#6 深い関係性はいらない
また数日が過ぎた。
数日の間に、色々鬱陶しいことが起きた。まず、 あの配信女が付き纏ってくるようになったこと。
「ちょっとー、お詫びまだ? ミイ、配信禁止になったんだけど?」
「やあ、ケトお嬢さん……と、ミイちゃん!?」
次に、あの青年が毎日話しかけてくるようになったことだ。今日は廊下に佇んでいたとき、二人同時に出くわした。
非常に嫌だが知ってしまった。青年は配信女に恋をしているらしい。
「ああ、え~っと、誰だっけ?」
「ムクルレで御座います、いい加減覚えてはくださらないのですか……!」
「ん? あー、なんかいた気がする!」
勝手に二人で話して欲しい。私を巻き込むな。それを言うことすら面倒になって、放置しているのが現状だ。一切働きかけなればそのうち居なくなるだろう。ペルプ達じゃあるまいし。
「それより! この女、可愛いミイの言うこと全部無視してるの~! ミイ謝ってほしいだけなのにー?」
「
二人が話し続けている声を雑音と認識しながら、私は階段を見上げる。武器屋で買った品をまだ使っていない。前回の戦闘では、罠を用意する時間がなかったからだ。だから、数日かけて、いくつかの罠を準備してきた。ただそれを試す前に、また予定が入った。
今日の電子音はいくつかあったが、その中に「KETO 8b」があった。八階のB室に来い、と。しかしこの様子だと、配信女が勝手に操作した訳では無いらしい。つまり、上の立場の者からの伝令ということになる。
「あ、ちょっとねえ! どこ行くの!?」
肩を掴まれた。私は二人の方を向き、配信女の手をねじり払う。この勢力は「個人主義」だ。各々が勝手に動いている。だが、明確でなくても上下関係は存在する。配信女は動画配信を任せられるほどの立場。青年はよく分からないが、私より年上であることは確かだ。今後のためを考えて、厳選した一言だけを言い捨てる。
「鬱陶しい」
―――
八階のB室は、想像以上に豪華だった。例えるならば、社長室。壁には誰のものか分からない絵が飾ってあり、床には大理石で出来ている。窓だけは異様に普通だった。オフィスによくある窓だ。中央にひとつの机と椅子がある。机の上には一枚の紙と、一本のボールペンがあった。私はまず紙を手に取る。三つ折りにしたらリーフレットが作れそうな柔らかい紙。今しがた印刷したようなあたたかさだ。
“依頼。貴殿がヤミリーズカンパニーのドクトル氏を相手に戦闘を行ったことは、私の知るところである。その手腕を評価し、私から依頼を頼みたい。承諾する場合は、紙の端を折るように。”
何か怒られるのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。手紙を私によこしたのは「名もなき勢力」における上位の存在。この時点で断る理由はない。私はまず紙の右端を折り、続きを読み進める。
“記 日時:即日 対象:ヤミリーズ・カンパニー常務 司書ブラリア 場所:ビル街九丁目三十番、初作テトリビル 報酬:三万円”
報酬? 別にいらない――その次に書いてある文を見て、愕然とした。
“追記:ミイナル、ムクルレ両名を連れていくこと”
《読み終えたかい?》
後ろから知り合いの声がした。振り向く必要はない。知り合いはスピーカー越しに喋っている。どこかにマイクがあるのだろうか。ある。一度紙を置き、紙の横にあるボールペンを右手に取った。キャップの部分から、小さな緑色の光が点滅している。
《流石はケトだ。説明するまでもなかったね。悪いけど、僕は出先なんだ》
「スピーカーだと周りに聞こえない?」
《この部屋の範囲内にしか聞こえないよ。君が来てからも何度か使ってきたけど、一度も聞こえたことはないだろう?》
確かにそうだ、と思いながら私はボールペンに目を向ける。深緑色で光沢のある外見だ。何度か使われている形跡がある。
「……何度もスピーカーを使って話すほどの立場にいるんだね」
《おや、ようやく興味を持ったのかい? そうだよ。一応僕は、『創立者』の付き人ということになっている。さあ、本題に入ろうか》
スピーカー越しに、咳払いが聞こえてきた。続けて知り合いは話し始める。
《実は若手である君の自由行動に反対意見が出ているんだ。『創立者』はそれを抑えるために、依頼という形で行動権限を付与したいらしい。その条件があの二人だ》
別に、反対意見などどうでもいいのに。これでは、途中で邪魔されるリスクが減って増えただけだ。それにしても、創立者は何故一介の構成員に構っているのか。また知り合いがいらぬお節介を焼いたのだろうか。
私は知り合いについて、「核心」しか知らない。私に出会って保護者になった、その過程しか知らない。それ以上を聞いてしまうと――
《僕や創立者についても話しておいた方がいいかな》
「深くは聞かない。お互いにとって不利益でしょ」
《僕はケトのことをよく知っているけどね》
「忘れさせる手段はないの?」
知り合いは少し間を置いて答える。
《ケトの願った『奇跡』の対象に、僕は含まれなかっただろう。『奇跡の石』で願った奇跡は、僕には作用しないんだ》
私も、少し間を置いた。
「……『奇跡の石』の、造り手だから」
《そう。ただ、『奇跡』の結果は変わることもある。僕も君を忘れるかもしれないし、その逆も起こりうる。即ち、誰かが君のことを思い出すことだ》
私は首を横に振った。それはない。私はセトラとは違って、確実な『奇跡』を願った。一言一句、間違えることなく願ったのだ。
《どちらにせよ、これだけは覚えておいて欲しい。僕はケトのことを独りにはしない》
私は振り向いた。そこに知り合いの姿はない。当たり前だ。知り合いはスピーカー越しに喋っていた。証拠に、その音はぶつっと途絶える。
ここで得る情報は、裏を返して聞かなければならない。つまり、最後の追記を書き足したのは知り合いらしい。余計なことを。
雨音が聞こえ、私は窓の外を見る。
あの日も、雨足の強い日だった。
「大きな怪物」と交戦し、私達は遠くに飛ばされた。
息を吸う。吐く。傍にはキロロとカルモが倒れている。雨が頬についた血を押し流していく。私ももうボロボロだった。鉄の味が口内に貼り付いている。ローブを羽織った男が、私に向かって言った。
『その石を強く握って願えば、ケトは奇跡を起こせるだろう。但し自分から代償を指定しなければ、自動的に何かを奪われてしまう。気をつけて、よく考えるんだ』
手が震える。雨音が強い。猫耳から水が滴り落ちる。
目を閉じる。必死で頭を回転させる。願いというものは残酷だ。一言一句間違えずに願わなければ間違いが起きてしまう可能性だってあるのだ。
『さあ、ケト。その石に願ってごらん。君が望む、最上の奇跡を』
『…………』
目を開ける。雨に包まれて白みを帯びた世界。私と男、石の中にある神聖な空間。私は息を吸い、その空間に欲望を吐き出す。
『……私は、【これまで出会ってきた全ての人間の記憶から私を存在ごと消す代わりに、ペキカセットの私以外の四人にはずっと幸せでいて欲しい】』
一転して男は目を見開く。そして、手を伸ばして私の腕を掴んだ。奇跡の石はとうに光り始めていた。視界が段々白に染まっていく。それは、雨のせいだけではない。光だ。
『それがどれだけ辛いことか、君は分かっているのか!? ケト、君は……っ、不幸になりたいのか!?』
私は笑う。奇跡の副次的効果なのか、幸せが終わる予兆は案外薄かった。霧が晴れていくように、少しずつ、消えていく。
『逆だよ。私はずっと、独りに戻りたいって思ってた。だから、全員の記憶を消す代償に三人の不幸を支払ったんだよ』
あれだけ恐れていた「幸せの終わり」を、私は一種の落ち着きを持って噛み締めていた。いや、実際には違う。幸せは終わらなかった。最後に地面に目を向ける。キロロも、カルモも、起きる気配はない。ペルプはどこにもいない。
『自分の存在を消すことが出来て、しかも三人の幸せがずっと続いていくのなら、私は不幸にはならない。もし、それが保証されるなら……』
雨足の強い日だった。風が吹き荒れて、声をかき消していった。その先を男――知り合いが聞いたかは分からない。私は、幸福感のうちに目を閉じた。
雨音が強くなる。追慕を脳内から追い払い、再び紙を見た。
折角消えたというのに、私はまた誰かと関わらなければならないのか。また、誰かと深い関係性を築いて、「幸せの終わり」を恐れていかなければならないのか。誰かが、それに気がつかないように願う日々を送るのだろうか。
「……私は、独りでいいのに」
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