幕間1 居場所
居場所というものは、確かに存在する。
あたたかい家のリビング。静かな押し入れの中。子どもの声の響く公園。笑顔に溢れた空間そのもの。戦闘。悪との戦いの渦中。夢の中だと答える人もいるかもしれない。
私にも、一年余りも存在した居場所があった。
「ケト?」
「ケト!」
大声で呼ばれ、私は顔を上げた。私を呼んだのは対面に座るペルプだ。ショートケーキの欠片をフォークに刺しながら、私の方を見つめている。
そうだ、私は皆と一緒におやつを食べていた。いつも公園に来るワゴンカーの近くの席だ。一体何を思案に耽っていたのか。今は、ひとりではない時間なのに。
「もう、ケトちゃんったら。そんなにドーナツに夢中だったの?」
ペルプの横に座るカルモが笑う。カルモこそ、チーズケーキを食べる手が止まっていない。本物のお嬢様らしく上品に食べてはいるが。何か言い返そうとして、自分もドーナツを咥えたままだったことに気づく。まあ、私はドーナツではなく考えごとに夢中だっただけだけど。口元からドーナツを外す。
「何、ペルプ」
「数学のテスト、絶対難しかったよね!? カルモが簡単だったって言うんだけど!!」
「まあ、難しい部類ではあったかな」
それだけ言って、またドーナツを齧る。新しい範囲が出ただけで、総合的にはいつもと変わらない難易度だった。正直に答えたら面倒な会話が始まるので、黙っておくことにする。
お誕生日席のセトラは……粉チーズを食べている。屋外とはいえ、瓶ごと持ち込んで大丈夫なのだろうか。キロロが呆れた顔をしながらマフィンを齧っている。しかしあまりにも気になったのか、やがてセトラに尋ねた。
「おい、今月何本目だよそれ?」
「え? えーとね、二十……」
「二十!?!?」
これでも出会ってすぐの頃よりは減っていると聞いた。私にも訳が分からない。私の視線に気づいたのか、セトラがこちらを見た。
「……ケト、どうしたの?」
別に特段用事はない。返答に迷っていると、ケーキを食べ終えたペルプが口を挟んできた。
「ねえセトラ、前から思ってたんだけど、粉チーズって高くないの? おこづかい足りてる?」
セトラは「うーん」と声をあげて考える。私はドーナツを齧る。
「粉チーズ以外あんまり買わないから……」
また笑い声があがった。私以外の四人が、声をあげて笑っている。ペルプは明るく、キロロは困ったように、カルモはクスクスと、セトラはつられたように笑っている。どうしてそんなに笑えるのか、私には分からない。
この場所には、誰かの笑い声が絶えない。
かつて、私は独りだった。ボロボロになって戦っていたところをペルプ達に助けられ、ペキカセットに加入したのだ。それからはずっと五人で戦っている。戦闘以外では、平和な日々を送っている。
しかし、果たして私にその権利があるだろうか。幸せで平和な日々を送る権利が。何度も考えていることだが、まだ答えは出ない。こんな性格が悪くて、独りよがりな私に、幸せになる権利などあっていいのだろうか。
「あるって言ったじゃん。あげるよ、私が」
ちょうどそこにペルプの声が重なり、私は顔を上げた。
「え――」
「マジ!?」
キロロが大声で反応する。今のはキロロに対しての言葉だったようだ。
「何を?」
思わず尋ねると、キロロは少し間を置き、それから息を吸った。あ、この気配は。
「『キル』の十周年記念オフィシャルブック。いやー、探してたんだよな、今だったらプレミアものだぜ。『キル』っつーのは最近やっと表でも流行りだしたコンテンツで、ナイフを持った少女が深夜にビルの上を駆け回るって話なんだが――」
そうだった。キロロは面が良いガチオタだった。何でもかんでも詳しく調べては、熱くなって語る癖がある。早口でまくし立てていくキロロに辟易していると、カルモがクスクス笑い出して、キロロが「なんだよ」とそちらを向く。その間に、セトラが次の粉チーズの蓋を開けていた。私はドーナツをもう一度齧ろうとしたが、今度はペルプがこちらを見ていることに気がつく。ショートケーキの欠片をフォークに刺したままで。
「何?」
「笑ってんじゃん、ケトも」
手を止め、口元を触る。唇の端は曲線を描いていた。笑った覚えは無いのに。でも、何かあたたかいもので心が満たされているのを感じる。
「……まあ、ね」
居場所というものは、確かに存在する。それが、私にとってのペキカセットだ。きっと私がいてもいなくても変わらないけれど、もう少しだけここにいたいと思ってしまう、そんな場所があった。おそらくここだけが、幸せになっていい場所だった。
絶対に手放しては行けない――そう、思っていた。
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