#4 敵か味方か、どうでもいい
あの戦闘から数時間後――二十二時。背中が痛いし身体は重い。時間を指定した時は遅すぎると思っていたが、逆だ。早すぎる。約束を今日に設定したことを後悔しながら、待ち合わせ場所に辿り着く。朝に訪れた廊下だ。
「派手にやったね」
先に待っていた知り合いの第一声はそれだった。私は知り合いの目を真っ直ぐ見て答える。
「出来る限りの片付けはしたよ。限界はあったけど」
敵は消えていて、死体は無かった。残る痕跡のうち、自分がつけたものが無いか見回ってから撤収した。それで問題はないはずだ。知り合いは口角を上げる。
「まあ、ケトのことだから何か考えがあるんだろう。ただ、敵の幹部に顔がバレても良かったのかい」
私は頷いた。別に敵に顔がバレたところでどうという事は無い。相手は私の情報を持っていないし、いずれ覚えられたとしても最終的に倒せばいい話だ。
ビル街に戻ってきて、人混みを縫うようにして通り抜ける。暑い。暗い。空気が澱んでいる。疲れた顔の会社員は絶えない。「陰気くさい」というのはこのような街のことを指す言葉だろうか。
知り合いが横から何か話しかけてくるが、ただの雑談だったのですべて無言で押し通した。この調子で行けば、最低限の会話で済むようになるのも時間の問題だろう。私の理想通りに。
路地に入ると、知り合いが私の腕を引いた。
「ここだよ」
案の定少し萎んだ声で、知り合いは教えてくれた。私は辺りを見回す。右横に緑色のドアがある。まずもってこれではない。足元にマンホールがある。これか。いや違う。私はマンホールの少し先にある小さな室外機をみとめた。
「あれ?」
「ご名答。あのプロペラのところを通っていくのさ」
室外機――白くて小さな箱の中に、プロペラが回っている。あの中を? なるほど、一見通れそうには見えない。態々覗き込む者もいないだろう。殊に、この街では。
「必要な事だから教えよう。ここの店主も『魔法』を知っている。魔法タイプは『
――ガタン。
箱の蓋が落ちる音がして、室外機のプロペラが転がっていく。後にあるのは、穴だ。知り合いは少し屈むと、穴の中に入っていく。なるほど、時間になれば『通』れるようになると。
穴から出て立ち上がる。こちら側のエアコンまで繋がっているのかと思ったがそうではなく、壁のほうに穴を開けているらしい。つまり、最初から室外機としての機能は持っていないということだろう。
「へえ、最年少でっか」
「最年少ではないよ、何人か小学生がいるだろう?」
知り合いは既に会話を始めていた。相手はこちらに背を向けている。どうやら料理をしているようだ。近くに置かれているものに目を引かれる。鍋。僅かに深緑色の魔力を帯びているのが視認できる。「魔法アイテム」だろうが、どうも「通」とは結びつかない。だがともかく、ペキカセット以外が持つのを見る機会は貴重だ。じっと見つめていると、それは徐々に霞んで、虚空に消えていった。
「して、お嬢ちゃん」
相手がこちらを向いていた。初老の男性だ。太っていて背が低い。初老は出っ歯を見せて笑いかけてくる。
「あっしの事はビユノムから聞いているかね」
この男の目の奥に光はない。試されている。
「……いや、伝手だとしか」
冷たく言い放ったはずだが、空気は凍らなかった。初老はまだ笑顔のままだった。やりにくい。張り詰めた空気の方が、私は得意なのに。初老は私に向かって手を差し伸べた。
「あっしは『不器用料理店』の店長、ナッサクでっさあ」
――嫌だ。
その言葉が、一瞬頭を過ぎる。無駄な関係性はなるだけ減らしておきたいのに……だが私は、その手を取った。たとえ嫌でも、関わらないという我儘が通るはずもない。友好の証ではなく、情報を得る為の手段だ。
「本業が存外上手くいっているもんでね、そろそろ裏稼業は引退しようと思っていたんでさ」
初老の後に続き、階段を降りて行く。先程から妙なところばかりを通っている。床の収納庫に入るところから始まり、いくつかのマンホールの中を通り抜け、樽の側面についたドアや大きな看板を引っこ抜いた穴を通っていく。これほど長い移動を行える魔法があるのか。
「ただまあ、そろそろ本番だっせな、あんたらのところは」
「そうだね。まだ『不器用料理店』に頼ることになりそうだよ。もう何人かここに来ることになると思うけど」
「ははは、血気盛んな輩は昼には来たでっさな。一人追い返したが」
そのうち、灯りがなくなり完全に真っ暗になる。初老が立ち止まったようなので、私もそれに倣う。魔法で猫に変われば夜目を利かせられるが、その必要はないようで、まもなく辺りがほんのりと明るくなった。どうやら店主が机の上にあるランタンをつけたらしい。この場所は、低い棚に囲まれた部屋で――
「ビユノムはいつもの、だべな」
「うん、頼むよ」
「お嬢ちゃんは何がご入用で? 『店内』は自由に見て回って貰って」
壁には、いくつもの銃がかけられていた。息を呑む。銃単体は何度か見かけたが、これほどの銃が揃って保管されている場所があるとは。テレビと漫画でしか見たことがない光景だ。しかも、銃だけではない。棚には剣や刀が置かれている。その中に妙に輝いている剣を見つけて近づく。
「ああ、それは魔法で造られた剣だっさあ。振ると火が出る魔法が付与してある。昔ここに訪れた客が代金にってなあ。でもお嬢さんにはちぃと重すぎるべさ」
ならば、剣はやめておいた方が良い。重いものを持っていても、私の戦い方の特性上役には立たない。銃も同じだ。
そもそもとして、メインとなる武器は、魔法で簡単に生やせる爪に限る。ただ前回の戦闘ではあまり効果を出せなかった。喉を掻き切ることはできるかもしれないが、それだけ。やはり、相手に致命傷を負わせることができるものを選ぶべきだろう。
「聡いお嬢ちゃんだ。すぐには手に取らないべな」
「ここにない物は、どこかにある?」
私の冷たい声が、地下の空気に混ざる。初老は出っ歯の下、顎の辺りを触りながら答えた。
「あるべ。何が欲しい」
「吹き矢と、液体の毒。あとは事前に仕掛けられるような罠があれば」
「そうか。そんなら……」
初老は私の横を通り過ぎて部屋を出ていった。ランタンもなく出ていったが、見えるのだろうか。
間もなく戻ってきた初老は、麻布の袋を抱えている。
「こんなもんかね。吹き矢の矢は三本でいいべな。マキビシが三十個と、ロープが二本。トラバサミが一個。それと、ナイフ。柄の中に紙なんかを仕込めっから。あとはそれを持ち運ぶポーチも入れたべさ。この場で渡せばいいかな。ああ、ビユノムの品は明日発送しとくから」
一気に喋りながら袋を渡され、腕の中に抱える。見た目と同じようにずしりと重たい。袋口から中を覗き込むと、意匠の凝った柄のナイフがぼんやりと見えた。あとはよく見えない。私は顔を上げる。
形式的にでもお礼を言うべきだろうか。
「……ありがとう、ございます」
「えっ!?」
叫んだのは知り合いだった。居たのをすっかり忘れていた。すると、初老が大声で笑った。私は黙ったまま収まるのを待つ。
「ははは、いえね、お嬢ちゃんは嫌々ながら喋っとると思ってたけどな。まさかお礼を言われるなんて。大事に使って闇に立ち向かってくだせえ」
「――心にも思ってないくせに?」
その場がしんと静まり返った。笑っていた初老の声も、それごと周りの空間から消える。
「で、お代ってどうするの?」
「え?あ、ああ、それは――」
軽く振り向いて尋ねると、知り合いは少し焦ったような早口で答える。勢力の方から支払われるようになっているから心配はいらないと。私は軽く頷き、それから「帰ろう」と促した。これ以上ここにいても無意味だ。残念ながら、今の一言で表面上の絆すら途絶えてしまっただろう。武器を置いて去れ、と言われることはないと信じたいが。
それに、この初老は私が「扱える」相手では無い。私が扱うことができ、私を扱う権利のある知り合いとは違う。伝手にはなり得ない。そう確信したから、私は自分から縁の糸を切ったのだ。
「どうして分かった」
温かさは微塵もない、私にすら出せないほどに冷えきった声。再び振り返る。初老は、表情一つ変えていなかった。穏やかな笑みを浮かべていた。答えないわけにはいかない。
「言葉。なまってるように見せかけてるけど、語尾を変えただけでしょ」
「他に気づいた者は誰も指摘しなかったがな。この店を使い倒そうとする賢い者は」
初老は「ははは」と一文字ずつ笑う。それから、「帰りなさい」と促す。初老に背を向け、知り合いの後を歩き出す。敵か味方か、そんなことはどうでもいい。二度とこの店に来ることはないのだから。縁を繋がないこの店に。
薄暗くなっていく中、壁時計をちらりと見ると、時刻は二十三時五十六分をまわっていた。長い一日も、これで終わりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます