第5話

 街をペアルックの男女が彷徨っていた。

 その顔や首は食いちぎられ、喉からはひゅうひゅうと風の抜ける音が鳴っている。

 肉の香りを嗅ぎつけ、2人は走り出す。その頭を弾丸が吹き飛ばした。

「この辺なのか?明らかに屍鬼が少ないが」

 銃を腰に仕舞いつつ、土御門は首を傾げる。

 大通りからやや外れた位置にある住宅街には、特怪による民間人の避難誘導が成功したこともあり殆ど屍鬼が居なかった。

 ショッピングモールの悪霊の引き起こした屍鬼の大量発生と比較すると、震源地の一つがこの住宅街にあるとは考えにくいのである。

「あと一つの悪霊の匂いと比べて明らかに反応が小さいのよ。

 屍鬼の匂いと混ざって範囲までしか分からないわね」

 眉をしかめて周囲を嗅ぎまわっていた那由多の動きが止まった。

「……女の子の声」

 那由多は土御門の手を掴むと「常世渡り」で空間を跳躍した。

 空中に転移した二人は、数体のゾンビから何かを覆いかぶさるようにして庇っている少女を目撃する。

 土御門が銃弾の雨を降らせる間に空中から少女の傍に転移した那由多が野太刀を一振りすると、屍鬼たちは下半身と上半身を切り分けられてゆっくりと地に伏せた。

「あなた、ケガはない?」

「う、うん」

 少女は困惑したように那由多を見上げる。その隣に、空から落下してきた土御門が着地した。

「お姉ちゃんたち、飛べるの?」

目を丸くしている少女に、土御門は苦し紛れの嘘をつく。

「えぇっと……そう、俺達はサンタクロースなんだ」

「おひげが生えてないよ?」

「最近はサンタも古い価値観からの脱却に迫られているんだ」

「そうなんだ、せだいこうたいしたんだね」

 何やら納得してくれたようだった。

 少女が体を起こすと、その小さな体の下には猫が横たわっていた。

「お友達のみ―ちゃん、あの怖い人たちにケガさせられちゃった……」

 猫はとうに息を引き取っていた。

 少女はそのことに気が付いていたようで、ぎゅっと唇を結んでいる。

 少女は奇妙な出で立ちをしていた。冬だというのに半袖を着ており、その肌は外気のせいか死人の様に青白い。

 土御門は、少女の様子を見て険しい表情を覗かせていた。

「みーちゃんのお墓を作ってあげようか」

「うん……」

 少女は涙を流さない。


 スコップで土を盛り起こしている少女を、那由多と土御門は眺めていた。

 少女は自分がお墓を作りたいと主張し、その役割を譲らなかったのだ。

「……虐待児童だろうな、服の隙間から青あざが見えた。

 この時期に半袖の服だなんて」

 少女は那由多が転移で持ってきたコートを着ていたが、明らかにサイズが大きすぎる不格好なものだった。

「陰陽師は無力だよ。

 霊障が起こるってことは、誰かが憎悪や苦しみの中で死んでるってことだ。

 俺達は、終わってしまった物語を畳んでいるだけじゃないか」

「全てを救うなんて夢想より、目の前にある出来ることを積み重ねること。

 違うかしら」

 土御門は、拗ねたように言葉を吐き捨てた。

「クソっ、分かってるよ。

 俺がガキだった頃を思い出しちまったんだ」

 気分を切り替える様に、土御門は少女に歩み寄った。

「お別れは済んだ?」

 少女はこくりと頷いた。

「今、街には怖い人たちがいっぱいいてね

 お兄ちゃんたちはこれから怖い人たちを捕まえに行かないといけないんだ。

 ここは危ないし、一緒に付いてきてくれるかな」

「うん。

 ……ねぇ、お兄ちゃんはサンタさんなんでしょ?

 トナカイさんはどこにいるの?」

「トナカイさんは今年休暇を取っているんだ。

 労働環境も改善していかないと、トナカイさんも別の仕事に付いちゃうからね」

「人手不足はどのぎょうかいでもたいへんなんだね」

 二人の会話を聞いている那由多が妙な顔をしていた。

 不意に、土御門の携帯が鳴る。スマホの画面には大山のまま絵が表示されている。

「大山さん、何か進展があったんですね?」

『生きていたか!良かった!

 ゾンビどもとは違う怪異が現れた、頼めるか!』

「すぐに行きます、大山さん達は手を出さないで」

 大山から場所を聞き出すと、少女を背負って土御門たちは走り出した。


 住宅街の建物の上を飛び跳ねながら、土御門たちは大山の元へ向かっていた。土御門の背中では、少女が目を輝かせていた。

「すっごーい!お兄ちゃん、本当にサンタさんなんだ!

 お空飛んでる!」

「トナカイさんはもっと早いぞ」

「こら」

 流れるように嘘をつく土御門に那由多が突っ込む。

 大山に告げられた場所は郊外の商店街である。ショッピングモールが出来たことにより、商店街はあっさりとシャッター街に早変わりしてしまった。

 大きく跳躍した土御門が商店街の門の前に着陸すると、傍に大山が駆け寄る。

「土御門、よく生きていた。

 ……その子は?」

 ギョッとした目で少女を見つめた大山に、土御門は首を振った。

「気にしないでください。

 それより、例の悪霊は?」

「あ、あぁ……、こっちだ」

 ちらりと少女を一瞥しながら、大山は商店街の中へと土御門を案内する。

「対象は動いていないな?」

「はっ!」

 悪霊を監視していたらしい大山の部下が敬礼する。

 彼らの視線の先には、巨大な狼が体を巻いて座っていた。その体表には毛ではなく触手のようなものが蠢いており、額には人間の顔のようなものが浮き出ている。

 大山達にこの場を任せるように伝え、一人になった土御門は狼の悪霊と向き合った。

 こちらに気を向けていないようで、その姿から一切隙が見えない。狼の周囲に転がっている死体が原形をとどめていない事が、この悪霊の力量を物語っている。

「デカいわね」

「あの子は?」

「結界の中で待ってもらってるわ」

 野太刀を肩に乗せ、遅れてやって来た那由多は土御門の隣に立つ。

「これが最後の戦闘になるといいんだけど」

 那由多の言葉に土御門は何も言わない。

 二つの銃口を狼に構えると、引き金を引いた。

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