『めい』コンビ

「このジジイ! 俺の帽子に切り込み入れやがって!」

「このジジイ! 儂の袴に穴なんぞ開けおって!!」

「「縫うのが大変なんだぞ!?(じゃぞ!?)」」


 天井と床を疾走しながらジジイ2人は叫び倒していた。


 きっかけは天井に潜む敵を斬り伏せた連夜の刃がちょうどよく座席を乗り越えんと跳躍したキッドの帽子を掠め、それに腹を立て……跳弾を相手に当てる超絶技工を駆使して連夜の袴に穴を開けた……というなんとも緊張感に欠けるやり取りに所以する。


 それ以来事あるごとに銃弾は天井を貫き、触れれば両断される刃はキッドの跳躍に合わせて天井から突き入れられるのだった。


「すげぇ数が多いんだよこっちは! 邪魔すんな!」

「こっちも風が強くて進むのが大変なんじゃ!! 邪魔するでない!」


 とはいえそこは歴戦の猛者、まさに鎧袖一触とばかりに黒尽くめの敵兵を撃ち倒し、斬り伏せ進んでいく。

 そこに手加減という文字はもはや無い。


「一体何人いやがんだこのクソ野郎どもは」


 多少息を切らせながらも敵の銃弾を拳銃で撃ち落とし、時には更に跳弾させフレンドリーファイヤを誘発させるキッドが小声でぼやく。

 そう言わんばかりに……矢継ぎ早に敵が迫ってくるのだ。


 幸いなのは乗客には目もくれずに連夜とキッドを狙ってくれるので、最速最短で倒せば乗客が助かるという状況だということだけ。


 それでも……半ばまで戻ってきたら流石に敵も学んだのか、散発的に連夜やキッドに休憩の暇を与えないように攻撃を繰り返してきた。


「どう見ても俺や斬鬼狙いか……小賢しい真似しやがって」

「キッド、前の方であやめが蹴散らしておる! 儂も下に降りるぞ」

「おう、助かる」


 まだ全快とは言えないキッドの身を案じて連夜が天井を切り抜いて降りてくる。

 

「歳じゃな、後進を育てて引退せぬのか?」

「おむつも取れねぇガキどもにはまだ譲れねぇし……この星は俺の墓に持っていくのさ。親父に返さねぇと」

「左様か……」


 この国最後の保安官として、キッドは昔からその覚悟を持っていた。

 きっと大統領の命令ですらそれを邪魔する事はできないだろう。ならばせめてその心意気に連夜は答えるのみだ。


「儂が先行する、援護しろ」

「任せとけ……ちゃんと避けろよ?」

「お主が外さねばな」

「寝言言ってんじゃねぇよ、いつでもてめぇの脳天狙いさ」

「ならば良し、行こう」


 この軽口の応酬もキッドを気遣って連夜が乗っている。

 そんなやり取りの最中も銃声は続き、思い出したかのように連夜やキッドを狙うが、連夜は刀でその軌道を逸らしていた。


「待て、刀を少し上に向けろ」

「む? おお」


 切っ先を上に向け、キッドに言われたように目線まで上げると……当たり前のようにキッドはその峰に向けて一発だけ発砲する。


「二両先に登ってる奴が居た……これで下に集中するだろ」

「……お主、いつもどうやって察知しておるのじゃ?」


 何もかもを勘の一言で片付けるキッドを全く理解できない連夜が呆れたように肩を落とした。  


「さあ? ほらほら突っ込め猪ジジイ。俺の弾丸は高いし有限なんだよ」

「はあ、もう遅い……来たぞ。途中の貨物列車から引っ張り出したのか」

「あん?」


 何が来たんだとキッドが問い返す間もなく、凄まじい爆音と共に巨大な鉄杭が真正面から突っ込んでくる。

 

「うおっ!!」


 その勢いは触れただけで吹っ飛ばされるのを証明しながら……敵を磨り潰したり跳ね飛ばしながら連夜とキッドまで客車の通路を蹂躙してきた。


「早いのう……豪快じゃのう」


 連夜からすれば見慣れた光景、あやめの両椀は鉄杭の射出に合わせて反動吸収用の噴射があるのだが……敢えてそれを切ってそのまんま射出すると、杭の勢いに乗って一直線に移動できる。


 たまたま訓練中の事故で編み出されたあやめの移動手段だった。しかし……。


 ――ずざざざざぁ!


 連夜の眼の前で杭が勢いを減じ……止まった先には。


「あぉん……」

「はわ、わ」


 勢いに振り回されて目を回すあやめと大神がくっついていた。石楠花が一回り大きい鋼の装甲を付け、更に巨大な杭が熱でほんのり赤くなっている。


「……目を回してるじゃねぇか」

「こればっかりはまだ鍛錬が必要での、身体が出来上がらんと防げぬ」

「とんでもねぇな、月夜連……」

「そちらも大概じゃ、あやめ……あやめ。大丈夫か? ご苦労だった大神も」


 かなりの自爆技ではあるが、あやめがそれを承知で使うということはそうしても問題ないと理解している。

 前から向かってきたあやめと最後尾から進んできた連夜達が合流するということはあらかた片付いたという証拠でもあった。


「ひゃい……長官様、途中でシュタイン……という女の方を殺しました。先頭車両の方に放置しています」

「あ? シュタインだって? あの痴女がこんな強盗紛いの事をしてんのか」

「あやめ、すまぬが乗客は無事か?」

「前2両は保護、その後ろ3両目は全員死亡……ここまでの乗客は何人か怪我人と死亡者有りです」


 相手の規模を考えるとかなり少ない被害だとキッドは冷静に分析するが……そもそも人命が失われる事はどんなに経験を重ねても慣れない。


「DOA犯罪者相手じゃ街一つ消えてもおかしくねぇからな、良くやったメイデン。後は列車を止めて……いや、このまま次の駅まで行くか。そこで生き残りの連中は警察に、乗客は保護だ」


 それでもキッドは態度や顔には出さずあやめを褒め、今後について指示を出していく。


「敵の生き残りは……おるか?」

「前側は無いかと、大神に敵は殺せと命じましたので」

「あおんっ!」

「……まあ、生きておっても自爆されるだけだしのう。キッドすまぬが証言などは取れなそうじゃ」


 反対にあやめと蓮夜は淡々と敵の処理について話す。

 この温度差がキッドにはたまらなくキツイ。


「証言なんかいらねぇよ。シュタインって奴はアル・カポネファミリーの一員だから後でストライプスター連れてシメる」

「私も行きましょうか? 長官様。建物ごとで良ければまとめて潰せますけど」

「儂も行ってもいいぞ、せっかくの旅行に水を指したのじゃからな」

「普段温厚なくせにこういう時はギャング共より荒っぽいのなお前らは……全滅させちゃいけねぇんだよ」


 マフィアは確かにアメリカにとっての悪だが……一方で場合によっては無辜の民の救いともなっている事もあった。

 まだアメリカは弱い、経済の規模も大きいが貧困の差も比例して大きい。


「必要悪ってのはどうしても今のアメリカには必要だ。手綱を握る意味で懲らしめはするが……下手に手を出して自暴自棄になられても困るんでな」

「そうなのか、あやめ」

「皆殺しにして後腐れがない方が手っ取り早いと思うのですが……」

「メイデン、後でしっかりこの国についてレクチャーしてやる……まあいい、前に向かうぞ」


 その辺りを話し始めるとキリもない、キッドは会話を切り上げ……気づく。

 それとなくあやめと蓮夜が自分の動く仕草などを見ていることに。


「何だ?」

「いや、もう良さそうじゃの」

「ではお爺ちゃんと私で前衛を、大神、長官様の後ろを守りなさい。長官様は狙撃で援護を」

「……お前ら、怪我は大丈夫だっての。心配するんじゃねぇよ」


 そう、2人はキッドを心配しているのだ。


「心配なんぞしとらん。お主の銃が必要だからじゃ」

「ええ、私とお爺ちゃんは銃が使えませんので……」


 違ったらしい……あくまでも殲滅の効率を優先しているようだ。


「あ、そう」


 キッドの記憶の中でも確かに前線に立つことが多いこの2人は自分たちが縦横無尽に動くため、仲間の状態や位置取りを常に気にしていたなぁ、と思い出す。


「生き残りは居ないじゃろうが、儂は前まで確認しておらんしな」


 あやめの言葉を信じていないわけではない、しかし。倒したと思っていた相手が実は生きていて反撃されたことは一度や二度ではなかった。


「大神の鼻も絶対じゃありませんからね。お爺ちゃん、石楠花の追加装甲外したいです。重いので」

「む、ちょっと待て……ここだったな」

「はい、そこの筒を引っ張っていただいて」

「引くぞ」


 あやめの肩口に付けられた脱着用のレバーの筒を蓮夜が引っ張ると、ぱんっ。と小気味いい音を立ててがらがらと追加装甲があっけなく落ちる。

 

「随分と簡単に外れんだな」

「戦闘中に外れてくれんと困る時も多いのでな、翁殿が毎回頭を抱えて考えてくれとる」

「他にも特に私は身体が小さいので、背中のこの部品で両腕同士が重さを支えてくれていて。壊されると腕が自由には振れなくなっちゃいます……大神、炸薬の回収を」

「わうっ」


 月夜連合時代なら間違っても教えてくれなかった意外な弱点を、あやめはあっさりとキッドに明かす。


「じゃあ、背後は重要だな……俺の銃に任せろ」

「そういうことじゃ、大神も頼むぞ」

「あおん」


 今のうちに少しでも血を拭いたかったのか、大神はそこら辺に落ちている客車用のカーテンに体を擦り付けて綺麗にしていた。


「じゃあ……」


 今度こそ進もうとキッド達が一歩踏み出した瞬間、ぐらりと列車が曲がり始める。

 

「ん?」


 そのまま列車は速度を上げながらカーブを曲がり続け、身体が遠心力で外側へと持っていかれる感覚が3人と1匹を襲う。


「随分と加速するのう……1両切り離したからか?」

「いや……この辺に曲がるような場所はねぇ。カリフォルニアからしばらくは一直線だが……」


 それこそ半日はまっすぐの線路が続いているはずなのに……そんなキッドの脳裏にあることが浮かぶ。


「まさか! 工事中の路線に入ったのか!! 一時間もしない内に渓谷に突っ込むぞ」


 凄まじく広大な全米を結ぶ鉄道網を敷こうと現在増えていく路線、その中でも横断、縦断の路線は重要視され貨物用の路線とともに拡充の一途を辿っていた。

 おそらくその路線へと進路を変えたのだろう。


「切り替えポイントにも控えてやがったのか!! 斬鬼! メイデン! 今すぐ先頭車両に行ってブレーキかけてこい!」

「お主は!」

「切り替えポイントの敵をやってからいく!」

「承知! 行くぞあやめ!」

「はい! 大神!」

「ばうっ!」


 渓谷に突っ込む、キッドのその言葉の意味を即座に蓮夜とあやめは理解し思考を切り替えた。

 

「お爺ちゃん! 千里で先行、後続は私が露払いします!」

「承知!」


 この場においては最速を誇る蓮夜が最適とあやめが促す。千里ももちろん自前で着火機構を交換修理しているので問題ない。灯子が器用に列車内で直してくれていた。


「イの一番……む?」


 安全装置を外し、踏み込もうとする蓮夜が千里に違和感を感じる。若干軽いのだ。


「どうしました?」


 大神に跨がりながらあやめが首を傾げると……しゃがみ込んで千里を確認した蓮夜が額に脂汗を垂らしてあやめに顔を上げる。


「どう、したんです? お爺ちゃん」

「無い」

「何がです?」

「い、ろ、はの火薬筒が空っぽじゃ」

「……は?」


 常に入っているはずの燃料が……見事に空っぽなのだ。


「なんで?」

「……灯子に修理してもらった時、危ないからって」

「……お爺ちゃん!?」


 その危険物は今現在……灯子の手の中にある。

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最強暗部の隠居生活 〜金髪幼妻、時々、不穏〜 灰色サレナ @haisare001

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