41:襲撃
乗客が悲鳴を上げ、その振動が激しく混乱を呼ぶ中。
あやめと大神はいち早く蓮夜とキッドの安否よりも乗客を守る方向に思考が向いた。
「皆さん! その場から動かずに伏せて! 当局が対応します!!」
しかし、その言葉は虚しくも爆音にかき消され誰にも届かない。一匹の狼以外は。
――アウオオオォォン!!
あやめの言葉の意図を正確に読み取り、大神は威嚇の遠吠えで客車内の乗客を無理やり竦めさせる。
ビリビリと伝わる恐怖感で殆どの乗客が静まり、あやめと大神を見る。
「みなさーん! これから合衆国特別調査官の私がこの音の確認に向かいまーす!! 安全のためにこの場で伏せてくださぁぁい!」
両手で拡声器のようにして精一杯の大声であやめは訴えるが……元々の声質が高くて可愛らしすぎるのかなんか緊張感に欠けてしまっていた。それでも乗客は即座に従ってくれる。
――ぐるるぅ
その後ろに今にも噛み殺さんと眼光鋭く唸る大きな狼が居たからだ。
「ううん、なにが……」
「無事です? 灯子様」
「まって、眼鏡が……」
振動で椅子から転げ落ちた灯子がズレた眼鏡を戻す。鮮明になった視界……と言ってもトンネル内で暗い客車が混乱してることくらいしかわからない。
「申し訳ないのですが列車の後ろの方でなにか起きたようです。お爺ちゃんや長官様が居るかとは思いますが私も向かいますので……ここでお待ちいただけますか?」
「それは良いけど……ここじゃ」
先日の巨腕を装備するには狭い、と目線をあやめの腕へ向ける灯子にあやめはくすりと笑いながら告げる。
「ご安心を……大神、破ノ三番を」
「がうっ!」
即座に大神は座席を足場に頭上の荷物置き場から小柄な大人なら……何ならあやめが入れそうな大きさのハードケースを加えて引っ張り落とす。
そのまま取手の部分を牙で挟んで頭を右に二回、左に一回振った。するとガキン! と小気味いい音を立ててハードケースが開け放たれる。
「月夜連合、鋼の二専用戦闘具……石楠花。こういう狭い所用のもあるんですよ」
そこに収められていた鋼の両腕部は拳と呼べるものがなく、そこには鋭い杭が収められていた。
「大神、お願い」
「わふっ!!」
大神があやめの巫女装束の肩口の紐を咥えて引っ張ると、はらりと肩が露出する。その肩には幼い少女に不釣り合いな金属製の接続肢が直接埋め込まれていた。
「よいしょ」
ちょうどハードケースの自分が収まるスペースに背中を預け、あやめが顔を横に向けると丸い紐がついた玉がプラン、と垂れている。それを口に咥えて引っ張った。
――ガキンッ!!
「ふぐっ!!」
紐が引っ張られたと同時にあやめに鋼の腕がものすごい勢いで接続され、苦悶の表情を浮かべたあやめの口に金属製の筒がはめられる。
「ふっ……ふぅ……」
一部始終を見守るしかない灯子が思わず手を伸ばすほどの痛々しい姿に顔をしかめるが……あやめは数回深呼吸して息を整えるとゆっくりと立ち上がり、口をモゴモゴと動かす。
「では、行ってきます」
少しだけ筒と口に隙間ができ、そこから聞こえるくぐもったあやめの声は……普段のほやほやした可愛らしい声ではなく、冷たい鋼の温度が伝わるかのような低い声だった。
「大神、行くよ」
「がうっ」
いつの間にか大神も別のハードケースから出して身につけた、脚と背中を守る革の防具を装備している。
その背にまたがり、あやめは筒を咥え息を吹く。
――!
「がううっ!!」
大神だけが捉えられるあやめの命令に答え、彼女を乗せて乗客を避けながら身軽に後部へと走り始めた。
「あれって……犬笛?」
なんとなくその正体を察した灯子があっという間に後ろの客車へと消えていくあやめと大神を見送る。
混乱する車内に取り残された灯子は大人しくこの場で待とうと座席に座ると……キラリと光るなにかが座席に残されていた。
それはこう、なんだろう。
ものすごく見覚えがあって……でもこの場にあってはいけないものな気がするものだった。
「れ~ん~やぁぁぁぁぁ!?」
怒髪天を衝く、まさにそんな怒号が車内に響き渡る。
その頃最後尾に居たキッドと蓮夜はと言うと……
「踏ん張れ斬鬼、あと一人だ!」
「ぐ、ぬぅぅ!!」
列車の接合部で手すりを掴みながら必死の形相でつなぎとめる蓮夜と、乗客を掴んではかろうじて無事な前の車両へ放り投げて救出を続けるキッドが奮闘していた。
「よし、来い坊主!! お前で最後だ」
「ふ、え……」
「キッド、行け! 怯えておる!」
「おう! 今行くぞ坊主!!」
すでに最後尾は脱線し、蓮夜の腕力だけで引きずっている状態の中では激しく揺れていて……幼い子どもではまともに動ける状態じゃない。それをいち早く察し蓮夜はキッドに指示を飛ばして自分に激をいれる。
「こなくそっ!! 絶対離さぬぞ!!」
ぎゃりぎゃりと火花を散らしながらほとんど床しか残っていない最後尾の車両を繋ぎ止め続けた。
「捕まれ坊主、もう大丈夫だ」
「ほあん……かん?」
「そうだ、格好いいだろう? この国の星だ」
怯える子どもに優しく頭を撫でながら抱き寄せ、胸元のバッジを見せるキッド、内心では一刻も早く前にいかねばと思いつつも恐怖で暴れられては困るとヒヤヒヤしている。
「いそげっ!!」
「すぐ行く!!」
蓮夜だからこそ持ちこたえているがもう数秒も持たないのはキッドもよく理解していた。しっかりと子どもを掴んで駆け出すが……
――バキン!
無常にも蓮夜が掴む最後尾の列車の柵が半ばから折れちぎれる!
「くそっ!」
ふわりと一瞬の浮遊感、バランスを保てなくなった最後尾は砕けながら蓮夜との距離が空いていく。
「こなくそっ!」
キッドはとっさに腰にくくりつけてあるムチを片手で振り出し、前の列車へ向けて必死に伸ばした。それでも届かない。
これまでかと血の気が引くキッドがせめて子供だけでも守ろうとぎゅっと全身に力を込めた瞬間。
――がしっ!!
「ぬおおぉぉぉ!!」
蓮夜が間一髪その鞭の先を掴んで一気に引っ張り上げる。
ぐん! と急加速するキッドの視界があっという間に乗客のもみくちゃになっている場所に切り替わった。
「ナイスだ斬鬼!!」
「お主もようやった! 肝が冷えたぞ!!」
互いに視線を交わし、似たような仕草で口の端を釣り上げると急に視界が明るくなり煤だらけの姿があらわになる。
「20は若返ったな!」
「言っとる場合か! 来るぞ!」
救出の最中も列車の上からは足音や何かを話す声が漏れ聞こえていた蓮夜は視線を上に向けて、軽口を返すキッドに警戒を促す。
「斬鬼、前に行って接合部を切り離せ。俺が始末して前の列車へ移動しよう」
「この列車は?」
「このままFBIに保護させる、アンダーテイカーが来れる」
そう言ってキッドは無造作に頭上へ向けてホルスターから出した拳銃をぶっ放した。乗客の悲鳴にまじり、頭上からも声が届いてくる。
「承知、この場は任せる」
「あ、おい! こいつを使え!」
「む?」
キッドから放り投げられたのは白い包帯、それを受け取る蓮夜は皮がズル剥けになった自分の手の状態に気づく。
「巻いとけ、手が滑るぞ」
「気が利くの、年の功か?」
「お互いにな……行け!」
クイックローダーで拳銃のリロードを繰り返しながら頭上を牽制するキッドは乗客へも端に寄るよう指示を出しながら笑う。 蓮夜も振り返らず、手当をしながら接合部へたどり着いた。
「……斬るか」
しっかりとはめ込まれている走行中の接合部を外すのは一苦労だと判断して、蓮夜は刀を抜いて接合部周りの一番弱そうな所を数か所斬りつける。
綺麗な断面で徐々にその裂け目が広がり始めると、蓮夜の視線の上にふと影が差した。
「居たぞ!! 撃て!!」
不意打ちのつもりで撃った黒尽くめの襲撃者は長身痩躯、白髪の蓮夜を迷わず狙うが……。
「遅いのう」
気がつくと、蓮夜は男の後ろに居て。
「なっ!?」
振り上げた刀の餌食になって左肩を列車の天井に埋め込む事となった。
「峰打ちじゃな……感謝すると良い。誰も死なずに済んだのでな」
そんな蓮夜の視界では後ろの列車の天井で、同じように下へ銃を向けた黒尽くめの男たちが容赦なく頭部を撃ち抜かれて絶命していく。
「向こうじゃったら死んでたのう」
キッドはこういう時容赦がない……のではなく銃という武器の特性上加減ができないのだ。
「大義の……ため、に!」
「うん?」
他に居ないかと周りを見渡そうとした蓮夜の足元で、黒尽くめの男が胸元からなにかの紐を引っ張る。
蓮夜がそれを止める間もなく、一気に爆音と炎が蓮夜を襲った。
「自爆!? 正気か!!」
とっさに飛び退いた蓮夜は袖口で顔を守り、爆発の範囲から逃れるが……冷や汗が止まらなかった。
「何があった!!」
徐々に離れていく後ろの客車からこちらに飛び移ってきたキッドが蓮夜に下から声を掛ける。
「わからん! 自爆しおった!」
「自爆!? とにかく前へ行くぞ! 列車止めねぇと!!」
「儂が上、お主は中!」
「オッケーだ!」
――ドカンッ!!
そんな二人の耳に届く破砕音、続いて列車の揺れに重なる激しい振動。
「メイデンか?」
「あやめの石楠花じゃな……結構な数が居そうじゃ」
「……なんでこんな列車襲ってんだ?」
「知らぬ……考えるのは後じゃ」
たたたっ、と駆け出す蓮夜に遅れキッドも車内に飛び込むとこちらに銃を構えた黒尽くめが一斉に軽機関銃の引き金に指をかけるが。
「遅えよグズ共が」
両手の拳銃が次々と、正確に見えている男たちの頭部を射抜き……
「隠れても無駄だっての」
窓枠や椅子の金属部分に向けて残りの弾丸を叩き込むと、跳ね回る弾丸が椅子を盾にしている敵の身体を貫いた。
「マリオネット・バレッド……視界から外れたからって気を抜くなよ? 俺はあいつほど優しかねぇんだ」
瞬く間に車内の敵を貫いて、乗客の無事を確認すると……。
「皆殺しかよ……」
嫌に静かだった車内は当然だった、おそらくトンネル内を通過している内に全員殺されたのであろう。
物言わぬ躯となって椅子を真紅に染めていた。
後ろの二両はキッドと蓮夜が居たのでそんな暇がなかったのだろう。たった一両の差で命を落とした国民にキッドは顔の前で十字を切り、蓮夜の足音を追って前へ前へと進む。
「俺の星にかけて……てめぇらは銃殺か縛り首だ、覚悟しろ」
ポツリと呟くキッドの眼差しは、悪を処罰する保安官へと変貌していた。
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