長官様に向かったか)」


 その女性は上機嫌そうに客室内を練り歩き、死体を確認しながら何かを手帳に書いていく。

 

「(まあいい、私は私の仕事をする……)」


 一対一なら好都合、狭い車内なら取り回しも自在なあやめの腕が有利だし大神も居ることで数の優位は取れる。

 

「――!」


 犬笛であやめは突入と殲滅を大神に指示した。

 

「ぐるぅ」


 走行する列車の音の中でも正確にその笛の音を聞き取り、大神が身構える。そうして出ていった敵兵が十分離れたと判断できるくらいの時間の後、あやめと大神は車内でこちらに背を向けた敵に向かって扉を開けて一気に突っ込む。


「おやぁ? ガキと犬?」


 流石にその音に気づき、ぐりん、と首を回して女はあやめと大神を認識した。とてもつまらなそうに。


「……(穿て)」


 たんっ、と身軽に跳躍し右腕を振り上げたあやめは女の胸元めがけて振り下ろしながら……筒を歯で強く噛み込む。その瞬間!


 ――ズガンッ!!


 拳の代わりに装備された特注の杭が女に触れたと同時に勢いよく射出された。

 千里の発破機構と同じように爆発力を推進力に変え、その鋭い杭の先端は女の左胸……心臓を貫通するはずだったのだが……。


「おっと」


 ふらり、と半身に体を動かし……女はその杭をすんでの所で回避する。


「がうぅっ!!」


 その間隙を縫うように大神が左足を狙いその顎を突き立てた。しかし、その噛み付きもまるで知っていたかのように一歩引いて反対に大神の顎へ右足を振り上げる。


「がうっ!?」


 それでも月夜連合の狼である大神はとっさに避けて、女を挟み込むように座席を足場にして回り込んだ。


「随分とすばしっこい犬とガキんちょだね……誰だい?」


 そんな大神とあやめの動きにひゅう、と口笛を吹いてぎろりと濁った眼差しを交互に向ける女に……あやめは名乗る。


「FBI所属、アイアン・メイデン。法の下……大量殺人、及び列車強奪の罪で貴方を処罰します」

「FBI? どうなってるんだい、聞いてる話と違うんだけどね」

「聞いてる……その情報はどこからですか?」

「さあね、興味がない……でもまあ、名前くらい名乗ろうか? シュタイン、それがアタシの通り名だよ」


 シュタインと名乗る女はにひひ、と意地悪そうにあやめに笑顔を向ける。

 

「シュタイン……そうですか、長官様のDOAファイルにあった名前ですね」

「……へえ、それを知ってるって事はアンタ。ストライプスターか……よく見りゃその腕、日本製だねぇ……ちょっと調べてみたかったんだよ。うん、うんうんうんうん……準備運動とすれば効率がいいか」

「準備運動? 舐められたものですね……大神。殺しますよ」


 ぎろりと眼差しを鋭くして、あやめは大神と共にシュタインへと対峙する。そうと決まればあやめの行動は早い、筒を咥え直し今度は左腕を床に叩きつけて跳躍し、再度右腕をシュタインの頭部へ向けて振り下ろした。


「そいつはアタシに『効かない』」


 ――ゾクリ


 べろりと舌を出すシュタインと目があった瞬間、あやめの背筋に冷たいものが走る。

 それでも。


「――!(穿て!!)」


 あやめはその本能的警告を無視。筒を噛み込んで、撃発する……それに驚いたのはシュタインだ。

 

「へ?」


 とっさにシュタインにできたのは身をひねり、迫りくる鉄杭をコートの肩当ての所に当てるようにすることだけ……なのに触れた瞬間に炎と痛烈な衝撃がシュタインの全身を激しく打ち据える!


 ――鳴神


 あやめの装備する鋼鉄の両椀に装備された杭、元は岩盤破砕用の工業機械であるパイルバンカーを元に設計された個人用の火薬で推進力を与えて破壊する破砕機なのだが……あやめの適性が高すぎて災害救援よりも対人戦や突入の際に壁をぶち破る特別突入に転用できてしまったのだ。


 結果、触れただけでその部位が千切れ飛ぶ凶悪な串刺し鬼として名が知れる。


「うおあっ!?」


 脳が直接掻き回されるかのような不快感と背中に向けて引っ張られる慣性に成す術無くふっとばされた。


 それだけではない。


「がるぅ!!」


 飛びかかった大神がその鋭い牙で脇腹に噛みつき虚空に縫い留める。


「がはっ!!」


 全身から伝わる様々な種類の痛みに思考がまとまらないシュタインへ、あやめは無慈悲に追撃の左腕を胸元めがけて突き立てる。


 ――蒼天


 ガキンッ!


 そのままあやめは筒を噛み締め左腕の杭を撃発させた。


 ――ドパン


 射出された杭にシュタインは貫かれ、まるで水風船のように四肢が膨らみ……血を撒き散らして四散する。


「ぷはっ……」


 そんな結果には目もくれず……あやめは射出した杭を腕を振って戻し、真っ赤になった大神を呼び戻して明らかに即死であろうシュタインに近づきながらも大神に指示を出して腕の火薬を再装填した。


「催眠や薬物などを使い相手の思考を奪うと書いてありましたが……それだけでは私達月夜連合……じゃなかったですね。ストライプスターには勝てませんよ」

「わふっ」


 床に大の字になったシュタインの死に様は無惨そのもので……何なら乗客のように生前の姿を留めていない。


 まるで内側から爆薬で破裂したかのような悲惨な有り様だった。何かを思うことすら許されなかったシュタインの最後はあっけなく、その姿すら現世から抹消される。


「……これでも身元って把握できるのでしょうか? まあ、長官様に後で聞いてみましょう」


 ――ばしゅぅぅ


 鋼の両椀から排熱用の蒸気が吹き出し、生ぬるい空気が纏わりつくのを払い……あやめは淡々と大神に跨がり残りの敵の殲滅に移行。その頃にはもう、シュタインの顔すらあやめの記憶に残っていなかったのであった。


「さて……大神、乗客の安全のためにも最優先で敵を皆殺しにしますよ……見つけ次第噛み殺しなさい」

「がうっ!」


 そのままできるだけ生存者を増やすために大神とあやめは扉をぶち破りつつ、驚愕し混乱する敵兵を次々と蹂躙しながら後部へ向かうのだった。


 しかし……。







「シュタインが足止めにもならねぇのか……見たことねぇ戦力だが……あの髪、東洋人か。勘弁だぜボス」


 シュタインの残骸の残る車両の屋根で、煤で真っ黒になった一人の男が身を起こす。 

 リュックを背負い、黒い目出し帽をぐい、と取り去ると青い目と黒い髪の青年がぼやく。


「まあ良いか。ちょうど良く斬鬼もFBIのトップも後ろにいることだし目的は達成できそうだ……」


 凄まじい強風の中、青年は汽車の心臓部である炭水車を目指す。蓮夜たちは運が悪かった……たまたまトンネル通過のタイミングだった事、タバコを吸いに後部へ行ってしまった事、そして最も不運だったのは。


 煤と血臭に紛れてしまい大神が彼の存在に気付けなかったことである。


「せいぜい連中を相手にしててくれよ……最高の芸術と共に散らせてやる」


 その数分後、列車は本来の進路であるワシントンから……工事中の線路へと進行方向を変えた。


「このアルカポネファミリーがこの国をいただくぜ」


 悪意はいつも突然湧いてくる。

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