第6話

 狼は土御門の銃弾の嵐を跳ねるように交わしながら距離を詰める。

 狼の足がアスファルトを蹴るたびに、足元が窪むほどの脚力を狼は持っていた。

 速い。

 土御門の頬に汗が伝う。

 狼の顎を避け、発砲する頃には狼は目前から消えている。巨体からは想像もつかないほどの高速移動を狼は見せていた。

 狼の一撃を背後への空間跳躍で回避し、那由多はがら空きの背後へと切りかかる。しかし、那由多の刃が振り下ろされた時には、狼の姿はそこにはない。

 那由多が吹き飛ぶ。

 壁に叩きつけられて呻く彼女の腹部は、ごっそりと食い破られていた。

 このままでは押し切られる。そう判断した土御門は、一丁の銃の弾倉をスイングアウトする。ロッドを押して銃弾を地面に押し出すと、ポケットから散弾を取り出し、素早く弾倉に押し込んだ。

 那由多を負傷させた狼が土御門に飛び掛かる。

 紙一重で狼の爪を切り抜けると、土御門は散弾を込めた拳銃を乱射した。狼は先ほどと同じように高速移動で銃弾を裂けようとするも、大量にばらまかれた散弾の一幕に体を掠めとられ、甲高い声を上げる。

 動きを鈍らせた狼に、50口径弾が装填された拳銃を土御門は叩き込む。

 苦悶の声を上げた狼に、那由多が飛び掛かる。顔だけを犬の姿に変化させ、那由多は狼の首元を食いちぎった。

 たまらず二人から大きく距離を取る狼。

 狼の肉を吐き捨てる那由多に土御門は駆け寄る。

「まだやれるか?」

「人間状態は低燃費だから動けるけど……犬神状態は難しいわね。

 結構な量の肉体を喰われちゃった」

 土御門は、一瞬逡巡すると、深く息を吐いた。

「天羽々斬、当てるぞ」

 那由多は頷くと、手を組んで呪言を唱え始める。

 彼女を中心に、巨大な円の中に星を描いた魔法陣が徐々に描かれてゆく。

 散弾を連射し、シャッター街を穴だらけにしながら、土御門の銃口は狼の姿を追う。

 狼も散弾の性質を理解したらしく、視野の範囲外に消えるような動きを多用するようになる。狼は大きく上空へ跳ねると、天井を蹴って土御門に飛び掛かった。噛みつきを回避した土御門は、その大きな口に隠れるようにして襲ってきた爪に胸を切り裂かれる。

 胸から血が噴き出す。

 だが、土御門は狼から距離を取らずに銃を向けた。銃口を避けようとする狼は、自身の首に何かが巻き付いていることに気が付いた。

 今の交錯で技を仕込んでいたのは狼だけではない。

 狼の首には、注連縄が巻き付いており、その端は土御門がしっかりと握っている。慌てた狼が土御門を振り切ろうとするも、魔術で足を強化した土御門と、注連縄の清めの力により注連縄を土御門から手放させることができない。

注連縄が張り、狼の首を絞めた。動きを止めた狼に対し土御門は引き金を引き続ける。

 強烈な痛みが狼を引き裂いた。

 狼は縄から逃れるべく、あえて土御門に突進する。縄から遠ざかれば動きは制限されるが、縄を持っている相手に近づいてしまえば縄が緩み、動きが楽になる。そして、至近距離でも土御門を翻弄できる速度が狼にはある。

 後ろに大きく跳ね距離を取ろうとする土御門に、そうはさせないと狼が速度を上げた瞬間だった。

 「常世渡り」で空間跳躍した那由多が現れ、土御門を転移してその場から連れ去ってしまう。狼は前足でブレーキを掛ける。

 

 足を止めた狼の足元には、巨大な魔法陣が描かれていた。

 商店街の外に転移した土御門と那由多は、繋いだ手を狼に突き出し、唱える。


「「天羽々斬」」


 誘いこまれたと悟った狼の首を、地面を割るように突き出した巨大な剣が貫いた。


 「天羽々斬」、神話上の神剣を疑似的に召喚する魔術だった。オリジナルと同じサイズでその力を表現することが出来ず、50mほどの刀身を必要とし、魔法陣から柄が出てしまうと消滅するという非常に使い勝手の悪い術式である。

 しかし、当たれば絶大な威力を誇る。


 狼の体におびただしい数の線が入ると、肉体は細切れになり、積み木を崩したように地面に転がった。その細切れになった体も、砂のように崩れ、風に流され消えてゆく。

 悪霊など初めから居なかったのかのように。

 誰かが彼に手を差し伸べていれば、その存在に寄り添っていれば、この悪霊は生まれなかったのか。

土御門は、胸に差した寂しさを振り切って、シャッター街に背を向けた。

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