18:ビジネス

「海藤、どういうことか説明してくれるね? 君は一体何をしようとしている」


 自慢ともいえる程に気に入った執務机の上で、DT・ホウの拳が震える。

 その理由は誰が見ても明らかな怒り、こめかみに浮かぶ血管や血走った眼差し、荒い鼻息……肩を怒らせて対面の客用ソファーに座る黒づくめの男を睨みつけていた。


「そんなに顔を赤くして、いい男が台無しですぜ大統領。なぁに、大したことでは無いですよ……ちょっとゴミ掃除に手間取っただけですって」


 反対に落ち着いているのは山田権兵衛ならぬ海藤達治。

 余裕たっぷりに紙煙草をふかしながら切子硝子のおちょこで日本酒を口に運ぶ、気分良く……と言う言葉の通りに上機嫌だった。

 何せこの二日、あの斬鬼の足跡が絶えたのである。生死は不明だが……あの猪、もとい前進しか知らなそうな月夜の斬鬼が即座に動かないという事は……深手を負っているとみて間違いない。


 部下に拠点となる予定だった家の周辺を捜索させているが、見かけた者は居ない……念の為に少しでも接点のあった顔役の女と蓮夜が灯子と食べた蕎麦屋の店主を連行した。

 しかもわざと衆人の目に付くように……噂になるように堂々と。


「そのゴミ、実は日本では珠玉の宝石ではないのかね?」


 ぶちり、と葉巻の端を噛み千切りDT・ホウは海藤を問い詰める。

 

「宝石? 言いえて妙ですな……ずっと闇に隠しているのに、汚い物には蓋をするのがお偉いさんの常套手段でしょうに。くっくっく……」

「海藤、私は言葉遊びをするために君を呼び立てたのではない! 銃は回収させてもらう!」

「回収? なんでまた、そんな事を? 日本政府になんか言われたんですかい?」


 そんなDT・ホウの怒り心頭な様子に可笑しくてたまらない海藤が腰のホルスターから銃を取り出した。もちろん弾は全部抜いている。


「そうだ! 今朝早く本国へのクレームを出したと通達があった!! 外交官の私を通さずに、直接に! この意味が解るか!!」


 力いっぱい、DT・ホウは執務机を殴りつけた。

 あまりの威力に灰皿が飛び上がり、羽ペンを刺したインク壺が倒れてしまう……しかし、そんな事は関係ないと言わんばかりにDH・ホウは声をさらに荒げる!

 その激しい音に、執務室の前で待機していた護衛がドアを開けて様子を見に来たが……海藤は『問題ねぇよ、俺がちょっとヘマしただけだぜ』と追い返してしまった。

 

「そんなにカッカカッカしないでくださいよ大統領

「黙れ! 本国に知れたら私は強制送還だ!! それこそアルカトラズへ送られてしまう!」

「だぁーいじょーぶですって……その特使は不幸な事故で太平洋の真ん中で沈んじまうんですから」

「な、にを……言ってるミスター! その特使はお前たち日本人だぞ!!」

「そうですよ?」


 何を言ってるんだ、そう言わんばかりにあっさりと海藤は首をかしげながらへらへらとおちょこを口に運ぶ。

 きりりとした飲み口が気に入って、店に並ぶとついつい金に糸目を掛けずに買い占めてしまうほどの溺愛ぶりだ、当然機嫌が良い時しか飲まない……つまり今だ。


「今、貴方に手を引かれては困るんですよ大統領。だから、安心してください、あと半年は女をいたぶり犯し、好き放題にできますから」

「そ、そう言う事を」


 『言っているんじゃない』と声を荒げようとするDT・ホウの表情に戸惑いが混じる。

 日本人は義に厚い、仲間を……同胞を大切にすると本国で学んでいた。実際、勤勉で器用で……先日のオイルライターの件から明らかだが独創性も優れている。

 ただの田舎者とは来日してたった二日の内に意識を改められた。日本人は自分たちとは別のベクトルで優秀だと……その自分たちのベクトルとは金と物量、つまりビジネス感覚だ。


 利害を考慮しないで動く、その日本人の性質を侮っていた……と言うよりも下に見ていたDT・ホウだが……。


「利害が一致しないんで、仕方ないっすよ……大事の前の小事、損切りとも言いますかね?」

「……」


 そのビジネス感覚を備えた日本人が、DT・ホウの前に……今居る。


「まあ落ち着いてくださいよ。半年あればぜーんぶ上手くいきますから」

「改めて……説明を求めるが?」


 数回、DH・ホウは息を整えるために深く、深く深呼吸をする。

 眼を閉じて、一度怒りも何もかもをリセットするようにイメージを整えた。自分は現在この国の中では一番偉いアメリカ人なのだと。

 そんなDT・ホウを海藤のサングラスの奥に隠れる視線が射貫く……そこには冷たい殺意を隠すかのように細められた双眸がある。


「なぁに、大統領は今まで通り女と遊んで俺たちのトップでいてくださいよ……場合によっちゃ日本のトップになれますぜ」

「……何が必要かね?」


 眼を開け、それまでとは打って変わって……まさに外交官の顔をしたDT・ホウ。

 そんな彼に満足したのか海藤は口の端を少し上げ、半分ほどに燃え落ちた紙巻きたばこを一気に吸う。普段なら、嫌みの一つでも飛ぶDT・ホウが眉一つ動かさず……海藤の言葉を待った。


「良いねぇ良いねぇ……賢いじゃねぇっすか、やっぱり貴方は長生きしますよ」

「もちろんだ。ビジネスにおいては私が君の先輩であり師だと自負している……」

「じゃあしばらく俺たちの事は放っておいてくださいよ、日本政府に何を言われても『機密』だとね……」

「……それだけかね?」

「ええ、それだけです。それに……」


 ぷかり、と天井に顔を向け紫煙を輪っかに浮かべながら……口の両端が吊り上がる。


「……それに?」


 忍耐強く、DT・ホウは海藤に先の言葉を促した。


「国盗りなんて古式奥ゆかしい大イベントなんざ人生で何度も経験できるもんじゃないですぜ。高みの見物と洒落込んでてくださいよ」

「君は……いや、Mr.海藤。その大イベントの利益はどれくらいだね?」

「そうっすねぇ……他国が喉から手が出るほど欲しい高水準の技術、恐れを知らない戦闘狂の軍団……なんてどうです?」

「…………」


 DT・ホウは無言のまま、海藤の提示した利益を咀嚼する。

 高水準の技術、それはすなわちこの国の職人を指すだろう……確かに突出した速さと精密さを持っていた。それは海藤が今も手のひらの上でもてあそぶオイルライターの細工、自分が今しがた力いっぱい殴りつけてしまった机……もし、この職人に武器の製造を任せたら? そう考えるだけで鼻から息が漏れる。


 そして、恐れを知らない戦闘狂の軍団……昔は侍と呼ばれていた軍人たちは確かに実直で勇猛果敢だ。


「悪くない」


 自然とDH・ホウは口にする。それを聞いて海藤はさらに笑みを深めた。


「でしょう?」

「しかし、一点わからない点がある。なぜ私がこの国のトップに?」


 先ほどの海藤の言葉では、DT・ホウが日本のトップになると話している。なるのであれば海藤自身ではないのかという意味を込めて問い返す。


「なに、俺はぶち壊せればそれでいいんすよ。その後の事なんか興味は無いもんでね」

「ふむ……」


 へらへらとおちょこを傾ける海藤をじっと見つめるDT・ホウだが、そのサングラスの奥に潜む目は全く笑っていないのを確認し……確信する。


「Mr.海藤、君は……壊れているのかね?」

「利用価値はあると思いませんかね? 必要ですか? 常識や命って」

「無い、ビジネスに必要なのは利益だ」

「じゃあ何の問題も無い」

「……そうだな、では。その利益に見合うだけの先行投資をしておくとしよう」

「何です? 金や武器はありますぜ?」


 今度は海藤が首をかしげる番だった。

 そんな海藤をDT・ホウは無表情に顎でついてこいと示す。眉根を寄せつつもついていく海藤。

 執務室を出て中庭を横断し、敷地の奥の車庫へと入る。


「車庫じゃないですか」

「ああ、車庫だ。しかし、それだけではない……気づかんかね?」


 白い漆喰の壁と丸太を組み合わせた屋根、公用車が三台あるだけだ。

 何の変哲もない造りでただの広い小屋と言ってもいい。


「何も変わったところは……」

「外と中を良く見比べて見るのを勧める」


 DT・ホウは腕組みをしたまま海藤を促す。

 言われたまま、海藤は一度車庫を出てぐるりと数分かけてゆっくりとその周りを歩きながら入り口に戻ってきた。


「見比べろって言われましても単なる……ん?」

 

 車庫の中は三台の車、確かにそれだけなのだが……海藤は違和感を覚える。

 車が三台留まっているスペースはお世辞に言ってもそんなに広くはない、しかし……外に出て周りを歩くと数分かかった。

 これが意味する事に海藤は気づく。


「なんか、広さおかしくないですか? 外と中」

「その通りだ。これは日本政府にも教えていない……来たまえ」


 そもそもこの車庫は自動車を外交官が日本に持ち込む際、アメリカの技術者によって作られたものだった。表向きは単なる車庫に見える様に。


 外の勝手口と同じような場所に見えるように配置されたドアノブを捻り、開ける。

 そこに在ったのは……。


「まだこんなもん隠してたんですかい? 俺がやらなくても本国はやる気満々じゃないですか」


 隠しスペースに鎮座するソレを見て、海藤は呆れたように紙煙草に火を灯す。


「備えあれば患いなし、と日本の諺では言うのかねこの場合は」


 眼鏡の端をくい、と上げてDT・ホウは得意満面に胸を逸らした。

 そのまま海藤に目配せをして告げる。


「やるのであれば徹底的に、美しいワンサイドゲームを……そう教えただろう? Mr.海藤」

「そうですねぇ。ありがたく使わせてもらいますよ大統領」


 日が傾きつつある車庫に、二人の低い笑い声が木霊した。

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